第977話 【肩車でランデブー・その4】和泉正春監察官の「小生、主戦場は地面や床の上。得意とするは倒れ伏した戦型。お相手いたします」~戦場でのラブロマンスは大変危険なのでご遠慮ください~

 佳純さんが前後不覚に陥る。

 ミスで上官が自分から転げ落ちたのだ。


 じゃあ肩車なんかするなよ。

 傷つき泣き崩れる乙女に辛辣な言葉を投げつける悪漢にはなりたいないものである。


「はははははは! 柔らかそうじゃあないかぁぁぁ!! これは捕虜にするため致し方なく抱きつくのであってだな! おい、モヒカン! 何してる!! ちゃんと証人になれ!! 勝手に失神するな!! 仕方のないヤツめ! 『刺激臭による気付オハヨウ・アンモニア』!!」


 昭和な感じで意識を無理やり回復させられたモヒカン。

 これは再生スキルと呼んでもいいのか。


「い゛ぐがぁぁぁぁ!! はっ、はぁはぁ……!! ……私、もう除隊を願い出よう。なんだこれ。実家に帰って慎ましく暮らそう。母上、父上。切り干し大根屋を継ぎます。ろくなものじゃない。軍隊なんて。国を守るためならまだしも! 何してるんだ、私は!!」


 モヒカンが意識を取り戻すついでに目を覚ました。

 愚かな上官からもっと愚かな上官に転属させられたらこうなる。

 さらに彼はキシリトールの親戚。


 キシリトールは八鬼衆でありながら、今では久坂家の留守を預かっている男。

 今のバルリテロリに合わない一族がキシリトールの家系かと思われた。


 久坂さんちの庭にはまだスペースがございます。

 モヒカンの住む場所くらいあるので、生き残って欲しい。


「ごふっ……」

「あぁ……! 和泉さん……! ごめんなさい、すみません! 私……!!」


「げふっ。ごふっ。……『柔らかい布ハンカチーフ』」

「……あ」


 和泉さんは地面に顔をドッキングさせて、血を吐きながら微笑む。

 同時にスキルを発現。


 佳純さんの涙を優しく拭き取る。

 ただそれだけのスキル。


 これは乙女の心を治癒している、紛れもない再生スキルである。


「小生、探索員になって数年でこの位置が最も落ち着く場所になりまして。佳純さん、小生の不甲斐なさで悲しませてしまい申し訳ございません。……勝ってから、ご教授願えますか?」

「……私に何が教えて差し上げられるのでしょうか」



「げふっ……。貴女の乗り方を……ですよ……」

「うぇぇぇ……和泉ざぁぁぁん……!!」


 感動的なシーンである。



 面白くないのが兵伍。

 せっかく後ろから覆いかぶさる気満々だったのに、佳純さんの向きが変わって横から覆いかぶさる事になった。


「後ろからと横からでは! 手に収まるものが全然違う!! くそったれめ!!」


 そうは言いながらも「まあ? 横から得られる柔らかさといい匂いも無視できんが?」と結局足は止めない。


「ごふっ、がはっ。……『トラクタービーム』」

「あ゛あ゛!? なんか浮いてる!! くそ! 顔色の悪い男! お前、スキル使いだったのか!!」


「……確かに貴方はお強いようだ。小生よりもずっと。しかし、見る目がないようで。この点、小生にも運があったと言うことですかな」

「なにを負け惜しみ!! たかが空間操作ではないか! 戦力差も分からぬとは、貴官! お前の方がよほど見る目はないようだがぁ!?」


 和泉さんの掌は地面にピタリとくっ付いている。

 そこから煌気オーラを放出中。


 指先に力を込めて、和泉さんは言った。


「……小生にも手を出されて腹ふくくる存在はある。名を和泉正春監察官。地面に倒れ伏してからが本番と心得られよ。佳純さんには指一本とて触れさせません!」


 叫び、血を吐いた和泉さん。

 続けて地面に展開された煌気オーラ力場が光ると、スッポンとカミツキガメが11匹。


 前より元気になって復活した。


「えっ? あの、和泉さん!?」

「佳純さん。勝手ながら、あなたの煌気オーラを治癒させて頂きました。小生、煌気オーラを回復する術にも覚えがございまして……。ですが、これはただの治癒にあらず。貴女の気持ちは治癒できるものではありません。よって、小生の煌気オーラを乗せる事としました。……名付けるならば、『和泉ランデブー』でしょうか。ふふっ……げふごふぁっ」


 エモい感じでスッポンとカミツキガメが上空に釣り上げられた兵伍目掛けて発射された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 なんか亀っぽいヤツがいっぱい飛んでくる。

 逆神元流も割と訳の分からないスキルはあるものの、喜三太陛下は四郎じいちゃんの前の世代の逆神流使い。


 世代を重ねるごとにスキルの種類が増えて行き、途中で合体事故みたいなものをいくつか起こしながら変異を繰り返していく異常で至上の一子相伝の技術。

 それを踏まえると、喜三太陛下の使う逆神元流は独自進化をしているとはいえ、常識の範囲にはどうにか収まるお行儀の良さを見せる。


 対して、当代の逆神流継承者。

 逆神六駆。


 彼は「一子相伝? はいはい。それ、僕も従う必要あります?」と伝統をガン無視して、凄まじい勢いで逆神流を普及させてしまった。

 功罪について語る段階ではないが、語る段階はとっくに過ぎ去ったような気もするが、とにもかくにも現世のスキル使いに与えた影響は甚大。


 日本本部も大いに影響下として存在している。

 最初はチーム莉子のメンバーくらいだった逆神流使いも南雲さんが古龍化チャオった頃からおかしくなり始め、今では石を投げれば逆神流の亜種にヒットするくらいに増殖し「日本で高位のスキル使いを見かけたらまず逆神流か疑え」と業界内では囁かれているとかいないとか。


