第92話 2人の鬼神 日須美ダンジョン第17層

 キャンポム司令官は冷静だった。

 冷静であるがゆえに、事態の深刻さを受け入れていた。


煌気オーラ切れの者は後衛と入れ替われ! 全隊、『クシフォス』に煌気オーラを注入! 距離を詰めて戦わなければ、あの電撃スキルで狙い撃ちにされるぞ!!」


「はっ! 了解しました! 後衛、我に続けー!!」


 『クシフォス』は煌気剣の一種で、ルベルバックの近接戦闘と言えばこれであり、新兵の期間で真っ先に仕込まれるのがルベルバック剣術。

 彼らはどの兵士も近距離、遠距離を同時にこなせる万能型の軍勢である。


 本来であれば、キャンポムは即時撤退と命令を出したい。

 だが、彼も軍人であり、自分よりも高い地位の人間が「戦え」と指示をする以上、それに従うしかない。

 全てを理解した上で、部下たちに「無駄な血を流せ」と命じる。


「南雲さん! 南雲さん!! なんか近接戦闘みたいですよ! これはアガりますね!!」

「うん。アガりはしないが、私の装備だとそちらの方が助かるな」


「何使うかなぁ! 僕、いつも『光剣ブレイバー』ってスキルを使ってるんですけどね。いや、使い勝手はいいんですよ? ただ、飽きて来ちゃいましてねぇ」


「せぇい! 『爆蓮華ばくれんげ』!!」


 南雲のスキルは極めてシンプル。

 白刃から繰り出されるのは、対象に触れると同時に爆ぜる斬撃。

 その散り様はまるで蓮華の花のように美しい。


「剣以外も使えるんですよ? でもなぁ、槍は芽衣に使わせているし、弓はクララ先輩と被るし。……そうだ! 斧ってどう思います?」


「甘い! 『凍桔梗とうききょう』! すまんが、しばらく倒れていてくれ!」


 南雲は『双刀ムサシ』を交互に繰り出す。

 白刃の爆撃と対比するように、青刀は圧倒的な冷気で相手の自由を奪う。

 どちらの攻撃が来るのか予測がつかないため、ルベルバック軍の剣術隊は翻弄される。


「いやぁ、でも斧は莉子に『斧の一撃アックスラッシュ』を教えちゃったからなぁ。うわぁ、意外と選択肢が少ない! んー。でも、斧にしちゃうか! 斧で! ねぇ、南雲さん?」



 六駆おじさん、いい加減に戦え。



 南雲は先ほどから刀の一振りで確実に1人、多い時は2人も3人も戦闘不能にしているのに、どうしてお前は武器のチョイスを敵陣中央で悩んでいるのか。

 お出かけ前の女子か。


「よし! 斧で!! 『男郎花おとこえし』!!」

「うぐっ!? 逆神くん!? 気のせいじゃなかったら良いのだが、君の出した禍々しい斧に、私の煌気オーラが凄い勢いで吸われていくんだけど!?」


 六駆の異世界武器コレクションの1つ、『男郎花おとこえし』。

 とある国の処刑場に咲いていた魔花より抽出されたエキスを使って作られた、呪いの斧である。


 南雲の指摘は正しく、その斧は生物の命、つまりは煌気オーラを吸い取る。

 吸い取った煌気オーラを元に強力な一撃を放つのだが、扱えた者は数少ないと言う。

 ちなみに命名は祖父の四郎。それまで六駆は『呪いの斧』と呼んでいたが、「武器が気の毒じゃ」と言って、庭に咲いていた野草の名前を授けた。


「いえね、南雲さんのスキルの名前が花に由来されてるっぽかったので、僕もお揃いが良いかなって! やっぱりそういうのってあるじゃないですか!!」


「よし、分かった! 分かったから、一旦離れよう! 私の煌気オーラ、ブリブリ吸い取られてるから!! ほら、ご覧なさいよ! 何もしていないのに敵の軍勢もバタバタ倒れているじゃないか!!」


 そんな戦局を初めて確認した六駆、これはいけないと考える。

 まだ何もしていないのに、いつの間にか10人くらいが近場で倒れている。

 彼にとって久しぶりに暴れられる、それも監察官公認の戦場でこれは余りにももったいない。


 いつもの悪魔的思考であった。


「そぉぉぉぉい!! 『骸・断撃スカル・ヘル』!! よいしょーっ!!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「あ、あああ! あああああ!!」

