第396話 監察官・久坂剣友、サポートする 監獄ダンジョン・カルケル 地上

 ドノティダンジョンは監獄ダンジョン・カルケルと対になるダンジョンであり、かつてはその2つが一緒になってドノティダンジョンと呼ばれていた。

 それを国際探索員協会が改修工事をして、より複雑な迷路を持っていた東側のダンジョンをカルケルとし、西側のダンジョンを緊急時の連絡通路を兼ねたドノティダンジョンとして運用する事になった経緯がある。


 だが、カルケルが発足してから1度としてドノティダンジョンは連絡通路としての役割を果たしていない。

 当然である。


 これまでカルケルが襲われるなどと言う事態は起きていなかったのだから。


 よって、ドノティダンジョンの内部は数十年前に一度舗装されただけの状態であり、誰も中に入らないものだからモンスターも元気ハツラツ。

 国際探索員協会によるダンジョン難易度判定はAランク。


 異世界・キュロドスに通じていたフォルテミラダンジョンの難易度も同じくAランク。

 つまり、結構な難所をこれから越えなければならない。


 南雲修一、単身で。


「……よし。やはりこちらの発着座標はまだアトミルカに漏れていないと見える!」


 その南雲監察官がドノティダンジョンに転移して来た。

 カルケルとの距離は約7キロ。


 煌気オーラを抑えていれば、よほど高性能な煌気オーラ検知器でもない限りは発見されないと思われるが、南雲は慎重派であるゆえ今回の白衣は特別製。

 体から自然発生する煌気オーラすらも9割包み隠す、特殊な繊維で作られた白衣である。


 ちなみに、コーヒーを噴いた時に小鳩が雑巾代わりに使ったのもこの白衣である。


「こちら南雲。ドノティダンジョン前に無事に到着した」


 サーベイランスが起動する。

 フワフワと浮き上がり、南雲の視点に合わせてモニターが開く。


『ご無事で何よりっす! 敵に囲まれてたら面白いかと思って映像も出したんすけど、平気そうなんで引っ込めるっすねー』

「……本当に君は良い趣味をしているな。だが、実際問題、発着座標が漏れていなかったのは幸運だった」


 南雲の幸運が作られたものだと知っているのは、我々だけ。

 カルケルの中央制御室にはもちろんドノティダンジョンに関する情報も多数保管されており、それをアトミルカに奪われていたら南雲修一ははじめの一歩で終わっていた。


 そう、おっぱい男爵の奮闘によってこの逆神六駆救出作戦は無事にスタートを切る事ができるのだ。


 なお、その事実は仕事をやってのけた川端一真監察官も知らない。

 何なら彼はジェニファーを上官にNTRされて、今も『新緑の眩しい緑モリモリグリーン』の中で下唇を噛み締めている。


「時間が惜しいな。これより私はドノティダンジョン攻略を開始します」

『えっ、南雲さん! 急に自分に敬語使うとか、もしかして死ぬんすか!?』



「普通に考えて私の言葉はスピーカーで流れてるでしょうが! 考えろよ、やーまーぁーねー!!」

『あ。ホントっすね。よく響いてるっすよ、南雲さんのツッコミ!!』



 南雲は何だか疲れた顔で、ドノティダンジョン第1層へと潜って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな南雲の1割だけ漏れ出していた煌気オーラに気付いた男がいた。


「ほお。修一が来ちょるのぉ。……だいたい事情は分かったわい」


 久坂剣友監察官。

 探索員の生き字引の彼は、肉体が衰えたかわりに感覚は加齢と歩幅を合わせながら年々鋭敏になっている。


 彼は「六駆の小僧を助けようっちゅう腹積もりじゃの?」と理解して、一計を案じる。

 久坂は南雲の実力を認めているが、ダンジョン攻略は不測の事態がつきもの。


 単身で行うのは難易度Bランク以下まで、と言うのが業界の不文律。


「仕方がないのぉ! ワシが一肌脱いじゃろう!!」


 久坂剣友はチーム莉子が応戦している姫島幽星に向かって走り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 姫島は高揚感に身を任せていた。


