第65話 低ランク狩り・メタルヒトモドキ出現 日須美ダンジョン第4層

 芽衣はネガティブな少女だが、向上心は人並み以上にあった。

 監察官の姪として期待されている事実。そしてそれを裏切ってしまった苦い過去。

 それらは、彼女が最強の師を得た今、全てが「強くなりたい」という感情に変換されていた。


「はいはい。ストップ、芽衣。その辺にしておこうか」

「逆神師匠。芽衣はまだやれるです」


「ダメダメ。芽衣の煌気オーラの総量、残念だけど少ないからね。『瞬動しゅんどう』を計8回。それで残りは3割くらいか。なるほどなぁ。今後はもっと効率よく修行しないと」

「うぅ……。芽衣はやっぱりダメな子です……」


 六駆は「いやいや」と首を横に振る。

 続けて、フォローめいた発言をした。


「あそこで戦ってる莉子が煌気オーラ量のお化けだから、余計に自分が非力に感じるかもだけど。莉子がおかしいんだよ。で、横で弓持ってるクララ先輩は割と煌気オーラの総量少ないから、まずはあっちの普通のお姉さんを目標にしようね」


 六駆おじさん、無意識のうちに莉子とクララ両方を軽くディスる。

 無自覚鈍感系の主人公は扱いが難しいので、勝手にキャラ変更をしないで頂きたい。

 「僕何かやっちゃいましたか?」みたいな事を言うのは絶対に許されない。

 絶対にである。だって六駆、君は察しが良いじゃないか。

 小賢こざかしいじゃないか。


「もぉ! 六駆くんも仕事しなよぉ! 第4層から、ちょっとだけモンスター強くなってるんだからね!」

「そんな事言って、クララ先輩と2人で全然余裕じゃない。よっ、成長盛り! 自慢の弟子!! ほら、芽衣も言って、言って! 応援もパーティーメンバーの大事な役割だよ!!」


「は、はいです。小坂さん頑張れです。よっ、この理想の姉弟子です」


 六駆が右も左もわからない新人に、まず楽をする方法を教え込む。

 莉子だって穢れなき乙女だが、怒る時には怒ることを忘れたのか。


「も、もぉ! そんな褒めたって、べつにわたし、急にやる気になったりしないからね? でも、六駆くんの家で習ったアレンジスキル使っちゃお! 『連弾れんだん太刀風たちかぜ』っ! やぁぁぁぁっ!!!」


 莉子さん、おだてられて意気揚々とモンスターを撃退して行く。

 クララもそれに合わせて『フレイムアロー』を何発か射る。

 風の刃と炎の矢の相性はバツグンで、モンスターの群れを殲滅せんめつせしめる。


「いやいや、お見事! 2人とも、実に連携が良いね! ミンスティラリアでの経験がしっかり生きてる! すごい! さすが!」


 実際に莉子もクララも戦闘力、精神力の両面から見て、著しい成長を遂げていた。

 既に日須美ダンジョンであれば、階層が2桁にならないと彼女たちの進む足を止めるモンスターは現れないだろう。


 ただし、特殊なパターンを除いて。


 日須美ダンジョンがどうして第3層までで諦める探索員を多く出すのか。

 その理由が今からやって来る。

 群れを成して。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「はい。お疲れさま。ポカリとアクエリアスどっちがいい? クララ先輩はドクターペッパーでしたね。さあさあ、飲んでください!」


