第972話 【愛とピリオドの向こうへ・その2】所帯持ちの戦士、加勢する ~この世界の20代男性は割と結婚に意欲的、なお30代以降についてはノーコメント~

 加賀美政宗監察官。

 不殺を貫き竹刀で戦う剣士タイプの探索員。


 初めて六駆くんと絡ませられる事になったAランク探索員でもあり、南雲さんが「もうやだ、この子」とメンヘラおじさんになっていた時期も「逆神くんからは学ぶことが多いな!!」と柔軟に応対。

 本当にいくつかのスキルを学んでいる実直な性格。


 六駆くんに伝授された訳ではなく、あくまでも参考にして自分自身でスキル構成術式から練っているため、逆神流の呪縛には囚われずに今日まで活動している。


 プライベートでは学生結婚で家庭を築き、今では3人の娘に恵まれている20代のイクメンであり、誰に対しても公明正大かつ気さくな人柄は多くの後進を育てる資質ありと見出された結果、まともな大人の減った監察官に綺麗な血を入れなくっちゃという謎の意志に駆り立てられるように昇進。

 綺麗な輸血は成功し、ピース迎撃戦で監察官としてデビューした際にもしっかりと活躍している「初期の強キャラがインフレに置いていかれない」好例を行く男。


 レディーファーストを旨としているため敵が女性だとやや戦意が鈍るのが唯一の弱点だが、今回の加賀美さんは結構な勢いでお怒りだった。


「屋払さん。戦いに土足で踏み込む非礼は後で充分にお詫びします……!! うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 カフェテリアの前に到着すると、一気に煌気オーラを高めてイドクロア竹刀ホトトギスに付与。

 体を捻って目いっぱい振りかぶる。


 現着まで屋払さんと逆神五十鈴のやり取りをサーベイランス越しに聞いていた加賀美さん。

 非戦闘員が戦場に残っていればそれを狙うのはセオリーだと理解した上で「愛する女性を狙われる戦い」がどれほどな窮地かも推し量り、カフェテリアに到着する前にはもうキレていた穏やかな紳士。


「こちら加賀美。これより戦闘に加わります。山根さん。施設の破壊を独断で行いますので、この音声は後の証拠として記録しておいてください」


 サーベイランスから声がする。


『うっす。南雲さんがよく言ってるっすよ。私は筆頭監察官として、全監察官の行動の責任を背負う覚悟を持っている! チャオ!! って! 存分にやったってくださいっす!!』


 南雲さんが筆頭監察官としての役割を十二分に各所で果たさせられている件。

 彼はもう現世にいないので、サーベイランスとの通信が回復した瞬間に大量の悲報を受け取ることが決定している。


 きっと氏はこう言うだろう。

 「嘆く事ができるっては、みんなが無事だった証拠だから。でも、うん。もう疲れたから、有休半年くらい申請するけどいいよね?」と。



 雨宮さんまで上級監察官から退こうとしている事実を伝えたら、バルリテロリで我先にと爆発キメるかもしれない南雲さん。



 氏は何も言っていないが、その存在に背中を押されて加賀美さんが竹刀を一閃。


「感謝します……! 南雲さん!!」


 感謝されてますよ、南雲さん。


「つぁぁぁぁぁっ!! 真・攻勢弐式! 『轟燕ごうえん』!!!」


 真横に走る斬撃がカフェテリアの壁を裂いて、逆神五十鈴を側面から襲った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 加賀美さんは煌気オーラを高める段階から所作を隠していなかったため、五十鈴も既に気取っており札束で盾を作るという六駆くんホイホイなスキルをすぐに発現。


