第89話 増援 Aランク探索員・加賀美政宗登場

 第16層では、決死行に出た現世の鼻くそ連合軍が意外な善戦を見せていた。


 彼らには、もはや帰る場所がない。

 いや、あるにはあるのだが、そこには悪魔が仁王立ちしている。


 そんなところに帰りたくはない。

 だけど、先に進む力もなければ勇気もないし、平常心も保てそうにない。

 結果、半狂乱のリーダー2人とパーティーメンバー10人は、戦いのセオリーを無視しまくっていた。


 とにかく攻撃。

 隙があれば前進。

 隙が無くても突進。


 六駆の『貸付武者レンタラブシドー』の効果もあり、勢いだけでルベルバック軍の先陣を押し戻しつつあった。


「い、行けるぞ! 『ガイアタイダルウェイブ』!!」


「組長の土津波だ! 乗ってけ、乗ってけ!!」

「もうこんなクソパーティーとはおさらばだ! ヒャッハー!!」


 山嵐助三郎、ここに来て新スキルを発動する。

 土石流は一直線にルベルバック軍の前衛を襲う。


 そこに山嵐組の組員が、同じく土属性の防御スキルを使って、サーフィンのように土塊の大波を乗りこなす。

 規律の取れた戦法を崩さないルベルバック軍にとって、この勢いだけの攻撃が存外効果的に働いていた。


「アーハハ! 『ウインドキラーシンティラ』!! こっちも行くぞ、ヘイ、ユー!!」

「京児さん! こんな事言いたくないですけど、全然効いてません!!」


「アーハハ!? ホワイ!? ミーの電撃スキルだぞ!? ワッツ!?」


 自分で正解を口にするスタイルの梶谷京児。

 それは、君のスキルが電撃属性だからだよ。


「ダメだ! このモヒカン、役に立たねぇ! オレらがやらねぇと死ぬぞ、マジで!!」

「おお! 1点に『ストーンバレット』を集中させるのはどうだ!?」

「良いな! 山嵐くんのスキルは効いてるし! よっしゃ、いくぞ!」

「うぉぉぉぉぉ!! くそぉぉぉぉ!!! お前ら自分の世界に帰れよぉぉぉぉ!!!」


 ファビュラスダイナマイト京児のメンバーは、自分のところのニワトリ頭が中身までニワトリだと気付いて、覚醒した。

 彼らは全員がCランク。

 それなりの経験と、それなりのスキルを持っていた。


「くっ! 司令官! キャンポム司令官! どうしますか!?」

「落ち着け! ヤツら、あまりにも統制が取れていない。見るに急造のチーム、いや。……下手をすると捨て駒かもしれん。無駄な消耗を避け、回避と防御を優先! 前衛は『アスピーダ』を最大出力で展開! 煌気オーラが切れた者は下がって交代!!」


 キャンポム司令官は現世侵攻軍先遣隊の全権を預かる身である。

 「常に戦局を見定めるのだ!」とは彼のモットーであり、時にこうして最前線まで出てきて指揮を執る姿は「動く司令塔」の異名を誇る。


 キャンポムの推察はほぼ的中しており、堅実な作戦運用でヤケクソ鼻くそ連合軍の攻撃を最低限の力でいなす方針に打って出た。

 これが実に効果的だった。鼻くそ連合軍は次第に勢いを失っていく。


 不思議なもので、勢いを失うと精神的な支柱がガリガリ削られていくのが戦の常。

 鼻くそ連合軍の中にも、リタイア寸前の者が現れ始めていた。


 そんな時、彗星の如く現れた救世主がいた。


「やあ! 待たせてすまない! よくここまで耐えてくれたな! ここからはこの加賀美が引き受けよう!!」


 彼は加賀美かがみ政宗まさむね。Aランク探索員。

 既にAランクを2年以上維持している、本物の実力派である。

 梶谷のようなガッカリAランクとはものが違う。


 話はほんの5分前にさかのぼる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆は悩んでいた。

 多分しょうもないことだろうと思われた諸君、少し待って欲しい。

 たまには六駆くんもマジメに悩む事だってある。


「これ、僕が実力出したら面倒なことになるヤツじゃないのか?」


 彼にしては実に珍しく、本当に悩んでいた。

 だが、考えても答えが出ないので、頼りになる相棒に相談することにした。


「莉子さんや。ちょいと質問があるんだけど。もしかすると、僕って現状スキル使えなくない? 監察官って偉い人なんでしょ? それで、逆神流のスキルって協会本部にバレたらダメなんだよね?」


