第973話 【愛とピリオドの向こうへ・その3】愛羅武勇

 ちゃんと逆神家らしく沸点が低かった五十鈴。

 バブリーな雰囲気が消え失せつつあった。


 基本的に猛者クラスのスキル使いがメンタルを乱すとリブートまで時間がかかるケースは多く確認されている。

 五十鈴が多分に漏れないかはまだ判然としないが、基本的とされる指標に基づいて行動指針を素早くて立て直せるか否か。

 ここがスキル使いとしての格付け。1つの目安になる。


「屋払さん。自分が行きましょう」

「いや、よろしくはありがてぇけどよろしくできねぇんでぇ。トメ子のケツはオレがぜってぇ持つんで。加賀美さんにゃ申し訳ねぇけど他をよろしくぅ?」


「了解しました。サーベイランス!」


 2人が何をしようとしているのか。

 まず両名とも何をするべきなのかは考えるまでもなく決定済みで、今はその手段について可及的速やかに思案中。


 逃走を図るのである。


 事前に測定された煌気オーラ総量の時点で加賀美&屋払のよろしく20代連合では勝率が1桁パーセントを最悪の場合下回るという試算が出ており、オペレーター室から情報がもたらされずともそれは直接交戦した2人もよく分かっていた。


 目的はある程度果たされている。


 逆神五十鈴のデータを収集できた。

 その辺を飛びまくっているサーベイランスについてはバルリテロリに一切情報が漏れていないアドバンテージであり、五十鈴も「なんか飛んでる。……はっ! 現世のナウいミラーボール!?」くらいにしか思っていない。


