第336話 久坂剣友VS3番クリムト・ウェルスラー

「す、すまない! 久坂剣友! 私が足手まといに!!」

「その通りですね。君のように無能な者をアトミルカは許しませんよ?」


 再び鋏の切っ先を55番に向けるクリムト・ウェルスラー。

 その前に立ちふさがるのは、久坂剣友。


「無能……。確かにそうかもしれん……」

「なーにをバカ言うちょるんじゃ、55の。お主にゃあ、まだまだ教えんといけん事がようけあるのぉ。とりあえず、これだけは覚えちょけぇ。家族にはのぉ、なんぼでも迷惑かけてええんじゃ。足手まとい、大いに結構じゃろうが!」


「老人の戯言ほど理解に苦しむものもありませんね。死になさい。『シザーズウェイブ』!」


 先ほどの直線的な煌気オーラ弾とは違い、波打ちながら迫ってくる3番の凶弾。

 これほどまでにウネウネと動かれては、さすがの久坂にも予測がつかない。


「く、久坂剣友!!」

「ひょっひょっひょ! 慌てんでもええ。ワシものぉ、実はちぃとだけ修行したりしよるんじゃぜ? 見せちゃろう! そぉりゃ! 『梅花ばいか』!!」


 久坂が展開させたのは、鮮やかで紅く咲いた梅の花弁。


 諸君は覚えておいでだろうか。

 塚地小鳩が操るスキル『銀華ぎんか』を作り上げたのは、六駆と南雲、そして久坂である事を。


 久坂は御年70の大ベテラン。

 だが、それでも研鑽を続けており、『銀華ぎんか』を自分用にカスタマイズしたものがこの『梅花ばいか』である。


「久坂さん、やるなぁ! それ、55番くんの薔薇のスキルから思い付いたでしょ?」

「さすがじゃのぉ、六駆の小僧! せっかくこんな老いぼれにも家族ができたけぇのぉ。スキルもお揃いっちゅうのは、なかなか乙じゃろう? 色も似ちょるし! のぉ、55の」