 莉子は感動した。

 六駆が、あの逆神六駆が、自分の立場を適切に理解している事実に。

 思わず涙声になりながら、彼女は答えた。


「うんっ! すっごくまずい事になってるよぉ!!」


 緊急時において、実に悲しいボタンの掛け違いが起きている。


 諸君もご存じの通り、南雲はチーム莉子の観察を続けていた。

 既に「この子たち絶対に自分でスキル作ってるよね」と、真実に肉薄しているのだ。

 先ほどの『貸付武者レンタラブシドー』使用の際に何も言わなかったのがその証拠。


 しかし、チーム莉子も監察官の出現と言う不測の事態に戸惑い、普段は聡明な莉子や意外と事態を冷静に分析するクララもその事実には気付けずにいた。


 南雲は南雲で、チーム莉子の本質を測りかねているのでうかつに動けない。

 今のところ協力的だが、発言からちょいちょい危険な香りを放つ彼らに背中を任せて大丈夫だろうか。

 9割くらいは問題ないだろうと考えている南雲だったが、1割でも危険を孕んでいれば、その確率を無視できないのが彼の基本的思考。


 そんな状態で、捨て駒として出動させた鼻くそ連合軍がまさに命運尽きようとしている時分になっても、彼ら実力者はお互い無意味な牽制をし合っていて動けなかった。


 そこにやって来た男がいる。

 彼は南雲を見つけて、丁寧に頭を下げて身分を名乗った。


「南雲監察官。はじめまして。加賀美隊のリーダー、加賀美政宗です。すみません、到着が遅くなりまして。今日はオフだったので、家族とイオンに出掛けていたんです。監察官室の山根さんから、だいたいの事情は伺っています」


 加賀美政宗は28歳。

 大学時代に学生結婚しており、家計を支えるために探索員になった苦労人。

 現在は二児の父として、また一家の大黒柱として、日々自己の研鑽と社会奉仕のためにその身を捧げる模範的な探索員である。


「おおお!! そうか、来てくれたか、加賀美くん!! いや、休みのところすまない! だが、緊急事態なのだ! 到着早々すまないが、頼まれてくれるか?」


 こうして、二つ返事で鼻くそ連合軍の増援に向かった、加賀美政宗。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「攻勢二式! 『雲雀ひばり』! 侵略軍の皆さん、ここは退いてください! あなた方にも故郷に家族がいるでしょう!? 戦いで命を落とすなんて馬鹿なことをしないでください!!」


 加賀美の実力は本物だった。

 たった1人で戦局をひっくり返して見せた。


「止むを得ん! 前衛、『アストラペー』を3発発射して後退! 一時退却する!!」


 キャンポムの指示は忠実に遂行され、電撃が加賀美を襲う。


 加賀美は、クララと同じように探索装備に武器を加えている。

 それはイドクロアで作られた竹刀。名前は『ホトトギス』。

 剣道5段の彼の戦闘スタイルは、盾を用いず、攻防の全てを一本の刀で行う。


「守勢三式! 『烏丸からすま斬り』!! ふう。相手の司令官が理性的な人で助かりましたね。皆さん、ご無事ですか? 歩けない人は言ってください! 自分が肩をお貸しします!!」


 Aランク探索員とはかくあるべしか。


 ただ、鼻くそ連合軍の奮戦も一応評価してあげて欲しい。

 彼らのヤケクソ特攻がなければ、加賀美の到着までの時間は稼げなかったのだから。


 役者が揃った感のある日須美ダンジョン。

 どう動くのか、チーム莉子。

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