 南雲印の諜報メカ、ここに来てしっかりと日の目を浴び直す。


 続いて非戦闘員の安全確保、保護、避難誘導。

 これから行われる次のミッション。

 元から加賀美さん単騎の増援ではどうにもならない戦局を、退却の計算ができる状況まで持って来られただけで御の字なのである。


「ああああー!! イライラすんなぁぁ!! ぜんっぜんバブリーじゃない!! 弾けてんじゃないの、現世!? こっちもまだフィーバーしてんじゃなかったの!?」



 とっくに弾けて、2回くらい氷河に覆われた後は泡の気配すらありません。

 サタデーナイトはフィーバーするものではなく、スリープするものです。


 なんならワーキング。



 加賀美さんが竹刀を振りかぶった。


「鬱陶しいのよ、それぇ!! まーた新しいヤツ出すワケぇ!?」

「自分の役目は貴女に鬱陶しがられる事! 本懐です! かぁぁぁぁぁぁ!!」


「武器を壊すわ!! 『連結羽鎖チェーンチェーン』!!」

「くっ!」


 加賀美さんの竹刀が吹き飛ばされる。

 が、彼が放とうとしているスキルは武器を必要としない。


「自分の師の力を今! 痛感せざるを得ない!! やはりあなたは偉大でしたよ、雷門さん!! 攻勢絶式!! 『号泣ごうきゅう』!!!」


 「うっぐぶぅぅぅぅぅぅん!!」とくそうるせぇ泣き声が響き、加賀美さんの手刀から斬撃が飛ぶ。

 『号泣ごうきゅう』は号泣を再現するスキル。


 何言ってんのか分からないかもしれませんが、そういうスキルなのです。


 斬撃を飛ばしたり、伸ばした刃で刺突しているのが加賀美さん本来の剣技。

 『号泣ごうきゅう』とは別口なので武器がなくても普通に発現可能。



「あああああああああ! うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」


 こうかはばつぐんだ。

 雷門クソさん、輝いていますよ。あなたがいないところで、あなたが。



 人間にはガラスを引っ掻く音。

 ナメック星人には口笛。


 逆神五十鈴には雷門クソさんの号泣。


 イライラが蓄積されるとメンタルは不安定になりスキルの発現に支障をきたす。

 時間をしっかり稼いでいる間にサーベイランスが3機ほど、装備バックを運搬して来た。


 今回ばかりは1機300万するから壊れたら嫌だとか言ってられない。

 施設が5割以上ぶっ壊れているのだから、もう300万なんて誤差である。


『お待たせしましたっす! 南雲さんの部屋からくすねて、語弊があるっすね! お借りして来たっすよ! どうぞ! 使ってください! もう壊れるの前提なんで!』


 乱暴にサーベイランスから投下されたのは弐対の刀と銃。

 双刀ムサシ双銃リョウマであった。


 南雲さんが古龍化チャオってジキラントばっかり使うようになったせいでこの子たちは監察官室の戸棚で長らくお留守番していたが、この度連れ出された。

 加賀美さんが双刀ムサシを手に、屋払さんは双銃リョウマを握った。


 剣士タイプと投擲スキルの使い手であれば、この装備を使いこなせるはず。


「……よし。真剣は好みではないなんて言っていられないな。屋払さん!」

「よろしくぅ!!」


 準備完了の合図としてよろしくぅは実に便利。

 日本も職場のサインとして導入するべきではなかろうか。



 上司に使われたらくそイライラしそうである。



「ルベルバックで南雲さんが使っておられるところを見ていて良かった! ある程度ならば自分にも……! ふんっ! 変刃抜刀!! 雲晴!!」


 晴刀は光を放ち、煌気オーラを蒸発させる。

 雲刀は自在に刀身の形や長さを変化させる。


 雲刀は今、いらない。


「銃は専門外なんでぇ! よろしく頼むんで、よろしくぅ!!」


 屋払さんは双銃リョウマを構える。

 こちらは弾倉にスキルを込められるという優れもの。


 アバン先生が作っていらっしゃったものから着想を得た南雲さんが割と若い頃に頑張って造ったお気に入りの装備。

 山根くんに何度もパクられて、その度に好き放題使われている。

 1発撃つ使用料は100万がミニマム単位というセレブな仕様で中に入るスキルによってはぶっ壊れる場合があり、これまでもぶっ壊れされて来た。


「山根さん! 中身はよろしくぅ!?」

『最初はダイナマイトが入ってたんすけど、そっちは放棄したんすよ』


「ちょっと意味分かんねぇんで、よろしくぅ? オレらに1番必要な強力スキル捨てるとか正気でよろしくぅ? もしかしてオレら捨て駒でよろしくぅ?」

『あ、いえいえ! 説明が前後してすんません! 屋払さんはご存じないと思うんすけど。今、1号館の屋上にはゲストがいまして。チャージまでまだかかるらしいんすけど、皆さんで団結してくだっさったら双銃リョウマに入れる分は抽出できたんすよ』


 双銃リョウマの中身はドモホルンリンクルよろしくじっくり丁寧に抽出された『黄金に輝く栄光の順平国王拳グローリーゴールド』であった。

 絶対に跡形もなく壊れる事が確定した双銃リョウマちゃん。


『自分が僭越ながら合図させてもらうっす。カウント3から。2、1』


 加賀美さんが晴刀を構えた。


「そんなオシャンティーな装備出して来てぇ!? ウチの注意引き付けてるつもりぃ!? 冗談はよしこちゃんだわ! ……欲しいじゃない、その剣!! ナウい!!」


 五十鈴、未だにメンタル不全中。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 放たれるは加賀美さんの秘奥義。



「攻勢絶式!! 『号泣ごうきゅう』!!」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 晴刀は煌気オーラを回収、霧散させる担当のため剣技を放つはずがなかった。

 3度目の「うっぐぶぅぅぅぅぅぅん」が五十鈴を襲う。



 人はイライラすると注意力も散漫になる。

 車の運転の際などは気を付けて欲しい。


 事故を起こした人の供述トップ3に絶対に入る「考え事をしていた」は誰にも起こり得る、そして被り得るもの。

 車を運転する時はハンドル操作と前方注意に。


 戦闘中は相手に集中するべきである。


「……よろしくぅぅ!! がぁぁぁ!? 腕が逝っちまってよろしくぅ……」


 金色に輝く一撃が五十鈴に向かって放たれた。


「は? ……バブリーじゃない」


 そのまま着弾。

 加賀美さんが晴刀をカフェテリアの床にぶっ刺して「ある程度被害を防げたらいいな!」と願いを込めたら全ての作戦が完了。


「屋払さん! 今です!」

『サーベイランスから煙幕噴射するっすよ!』


「トメ子ぉ!!」


 双銃リョウマの反動で脱臼した屋払さんは気合でトメ子を抱き抱えると最後の力でジャンプ一番。

 空中を駆けて戦線を離脱した。


「何やってんだい!! わたしゃ、あんたの命賭けるほど価値のある女じゃっ」


 女の愚痴を止める方法はいくつがあるが、屋払さんのチョイスしたものはロマンチックだった。

 接吻キメてトメ子を黙らせた後で、彼は短く言った。


愛羅武勇あいらぶゆう!!」

「ふーみん……!! ごめん。何言ってんのか分からない!! でもありがとう!!」


 戦場でラブロマンスはご法度。

 多方面に注意喚起しております。


 もう該当者が多すぎるので名前を列挙するだけで尺がなくなるんで、よろしくぅ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃。

 暗い異空間を航行中の孫六ランドでは。


「あ。そういえば監察官室の戸棚にね。豆大福入れといたんだったよ。みんなで食べようと思って。あれ? 賞味期限大丈夫かな? 良いところのヤツなんだけど、ルベルバックに出張する日に買ったからなぁ」


 南雲さん。豆大福はまだあります。



 ご自慢の装備が全部なくなりました。



「えっ!? もったいない!! ちょっとノアに頼んで取ってもらいますか!?」

「じゅるり……。大福って美味しいよね! モチモチしてるから美味しい!!」


 腹壊す事には定評のある逆神カップルが釣れた。

 この子たちはどっちも戦闘中に腹痛で離脱した経験がございます。


「瑠香にゃん先輩」

「はい。ボクマスター」


「ボクの『ホール』ちゃんは無限の可能性を秘めていると思うんですが。今、豆大福のためにその可能性を解放したら、後の取れ高に影響しませんかね?」

「瑠香にゃんはステータス『神妙なトーンでなにいってんだこいつ』を獲得。ぽこ。これあげます」


 ノアちゃんが素早くバニングさんのコーヒーエリアに身を隠したため、『ホール』による豆大福取り寄せ作戦は廃案となった。

 南雲さんにお届けする悲報だけがまた増えたが、その哀しみで人の命が救えたのである。


 それはとってもステキな事だなと思われた。


「あ! そうそう! お正月に双銃リョウマのメンテナンスしてね! 帰ったら花火代わりにダイナマイトを打ち上げてお祝いしようか! 戦勝の記念だから、このくらいは良いよ! 私、奮発しちゃう!! ふふっ!」


 南雲さん。

 それはもうありません。


 復元不可能なレベルに木っ端微塵となって消えました。


 花火のように、ね。

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