「確かにそうかもしれん! 私は嬉しい! 久坂剣友!!」


 久坂の周囲には、梅の花が衛星となって舞っている。

 この点も『銀華ぎんか』と同じだが、その使用方法は大きく異なる。


「老い先短い生涯をわざわざ縮めるとは、理解に苦しみますね。ナグモ。あなた、この老人が殺されるところを見ていて良いのですか?」

「あなたは強いかもしれないが、世の中にはあなたよりもずっと強い人もいる! 研究者が優劣を決めつけて掛かるとは、底も知れますね!!」


 3番は「ふん」とつまらなそうにため息をついた。


「では、順番に処理していきましょう。まずは老人。次に裏切り者。そしてナグモの甥を殺して、最後はナグモ、あなたです!」



「修一……。お主、ついに六駆の小僧との関係がいよいよ訳の分からん事になってきたのぉ」

「違うんですよ、久坂さん! これは逆神くんが! くそぅ!! 違うんですよぉ!!」



 3番は「おしゃべりは終わりです」と言うと同時に、鋏を大きく開き煌気オーラを素早く充填する。

 彼の作った『フライシザーズ』は遠近両用の武器。

 距離のある久坂に対しては、砲撃で対応するようであった。


「大層な煌気オーラじゃけどのぉ。それ、撃てんと意味がなかろう?」

「ご安心を。ものの数秒であなたは塵になります」


「数秒ありゃあ、充分なんじゃけどのぉ。いくぞい! 『梅花ばいか』! 百八枚咲き!! 魔王まおう拳!! 『紅梅こうばいあめ』!!」


 久坂の動きは3番よりも素早かった。

 彼の得意とする鳳凰拳は、今の老いた肉体で使うために適した久坂流。

 対して、魔王拳は彼が全盛期の頃に使用していた久坂流であり、その威力は絶大。


「くっ! ちょこまかと!! 死になさいと言っている!!」


 老人と侮った久坂の機敏な動きに動揺した3番は、フライシザーズの照準を合わせて発射する。

 それを絡めとるように、梅の花吹雪が舞う。


「これだけの数の衛星を全部攻撃に使うと思うたんか? まだまだ若いのぉ! 魔王拳は攻防一体の極みじゃ! 喰らえぃ! そうりゃあっ!!」

「バカな!? フライシザーズの主砲が押し負けた!? うぐ、ぐあぁぁっ!!」


 久坂の突きを受けて吹き飛ばされる3番。


「立たんかい、小僧。まだまだ、うちの家族に働いた分の粗相にゃ、お会計が足りちょらんけぇのぉ」

「おのれ……! 老人風情がいい気に!! 私はあなたのような老いぼれが最も嫌いなのですよ!!」


 3番は新しい『圧縮玉クライム』をいくつも用意する。

 久坂はその間、敢えて攻撃をせずに静観した。


 その余裕が、3番をさらに苛立たせる。


「日本では死体を火葬するらしいですね。ならば、ご老人。あなたは私がきっちりと灰にして差し上げましょう。『メタルナイフ』!!」


 とんでもない武器が出てくるのかと身構えた南雲。

 だが、得物は短いナイフだった。


「逆神くん。あの武器を見て、どう思う? 私には近接戦闘向きの武器を取り出して久坂さんと戦おうと言う意味が理解できないのだが」

「う、うひょー! 高そうなナイフですね! あれ、もしかして材料にメタルゲルちゃん使われてます!? 久坂さんが3番の人をボコったら、あれ貰おう!!」



「逆神くん。5万円あげよう」

「あのナイフ、恐らく煌気オーラを込める事で刀身を発現させる武器ですね。両手に1つずつ持っている点も見逃せません。僕だったら、目に見える刃と、目に見えない刃の両方を出します。仮にそうじゃなくても、2本あるって事は役割も別にしてあると思いますよ」



 5万円で脳が活性化された逆神六駆。

 その会話を聞いていた3番は、額に汗をかいていた。


 「あの少年が言ってること、ほとんど当たっているのだが」と、正体不明の脅威を感じ取る3番であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 久坂がまず仕掛ける。

 魔王拳は今の老いた体では長時間の使用はできない。


 それを気取られる前に勝負を決めにかかる。


「そりゃ! つりゃぁ! そい、ほい!! 随分と鋭い刃じゃのぉ!! ワシの拳で砕けんっちゃあ、大したものじゃ!」

「ご老人。私も驚いていますよ。ラキシンシですらバターのように裂けるこのナイフを、煌気オーラを纏っているとは言え、素手で対応されるとは」


 3番はこれまで近接戦をして来なかった。

 そのため、南雲は「あの男は遠距離が専門なのだろう」と当たりを付けていたのだが、その予測は外れる。


 クリムト・ウェルスラーは生身でも充分に強い。

 そこに彼の開発した装備が投入されると、その強さは確固たるものになる。


 近接、ミドルレンジ、遠距離。

 どの距離にも対応し、どの距離でも自分の間合いにする3番。


「……こりゃあ、ちぃと骨が折れるのぉ! ギアを上げようかいのぉ!! 魔王拳! 『梅雨つゆばしり』!!」


 梅の花弁が収束されていき、久坂の思念によって自在に動く。

 いわば、三本目の腕である。


 これには3番も手数で押し負けるため、距離を取ろうと試みる。

 だが、それを久坂は許さない。


「ぐっ! 老人……!!」

「ひょっひょ! 年寄りも捨てたもんじゃなかろうが? そろそろ仕舞いにしようかいのぉ!! 魔王拳!! 群狼ぐんろううめ……むっ!?」


 違和感。

 それにまず気付いたのは六駆と久坂。


 数秒遅れて南雲も気付く。



 3番の左手に持った『メタルナイフ』から、透明な刃が伸びている事に。



 向かう先は、久坂剣友の弱点である。

 久坂は戦いに卑怯と言うものはなく、むしろ戦局を優位に運ぶための策は積極的に用いるべしと考えている。


 それゆえ、彼はまず3番を褒めた。


「見事じゃったわい……。苦戦しちょるように見せたのも罠じゃったんか……」

「いえいえ。実際に苦戦していましたよ。私に『圧縮玉クライム』を複数使わせたのは久方ぶりでした。冥府で自慢すると良い」


 久坂の背中に、銀色の凶刃が突き刺さる。


「く、久坂剣友!! わ、私を庇って……!!」

「なにを言うちょるんじゃ。ちぃと肝が冷えたからのぉ。お主に預けちょった、腹巻を……。受け取りに……来ただけじゃけぇ……」


 久坂はぐらりと55番の方に倒れ込む。

 油断していたとは言え、六駆ですら対応できなかった攻撃速度を褒めるべきだろう。


 アトミルカのナンバー3。

 彼はまごう事なき強敵である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る