第90話 監察官からの協力要請 逆神六駆、うっかり秘密を洩らす

 第16層の死闘は南雲監察官率いる探索員連合とルベルバック軍先遣隊、双方が痛み分けの形で一旦の幕を閉じる。


「南雲監察官。第16層から全員で引き上げてきました。下の階層へ続く道の壁を破壊して用心のために『グラビティレイ』を仕掛けたので、しばらくの間は平穏が保たれると思います」


 加賀美かがみ政宗まさむねはAランク探索員の中でも極めて実直で優秀な男。

 剣術スキルを得意としているのに加えて、各属性の中等スキルも一通り使える、まさにオールラウンダー。


 六駆は彼を見て、「莉子もこんな風に育てたいなぁ」と思っていた。


 『グラビティレイ』は広範囲の重力に干渉するスキル。

 鎧や盾で武装しているルベルバック軍の足を止めるにはうってつけだと思われ、加賀美は短時間で彼に出来る最高の仕事をこなしていた。


「ご苦労だった。本当に助かるよ。君のような人が日須美市にいてくれて助かった。休暇にもかかわらず申し訳ない。ご家族と買い物か?」

「ええ。長男が来年小学校に上がるので、ランドセルを見に行っていました」


「それはめでたいな! よし、ランドセルは私から贈らせてくれ! 山根くん! すぐに手配を!!」

『分かりました。言っときますけど、経費じゃ落ちませんからね?』



「えっ?」

『いや、そんな事よりもさっさと作戦立ててください』



 現場にいないのに現場の誰よりも冷静な山根くん。

 部下に言われて、南雲も自分の役割を思い出す。


「ほら、集まって! 鼻くそのみんなー! 広域展開すると疲れるから! できるだけ密集して!! はい、いきますよー。『気功風メディゼフィロス』!!」


「ああ、温けぇ……」

「すみません。すみません。逆神様。逆神神様」


 一方、六駆くんはここで再び大変なうっかりをしでかす。

 チーム莉子で活動しているノリで、ついつい回復役を買って出てしまっていた。

 その行為自体は褒められるべきものだが、使ったスキルがよろしくない。


 先刻使った『貸付武者レンタラブシドー』よりもはるかに目立っていた。


「いやぁ! すごいね、君! 見たこともない治癒スキルだ! しかも、12人同時に!? その若さでよくこれほどまでの研鑽を……! 逆神くんと言ったよね? 自分は加賀美政宗。ぜひ、そのスキルについて聞きたいな! 後学のために!!」


 加賀美の純粋な向上心が、六駆の息の根を止めにかかっていた。

 どうして不用意にスキルを使ってしまったのか。


 六駆にも人の心が少し残っており、自分の指令で戦地に向かわせた兵士たちへのせめてもの慈悲だったのだが、慈悲の代わりに危機管理マニュアルを失っていた。


 おっさんにマルチタスクを求めるなんて、はなから荷が重すぎたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「え゛っ!? こ、これは、あの、アレですよ! が、外国のスキルで!!」


 咄嗟の言い訳にしては、なかなか頑張った方だと褒めてあげて欲しい。

 異世界も外国みたいなものだし、逆神家も日本人として教育と納税はギリギリこなしているが、勤労は相当怪しいので不法滞在者みたいなものである。


「海外の!! 素晴らしい探求心だね! 自分も育児が落ち着いたら行ってみようかな! ちなみに、どこの国で修行したんだい?」

「……インドです」


「インド! 確か、ダンジョンは少ない国だったと思うけど、そうか! インドか!!」

「……カレー、美味しかったです」


 限界が近づいていた。


 六駆の『気功風メディゼフィロス』が勝手にインド原産のスキルに認定された。

 インドの皆様もさぞかしご立腹だろう。


 見るに見かねて、相棒が助け舟を出した。

 だが、あまりにも遅すぎた。


「あ、あの! 六駆くんは、小さい頃から特殊な訓練を受けていてですね! えと、ダンジョンの中で生まれたんです! そう、そうなんですよぉ!!」


 莉子さん、故障する。


 自分に正直、人には真っ直ぐがモットーの彼女に嘘をつかせる場面を作り出した六駆が悪い。

 莉子は涙目になりながら、健気に訴え続けている。


「えっと、モンスターに育てられて! だから六駆くんは親の愛情を知らなくてぇ!!」


「お、落ち着いて莉子ちゃん! 余計に話が面倒になってるにゃ!!」

「芽衣は皆さんとどこまでもお供するです。異世界に流刑です? ……それもまた人生です」


 事情はよく分からないが、女の子を困惑させているのが自分らしいと理解した加賀美も、慌てて「そうなんだ! 大変だったね!!」と謎の相槌をする。

 そして、沈黙を守っていた南雲が口を開いた。


「あのね、逆神くん。実は君たちのパーティーの事を私、調べてたんだよ。隠さなくてもいいよ? 君、自分でスキル作れるよね? それも、半端じゃなく強力な」


「作れません!!」

「うん。ごめんね。日須美ダンジョンの攻略している君たちのデータ、全部解析済みなんだよ」


「えっ」

「うん」


 しばしの沈黙が場を包み込んだ。

 ほんの30秒程度の時間が、六駆にとっては永遠に続く静寂に思えたと言う。


「……僕の体で事が済むのなら、協会本部に出頭します。だから、パーティーのみんなは許してあげて下さい!!」


 殊勝な事を言う我らが主人公。

 ここに来て、清らかな心を手に入れたのか。


 違う。


 「もはやこれまで。協会本部に侵入して大暴れで滅ぼそう!」とか考えていた。

 今度は六駆がヤケクソになる番である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ちょっと待ってくれ。別に、私は逆神くんをとがめている訳ではない」

「えっ!? そうなんですか!?」


「そうだとも。現に、君のおかげで今回のルベルバック軍侵攻作戦を最小限の被害で抑え込むことができているじゃないか。称賛こそすれ、咎めるものか」

「と言う事は、僕が協会本部で毎日人体実験されながら、最後は紫色の泡になって消える事はないんですね!?」


 南雲は「ははは」と笑った。


「監察官の中には過激な者もいる。それは確かだ。しかし、私は君の功績に礼をもって遇する事を誓うよ。だから、こちらから頭を下げさせてくれ。どうか、私に続けて力を貸してはくれないか? 君の、チーム莉子の力が絶対に必要なのだ!」


「莉子! なんかこの人、すごく話の分かる人だよ!!」

「良かったぁ! 六駆くん、良かったねぇ! ふぇぇー。腰が抜けちゃったよぉ」


 六駆は最高の笑顔で南雲の要請に応える。



「じゃあ、僕たちの秘密を口外しない旨を書面にしてもらえます? 約束を破った場合は僕が何をしても構わないって記述もお願いします」

「なんで君は急にアメリカドラマの司法取引みたいな事を言い出したの?」



 ここで押し問答をしている時間が惜しい。

 せっかく加賀美の作ってくれた貴重な時間の浪費ではないか。

 南雲は、「分かった。すぐに山根くんに準備させよう」と了承する。


「ああ! 良かった! 多分お役に立てますよ、僕! 異世界にはちょっとだけ詳しいので! 実はうちの家系、異世界転生周回者リピーターなんて事をやってましてね!! あっ、内緒ですよ? うふふふ」


 言う必要のない秘密を自分からお漏らしした六駆おじさん。

 安堵していた莉子は、クララの胸に顔をうずめて泣き崩れるのだった。

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