「助けて! 助け!!」


 禍々しい斧で放たれるのは、当然のように呪怨のこもった一撃。

 周囲から吸い取った煌気オーラが、振り下ろした斧から骸骨の怨霊へと姿を変えて敵をとらえる。


 南雲は咄嗟に『ライソラス』と言う名の全属性防御スキルを発動させて事なきを得ていた。

 六駆も別に監察官まで一緒に葬り去ろうとした訳ではないのだが、「南雲さんなら避けられるだろう!」と、実に的確な戦力分析の結果、派手なスキル撃ちたい病に負けての暴挙であった。


「よっしゃあ! もう一撃!! 煌気オーラ吸い取りまーす!!」


「ひっ! む、無理だ! 悪魔にゃ勝てっこない!!」

「バカ! 逃げたって変わらねぇよ!! 俺たちゃ帰る国がねぇんだ!!」


 戦場に悲痛な叫びがこだまする。

 南雲は「これ、私がどうにかしないと死人が出るな。ダース単位で!」と悟り、大技を繰り出した。


「逆神くん、ここは私に譲りたまえ! 『極光・万華鏡オーロラ・カレイドスコープ』!!」


 まず青刀で氷の鏡を作り出した南雲。

 そこに反射させた小さな爆発を起こす斬撃が無数に飛び交う。

 蓮華が咲くように爆ぜる姿はまさに万華鏡を覗き込んだかのように幻想的で、倒れ伏せるルベルバック軍の兵士たちも夢を見ているような感覚に陥るのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ちょっと、ひどいじゃないですか! 南雲さん!! 僕たち2人で暴れるって話だったのに、結局自分だけで仕留めちゃうんですから!!」


 全然暴れたりない六駆は、『男郎花おとこえし』を振り回しながら不満を垂れる。


「いや、ここはまだ君の実力を全て見せる必要はないと思ってだな! ほら、その辺にもランドゥルがあるだろう!? 逆神くんは我々のジョーカーだから! この先に備えて秘密は温存しておきたかったのだよ!! とにかくその斧をしまって! 早く!!」


 南雲は話術にも長けていた。

 かつて、彼もいくつかの異世界に顔を出し、和平条約を締結した経験もある。

 だが、今回の逆神六駆を落ち着かせる交渉がこれまでの彼に課せられたどのミッションよりも緊張したと、南雲は後日、山根くんに聞かせることになる。


「なるほど! ルベルバックを滅ぼす時の切り札って訳ですか! 納得!!」

「君の発想はもう、本当にアレだな。全力で協会本部から隠さなければならんと、私に決心させるには充分だよ。さあ、とりあえず戦闘は終わりだ」


 100を超えるルベルバックの侵攻軍のうち半数が六駆の『骸・断撃スカル・ヘル』で瀕死の状態になり、南雲の攻撃でさらにその半数が戦闘不能に。残った兵士は完全に戦意を喪失させていた。


 キャンポムが一歩踏み出して、降伏を申し入れる。


「我々は投降する。侵略攻撃を仕掛けておいて虫のいい話だが、どうか部下たちの手当てをしてくれないだろうか。俺の命ひとつでこの場を納めてくれ」


 彼は武人としての誇りと、指揮官としての責任の両方を果たそうとしていた。

 その姿を見て、南雲も納刀する。


「私たちも殺し合いをしたい訳ではない。投降を受け入れよう」



「えっ!?」

「逆神くん。すまんが、そのタイミングで意外な顔をされると、私までシリアルキラーの仲間みたいな空気になるから、本当にヤメてくれるか?」



 続けて、南雲は六駆に「負傷者を治療してあげてくれんか?」と頭を下げる。

 六駆も今後の事があるので、南雲の頼みを無下にはしない。


 『気功風メディゼフィロス』で死にかけの兵士から順に回復させていく。

 ちなみに、より死に近い兵士ほど六駆の一撃を喰らった者なので、責任取ってしっかり治してやってほしい。


 一方、南雲はキャンポムと対話を試みていた。

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