第976話 【肩車でランデブー・その3】伸びるツインテール! 手綱が無くなった和泉さん!! ~女性の頭を鷲掴みするか。それとも地面に落下するか。~

 繰り出されるスッポンの連打。

 一般的に「噛みつかれると雷が鳴るまで離しちゃくれない」で有名なスッポンだが、実は噛・即・死というほど凶悪ではない。


 口全体を使って噛みつくので力が分散されるスッポン選手。

 ホームラン打者というよりはアベレージヒッター。

 普通に痛いが、大惨事にまでは至らないケースが圧倒的多数を占める。


 ただし、養殖されている2キロ超級の大型個体は顎の力がかなり強いので、指先などを噛まれると骨折くらいは余裕であると業者さんのブログに書いてあった。

 じゃあ痛い。


 万が一噛み突かれた場合は水中にぶち込むと離れてくれるらしいので、雷を祈るよりも近くの水場へ急ごう。


「たぁぁぁぁ!! 『髪突きスッポン』!! 髪が戻ったらもう1度!!! 『髪突きスッポン』!!」

「痛い痛い!! でもいい匂いするな! これトリートメントだ!! 顔を中心に狙われてるから、ダメージと同時に昂るな!!」


 佳純さんのポータブルワンテールが兵伍の顔面を容赦なく襲う。

 正確に表現すると、佳純さんは眼球を狙っている。


 「バルリテロリの軍隊は眼によって情報を共有するらしい」という特性は本部で既に共有されているが、眼が掌にあるのは観測者サイドでの周知の事実。

 現場の探索員は「……顔にも2つ付いてる」と交戦中に感じざるを得ない。


 なら念のために眼球も潰しておこうというのが佳純さんの考え。

 あとはシンプルに「両目潰しとけば戦いは優位に進みます!」というドライな思考。


 彼女は献身的なおっぱいレースクイーンナースであるが、それは和泉正春監察官に対しての土門佳純であって、急に出て来た敵、とかく変態に対して無限定に与えられる慈愛は存在しない。

 むしろ「和泉さんに万が一の事があっては困りますので、先回りして可能性は消しておきます!!」という、慈愛ゆえの躊躇なき急所狙い。



 「変態は死ににくい」という事実を日本本部の常識にしてしまった、逆神大吾と水戸信介の責任が大きい。



「……固い! 和泉さん! ご指示を!!」

「ゔァァおぇ……。失礼しました。敵の副官……副官でしょうか? 彼は戦闘の意志が希薄に見えます。リーダーの名称を確認。逆神兵伍ですね。兵伍氏を無力化すれば投降に応じる可能性が高いと考えます」


 柔らかい光が和泉さんを包んで、言語能力が回復。

 治癒スキルとしての戦いをまず佳純さんによる乗り物酔いで始めた和泉さん。

 定期的に三半規管が死ぬものの、しっかりと騎乗位で軍師としての役割を果たす。



 騎乗位でいやらしい事を連想するのはむしろおっさんが多いというデータがある。

 男の人って何歳になっても男子というか、本当にそういうところがあるから困る。


 馬に乗ってんだから仕方ないでしょうが。



「つまり! より強力な攻撃を仕掛けて、このまま押し切る戦法ですか?」

「ええ。可能でしたら。しかし、スッポンは決定打に欠けるように見受けられますこふっ」


「安心して下さい! 煌気オーラを付与して具現化する物を変えます!!」

「げふっげふっ……。そうでした。佳純さんは具現化と操作という、念能力に引っ張られ気味な属性を得意としておられましたね」


「今は介護属性です!! あ! お嫁さん属性もあります!!」

「ごふっ、げふっ」


 和泉さんが血を吐いて答える。

 「戦闘中なので関係のない話は後でしましょう」と。


 「ヤメましょう」ではなく「終わってからなら聞きますよ」と言うのがデキる男。

 そう言われたらデキる恋する乙女はさっさと終わらせにかかる。


 莉子ちゃんなら「関係あるもん! 1番大事だもん!!」と駄々をこねて戦闘を一時中止、あるいは戦線離脱、最悪の場合は暴走する。

 佳純さんのお嫁さん属性が相対的に価値を高める。


「はぁぁぁぁぁ!! 『似てるけど凶悪な方カミツキガメ』!!」


 スッポンと混同されがちなのがカミツキガメ氏。

 こちらは気性が荒く、動きは速く、目標を危険と判断したらば秒で噛みつく。

 おまけに首を伸ばして得るリーチもスッポンさんよりも長く、「距離あるから大丈夫やろ。ほれほれ、噛んでみろや」といたずらに指を伸ばすともう終わり。


 指を嚙み千切られる。


 ワニガメと並ぶ厄介者の外来種で名を馳せているが、ワニガメはカミツキガメ科ワニガメ属、カミツキガメはカミツキガメ科カミツキガメ属でほとんど親戚関係にあり、凶暴性を総合的に判断するとカミツキガメ氏が頂点に立つ。


 佳純さん、やたらと爬虫類を具現化する乙女になってしまう。


「ふふふっ。また亀か。もうボイン姉ちゃんが亀を飛ばして来るというだけで興奮して来た。しかもよく見たら顔も可愛い。結構童顔だ。若いな? 興奮しかない。さあ! 亀と亀の戦いのプレリュードを奏でようじゃないぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 兵伍の頬っぺたの肉が嚙み千切られた。