 六駆は最寄りのセブンイレブンで購入しておいた飲み物を差し出した。

 現状、戦闘のほぼ全てを担当している莉子とクララ。

 彼女たちの能力アップは、六駆にとっても実に嬉しいことだらけ。


 まずは単純に、自分のアドバイスで強くなっていく者を見るのが楽しい。

 これは人にものを教える事の多い六駆にとって、さらにはおっさんにとっても、若者の成長は心を潤す清涼水だからである。


 もちろん、美談だけで終わるはずもないのが逆神六駆の思考回路。

 前述の高潔な精神を覆い尽くす、六駆おじさんのダメ人間的な汚れた感性。


 2人が成長したことにより、六駆の理想とする「自分は楽してダンジョンを攻略して、小金稼いで隠居する」システムが完成に近づいているのであった。


 当然のことながら、サポートはする。

 飲み物だって進んで買いに行くし、甘いものも用意しておく。

 怪我をすれば即座に回復、煌気が足りなくなれば即刻補充。


 いつの間にか、六駆おじさんがヒーラーのポジションにいるではないか。


 先頭を行くべき戦闘マシーンが、何食わぬ顔で回復役みたいな事をしている。

 なんたる横着根性だろう。

 ダメな年の取り方をしたおっさんの見本市があれば、ぜひ出品してやりたい。

 金賞は確実である。


「ああー! 六駆くん、これは君の出番だよ! あれ、見て! あいつがくせ者なんだにゃー。日須美ダンジョンの名物! 通称、低ランク狩り!」


 そんな逆神六駆に久しぶりの仕事がやって来た。

 まず、その低ランク狩りの姿が、彼のやる気を掻き立てた。


 魅惑の輝くボディ。

 なにやら見覚えのある流線形のフォルム。

 彼は興奮気味に言った。


「なんですか!? あの、人型のメタルゲルは!! アレですか!? そりゃあもう、お高いイドクロアをお持ちなんでしょう!? ああっ! 5、6、9体もいる!! やだ、どうしよう! もう今日はこいつら倒して帰る方向で良いですか!? 良いですね!?」


 まさに見た目は人の形をしたメタルゲル。

 六駆が興奮するのも頷ける。


 諸君は御滝ダンジョンで2度ほど六駆の心をとりこにした、メタルゲルを覚えておいでだろうか。

 その外皮は1キロ約30万で取引される。

 超貴重なイドクロアを持つ、六駆の激推しモンスター。


「はぁはぁ……。こいつらデカいから、1体から外皮10キロは採れるぞ……。ええと、10掛ける、30万掛ける、9体で……。あああ! 興奮し過ぎて計算ができない!! あああああ!!! なんかとにかく、いっぱい万円!!!」


 レッドブルを5リットルくらい飲んだような興奮状態の六駆。

 そんな彼をいさめるのは、いつも相棒の莉子さん。


「あのね、六駆くん」

「うへへ? なんだい、莉子さんや」


「うわぁ。もう、何て言うか、とんでもなくいやらしい顔してる……。そんな六駆くんに、悲しいお知らせがあるんだけど。聞く?」

「ぐへへ。今なら少しくらい悲しいお知らせがあったって、僕は前を向いていけるよ! 言ってごらんなさいよ! そして、この僕を止められるものなら、止めてごらんなさいよ!!」


 莉子は、「かわいそうな六駆くん」と思いながら真実を告げる。


「あそこにいるのは、メタルヒトモドキって言ってね。メタルゲルにそっくりで、全スキルを弾く特性も一緒なんだけど。ひとつだけメタルゲルと違うところがあって」

「分かる、分かる! イドクロアがたくさん採れるんでしょ!?」


「ううん。逆だよ。メタルヒトモドキからは、イドクロアが採れないの。あいつら、倒してもメタルゲルみたいに外皮が凝固されないで、水が蒸発するみたいに一瞬で消えちゃうんだって。そもそも倒せる人も限られてるから、わたしも図鑑で得た知識だけどね」


 莉子のもたらす知識が間違っていたことなど、これまで1度もなかった事を六駆は知っている。

 だからこそ、彼女の口から放たれた凶報は彼を激しい怒りへといざなった。



「ちくしょう!! お前ら、よくも、よくも騙したなぁぁぁぁ!!! 絶対に許さん!! 一匹たりとも逃がしてやらないからなぁぁぁぁ!!! ちっくしょぉぉぉぉぉ!!!」



 六駆おじさんの八つ当たりが始まる。

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