 そこで佳純さんを見てみよう。

 頭からヘビ生やすという発想は彼女独自のもの。



 もうヤバい。



 そこにどうやら逆神家やチーム莉子と関わり過ぎたため影響を受けたらしく、今回めでたく髪の毛を培養してスッポンとかカミツキガメを模した具現化武器を飛ばすという、意味の分からない領域へ到達。

 そこに和泉さん。


 我らが常識人だったはずの彼も、「気持ちを治癒するのは無理だから自分の気持ちを乗せる」とか何言ってんのか分からねぇ理屈で無機物ですらない煌気オーラ構築物かどうかも怪しい、とりあえず「佳純さんの髪」を治癒して現在、爬虫類ファンネルとして上空で捕獲した兵伍に向かって撃ちあげたところ。


 諸君。

 ついて来ているだろうか。


 兵伍も逆神元流使いとしては上位格。

 飛んで来る爬虫類を薙ぎ払うくらい、空間操作の影響下で重心を固定できなくともやってのけられる。


「ちぃぃ!! やっぱ現世は頭おかしい!! AV産業だけ発展していろ!! 亀は焼き尽くす!! 『浪漫飛行カールスモーキー』!! 重ねて!! 喰らえ! なんかここ数日ですごく増えた太陽をお゛お゛お゛!? なにこれ、怖いぃぃ!!」


 可燃性の煙幕を放出して、恐らく『太陽がいっぱいアラン・ドロン』でスッポンとカミツキガメを一掃しようとしたであろう兵伍。

 もはや想像でしか語れないのは、復活した佳純ランデブーが合体スキルを放ったためである。


「ごふぁぁぁっ」


 和泉さんは煌気オーラを譲渡するスキルも習得している。

 ピースとの最終決戦で『万物無乳の極みライアンさんのトラウマ』を使った莉子ちゃんに煌気オーラをものっすごい勢いで譲渡させられて死にかけたのはつい昨日の事のように和泉正春の遺伝子に刻み込まれている。


 それを思えば、想いを返すだけの事など容易い。


 新スキル『献身の返礼オーバーロード』によって、大半の煌気オーラを佳純さんに渡した和泉さん。

 年貢を納めるという事でよろしいですか。


 好きな人からは何を貰っても嬉しいのが恋する乙女。

 されるがままタイプと自称したのに、された事が思いやり。


 佳純さんのツインテールが八股に分かれる。


「……ひっく。……ぐすっ。……こんなに幸せで浮ついた気持ちで任務に臨むなんて。私は副官失格です。……『八岐大蛇の百万本花畑ヤマタノウェディングブーケ』!!」


 8つの蛇が花束を咥えて空へと舞い上がる。

 その蛇たちが口を開けると新しい蛇が生まれ、最終的に100近い量のスネークが花束を携え兵伍に迫る。


 スキルはメンタル勝負。


 末脚炸裂乙女が和泉さんから煌気オーラを譲渡された瞬間に勝敗は決していた。


「……うぅ。……キスの前にエネルギーを体内に注ぎ込まれるなんて。もうこれ……致すどころじゃありませんよ。お母さん。お父さん。私、絶対に妊娠します!!」


 莉子ちゃんは戦闘中に想像妊娠する。

 佳純さんは戦闘中に妊娠宣言した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! なにこれぇぇぇ!? いや、おい、嘘だろ!! ……ここは悪夢の中か? 怖い怖いぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 正視に耐えない攻撃によって、逆神兵伍は色々と貫かれた。

 肉体、煌気オーラ共にまだ戦えるはずだが、メンタルがぶっ壊れたため力なく地上へと落下。


 もう何も見たくないとばかりに意識を失う。


「和泉さん! やりました!!」

「ごふっ、げふげふっ! げっふごふ!!」


「あ! 大変!! 初回の吐血なので、胸部パージはまだもったいないですね! では、こちらにどうぞ!! ……うん! 良い色の鮮血です! 調子は悪くなさそうです!! では、血圧測りますので膝の上にどうぞ! ささっ! 乗り心地重視で発注しましたから!! ホットパンツ部分と生足部分はどちらがお好みですか?」

ごふぁぁぁぁぁぁぁっ公式記録に残るのです! げふぅぅぅぅっヤメてください!! ごふっげふぅぅぅ敵も残っていますから!!」


 以心伝心によって佳純さんがぐるりと首だけ器用に90度ほど回転させる。

 ちょっとホラーみたいになってきた末脚乙女。


 見据えた先には震えるモヒカンが座り込んでいた。


「……処しますか?」

「がっは……。ああ、いいタイミングで吐血が止まりました。ヤメて差し上げてください。どうみても戦意がありません」


「和泉さん。これは監察官への具申ではなく、私人としてのお願いです!」

「……お聞きしましょう」



「この流れで致しても良い気がするので! あの人が邪魔なのですが!!」

「そちらの方!! すぐに投降なさってくだげふぅぅぅ!! このような脅し文句を使いたくはあませんが!! 5秒以内に小生の近くへ来られないと、ひどい目に遭う事を承知ください……! 主に小生が!! ゆえに、貴方の血でカムフラージュしまげふっ!!」



 南野モヒカンが涙を流しながら駆け寄って来たため、和泉監察官が歴史に名を刻む事態は避けられた。

 愛をじっくりコトコト煮詰めると、無数の蛇になる。


 これって新しいトリビアになりませんか。

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