「こっちは正統派な男前じゃない! チョベリグ!! だけどぉー! 挨拶は紳士的じゃなーい!! でもチョベリグ!! 『お札土地転がしローリング・カネパワー』!!」

「自分は加賀美政宗監察官!! 故あって助太刀いたします!!」


「あらぁーん! 拠点襲われてるんだからそんな、ウチに一言とかいらなくなーい? お行儀イイ男子って好きだわー!!」


 加賀美さんが名乗ったのは自分に注意を引き付けるためであり、屋払さんがその意を汲んで十八番の両足に煌気オーラを込めた超速の詰め寄りを見せる。


「加賀美さん……感謝なんでぇ! 『夜露死苦摩武駄致拳ヨロシクサンダーボルト』!!!」

「その足でよくやるわねー。おったまげだわー。『昔死札オカネ』!!」


 死を呼ぶ新渡戸稲造が屋払さんに襲い掛かる。

 五千円札は「今誰やったっけ」という不安定さを持つお札。

 軌道もフラフラと法則性を持たず、しかし千円札が5枚分というお札パワーを保持しているため鋭く抉るように飛来。


 一葉から梅子になるのが2024年の予定。

 我々はついていけるだろうか。お札のスピードに。


「……かかったな、ケバケバ女! これは残像なんでぇ!! 一度言ってみたかったヤツなんでぇ! よろしくぅ!!」

「ふーみん! 飛影はそんなこと言わない!!」


 屋払さんは意外と義理堅いので、楠木さんの目があるところでは潜伏機動隊由来のスキルを率先して使用する。

 が、自分のオリジナルスキルも開発しており、仁香さんが副隊長時代は彼女と、いなくなってからはリャンちゃんとの組手の際に鍛錬を重ねていた。


 速度強化、雷属性、振動属性の3種をメインに潜伏機動隊の強みをより活かせる術式を開発する過程で、残像が生み出せるようになった。

 スキルの予備動作で発現されるので煌気オーラの消費は少な目かつ、初見での対応は難しいという利点だらけ。



 デメリットは目撃した楠木さんが「屋払くんもやはり自分のスキルの方が良いのですか。いえいえ。いいんですよ。お気遣いなく」と落ち込んで酒に溺れる。



 五十鈴の後背を突いた屋払さん。

 もう一度バリバリと爆ぜる拳を振り上げる。


「よろしくぅ!!」

「甘いのよねー。チョベリバ。『新幹線通金バブリースラッシュ』!!」


「ぐがっ……。今のよろしくは……マブダチへのよろしくなんで……よろしくぅ!」


 新幹線のような速さで貫かれるお札の斬撃。

 それを負傷した足で蹴り払った屋払さんの後ろでは上段の構えで竹刀を振りかぶる加賀美政宗監察官。


「妻と娘たち。女ばかりの家庭を守る者として、なるべくならば女性を傷つけたくない。そんな甘えた考えを持っていました。ですが! 貴女はいささか目に余る!!」

「コンビプレーってナウいわよねー。けど見え見えなんですがー?」


 飛び交うお札を1か所に固めて盾を作る五十鈴。

 それを放棄する。


 彼女は別にお札属性を使用している訳ではなく、ただ「こんなにウチの財布にお金入ってるんですがー!?」とマウントを取りたかっただけ。



 それがキク男は現世から飛び立っていったので恐らくきっと多分、もう圏外。



 彼女は普通に逆神流の基礎スキルも使えるし、それも高水準である。


「斬ってごらんなさいな! 男子たちぃー!! 『水神防壁ウォルラシルド』!!」

「……逆神流なんでぇ!? 予想通りでよろしくぅ」


 既に逆神五十鈴と名乗っている時点で対峙している2人はもちろん、オペレーター室からサーベイランスを介して全戦闘員に「敵さん、逆神くんの親戚っす」と山根くんが情報共有済み。

 その逆神くんがお金に負けて逆神流のデータをどんどこ本部に売り払ったのはもう去年の夏の事。


 何なら実験体として自分の親父のお排泄物さかがみだいごを5万円で南雲さんに売った事もある。

 よって、逆神流への備えは現世の中でも日本本部が最も備わっている事実。

 これが活きる。


「運が向いている。逆神くんのものを想定していたけれど、彼は千を超える数を習得しているからね。小坂さんの使う防壁に類似していたのは本当に助かるよ」

「喋ってると攻撃しちゃうわよー?」


「心配ご無用!! 既に準備は整った! 話に付き合ってくれた事には礼を言うよ。これは自分の手に余る……! 攻勢絶式!! 『号泣ごうきゅう』!!!」



 本当に手に余る秘奥義を繰り出した加賀美さん。



 「うっぐぶぅぅぅぅぅぅん!!」という耳障りな轟音が鋭い一撃と共に放たれた。

 相手の隙を作る時に効果的なものは多くあるが、「くそうるせぇ音」というのは上位に挙げられる。


 特に戦場でいきなりうるせぇ音が鳴り響くと警戒せざるを得ないし、生物の本能で無反応を通す事のできる者はいないとされる。人にも動物にも効果のあるものとして古来より用いられてきた用兵術。

 それが日本本部の誇る二大騒音の片方であれば是非もなし。


 もう片方は「うぉぉぉぉぉぉぉん!」と鳴きます。

 こちら、日替わりの豆でございます。温かいうちにお召し上がりください。


「きゃぁぁぁ!? なに!? 本当にあった怖い話系!? ちょっち苦手なんですけどぉー!? いだぁぁぁぁぁ!?」


 五十鈴の出した防壁は水属性を軸にした汎用性の高い膜の盾。

 莉子ちゃんの『風神壁エアラシルド』と似たような構成術式で組まれており、ほとんど全ての攻撃に対応できる優れもの。


 翻って「ちょっと意味の分からない攻撃」に対しては脆弱性がある。

 オールラウンダーが裏目に出る五十鈴。


 なんかくそうるせぇ音と共に撃ち込まれた刺突が防壁ごとその身を貫く。


「加賀美さん……」

「いえ、屋払さん。謝意の類は申し訳ないですがお受けできません」


「んなら……よろしくぅ!!」

「はい! よろしくぅ!!」


 傷だらけの屋払さんに配慮したソフトタッチなよろしくをよろしくした2人。

 まだ戦いが終わっていない事は承知しているため、一矢報いた事を喜ぶに留める。


「あーったまきた!! パンピーがうちに何してくれてんの!? あーあー! 本気出しちゃうからねー? もう謝っても遅いからー!!」

「えっ!? マジ申し訳なかったんでぇ……。この通りなんで、許してよろしくぅ」


 両手を床について、頭を下げる屋払さん。


「なになに? ごめんなさい言える子? お姉さん、そういう子には優しくしちゃうー。憐れんであげるから顔見せてごらんなさぁーい?」

「隙ありなんでぇ! 『本気拳ガチパン』!! よろしくぅ!!」


 敗者の顔を見学にほいほいやって来た五十鈴。

 その顔を両手に煌気オーラを込めて普通に殴り飛ばしたふーみん。



「てっめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! いてぇだろが、クソ!!」

「逆神との付き合いはオレらもそこそこ長いんでぇ! だいたい反応分かるってよろしくぅ?」


 大変説得力があるんでよろしくぅ。



 逆神流はキレさせるに限る。

 メンタル勝負のスキル戦において、格上相手の作戦はこれが最適解。

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