 ドМの中にも序列がある。

 中には死が快楽になるという超上級者もいるが、にわかドМはちょっと痛いを超えてすごく痛いになると音を上げる。


「おがぁぁぁぁ!? モヒカン! モヒカン!! 援護しろ!! あっぶねぇ! 私が再生スキル使えてなかったらもうバイオハザードだぞ!! AVのついでにキャラがセクシーだったからダウンロードしてプレイしたけど、トイレ行けなくなったわ! なんだあのゲーム! あれに金払うのか、令和!!」


 AVだって興味のない者からしたら「あれに大金払うのか。何本も買うなら実物抱けるじゃないか」としばしば議論になる。

 人の趣味に文句を言い出したら二流の格付け完了。


 あとバイオハザードは平成の代表格なので、令和では勢いが弱まっている。

 と、インターネットに書いてあった。インターネットの感想である。


「和泉さん! 効いています!!」

「げふぁぁぁっ! 佳純さん……? 自在に生物を具現化できるのですか?」


「いえいえ。そんな大それた能力じゃありませんよ。イオンでご一緒した時にもお見せしましたけど、所詮は作り物です。私の出すヘビとかスッポンはイメージの産物なので、よくできた玩具ですね。お目汚し、申し訳ありません!」

「……玩具と呼ぶには凶悪、いえ、強力すぎる気もしますが。プライベートでの使用は控えて頂きたいでごふっ」



「致す時にはスキルなんて使いません!! 私、どちらかと言うとされるがままにされたいタイプですので!!」

「小生、この戦いが終わったらどういう扱いになっているのでしょうか。公式記録がもう全部ピー音で消されているのではないかと。それを望む自分もおります」


 仮に負けると監察官格付けチェックで一気に雷門さんクラスまで落ちる可能性はあるものの、水戸くんがいるので少し猥談したからといって動じる必要はない。

 和泉さんは前を向いて頂きたい。


 勝てばいいのだ。



 佳純さんは副将として長く部隊の指揮官職を見て来た乙女。

 お喋りしながらも攻撃の手は緩めない。


 カミツキガメと時々スッポンが絶えず兵伍の眼球に向かって射出されていく。

 ただ、このスキルの弱点はポータブルワンテールを使用している性質上、一撃を放つとスッポンないしカミツキガメが消えるまで第二射が放てない事。


 同時攻撃ができないということは、兵伍に回復の余裕を与えてしまう。


「ヒャッハー!! 『小型太陽がちょっとミニ・アラン・ドロン』!!」

「けふっ! いけません……!! 佳純さん、下がってくだ」


 やっぱりバルリテロリで正式に武装採用されていた、喜三太陛下が太陽光発電に使おうとして臣民に「暑いからヤメろ」と怒られて倉庫にしまい込まれていた人工太陽をモヒカンが発射。


 事件が起きた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 佳純さんの行動指針は「和泉さんファースト」で占められており、それ以外はない。

 飛んで来る太陽。

 咄嗟に彼女はスキルを発現する。


 監察官を守りたいという気持ちが強すぎたため、本当に反射的な発現であった。


「むっ! 『アイアン・ツインテール』!!」

「かす……佳純さ……げふぁっ」


 モヒカンの扱えるレベルの『太陽がいっぱいアラン・ドロン』はちょっとした煌気オーラ弾程度の威力で、そこまで身構えるものではない。

 だが、それを一瞬で看破できるほど佳純さんのスキル使いとしての技量は高くない。


 前述の佳純さんのキャリアだが、ある程度のベテランでも監察官付きの副官になってからの時間は短く、以前は加賀美隊として任務に出ており、Aランク探索員の部隊と監察官が扱う案件は大きな差がある。

 愛情が判断力の邪魔をした結果、和泉さんの手綱であり命綱であるツインテールが攻撃に参加。


「ヒャッハー!! ……無念です」


 モヒカンを一撃で仕留めるが、肩車中の和泉さんも窮地に陥らせていた。

 おっぱいガードで固定された足しか佳純ランデブーのセーフティが無くなった結果、宙ぶらりんにして乗るジェットコースター的な心許なさに襲われて、和泉さんは考えた。


 「ああ。これは無理ですね。小生の三半規管とバランス感覚を全て動員しても耐えられません。そうなると、佳純さんの頭を鷲掴みする事になります。女性の頭を? そのような無礼を働けるでしょうか? 佳純さんならあるいは許してくださるかもしれません。……ですが、小生を慕ってくれる女性に対しては特別丁寧に扱いたい。そう考えるのは男のエゴでしょうか。ごふっ」と。


 ドサッと音がして、佳純さんが振り返る。

 彼女が悲鳴を上げた。



「い、和泉さん!? 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いや、佳純さ……。小生、ただ地上1メートルから落下しただけでごふっ」


 大惨事じゃないですか。



 兵伍が回復を終えた時、佳純さんの戦意が一時的に喪失していた。

 スキル使いはメンタル勝負が鉄則。


 メンタル不全を起こした状態のレースクイーンなボイン姉ちゃんが目の前にいれば、兵伍はどうするか。

 考えるまでもない。


「ふははははは!! 何か知らんが!! もらったぞぉぉ!! とりあえず抱きしめてやる!! 後ろから覆いかぶさってやるぞぉぉぉ!! 喜三太陛下万歳!!」


 陛下。

 クソみたいな万歳突撃されておられますが。


 よろしいのですか。

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