 相手が強ければ強いほど、それを斬った時の快楽は増す。

 そして、チーム莉子は姫島の快楽の獲物としての条件を満たしていた。


「遅い! 剣を使うとは言え、貴様はまだ未熟! 某の煌気オーラ刀に斬れぬものなしぃ!!」

「きゃっ! もぉぉ! 拗らせたおじさんってこんな人ばっかりだよぉ!!」



 拗らせたおっさんが未来の旦那なのに、その莉子さんから嫌がられる姫島幽星。



「みみみっ! 『幻想身ファントミオル二重ダブル』!! みみみぃっ!!」

「くだらぬ! 幻など、いくら斬っても某の飢えは納まらぬのよ!! 『黒魔眼くろまめ』!!」


 姫島は両目から煌気オーラ光線を放出し、広範囲に渡るレーザー攻撃によって芽衣の分身を一掃する。

 お前、使うスキルは剣技だけって言ったじゃないか。


「これでは煌気オーラの浪費ですわ! 莉子さん、大技を出す時ではありませんこと!?」

「みみっ! でも、敵さんに莉子さんの必殺技がバレてしまうです!!」


 ここで言う大技とは、もちろん『苺光閃いちごこうせん』である。


 確かに、かの苺色の悪夢を用いれば、目の前の姫島幽星は倒せるだろう。

 だが、芽衣の言うように一撃必殺の存在が露見すれば、巡り廻ってそれは莉子の身に危険が迫る事に他ならない。


 それを知っている老兵がきたる。


「莉子の嬢ちゃん! すまんかったのぉ! あっちは片が付いたけぇ! こっちゃあ任せぇ!」

「久坂さん!!」


 頼りになるじいちゃんが乙女たちのピンチに参上する。

 さらに、莉子に小声で久坂が囁く。


「修一がのぉ。どうやら六駆の小僧を助けるためにダンジョンに潜るみたいなんじゃ。莉子の嬢ちゃん、ちぃと行って助太刀しちゃってくれんか?」


 六駆を助けるために骨を折れと久坂は言う。

 そんな誘い文句を受けて、莉子さんがどうするのか。


「行きます! じゃあ、芽衣ちゃん、小鳩さん! ここはお願いね!!」


 即答である。


「待て待て! 1人じゃ危ないけぇ、芽衣の嬢ちゃんも連れてけ! 小鳩はすまんが、ワシと一緒に侍マンの相手じゃ」


「みみっ! 了解です!! みみみぃっ!!」

「よぉし、芽衣ちゃん! わたしの手に捕まって! やぁぁぁっ!! 『瞬動しゅんどう二重ダブル』!!」


 莉子が超スピードで戦線を離脱した。

 「みみぃぃぃぃぃぃぃぃ」と芽衣の鳴き声がドップラー効果で響いている。


「すまんのぉ、侍マン。ワシらの都合に合わせてくれるっちゃあ、お主もなかなか話が分かる男じゃのぉ!!」

「……某の勘違いでなければ、貴殿、久坂剣友か?」



「いや? ワシは南雲修一じゃが? クサカ? そんなヤツ知らん!」

「どうしてすぐにバレる嘘をスカレグラーナ訛りでつくんですの!? お師匠様!?」



 久坂は「だって、絶対面倒なパターンじゃろ、これ」と舌を出す。


 姫島は無言で刀を折り、左手で刃の部分を握りしめた。

 その手からは当然だが血が滴り落ちる。


「某は恨んではおらぬ……。久坂剣友。貴殿によって逮捕された過去など」

「……ワシ、お主と会った事があるんかいのぉ?」


「そ、某は……! そのような挑発に乗るような温い精神をしてはおらぬ……!!」

「お、お師匠様! 思い出してくださいまし!! 絶対にこの方、私怨がおありですわよ!!」


 久坂は「お、おお。ちぃと待ってくれぇ! ここまで出かかっちょるんじゃ!!」と眉間にしわを寄せた。

 そして、ファイナルアンサーを言い放つ。



「そうじゃ! 思い出したぞい! 下着泥棒の容疑で捕まえた、へそ島くんじゃろ!?」

「久坂ぁ、剣友ぅぅぅ!! ぶち殺すぞ、貴様ぁぁぁぁぁ!!!」



 姫島幽星、怒りのK点を超えたらしい。

 何なら怒りの最長不倒距離突破まである。


「貴殿は殺す! この場で!! 『血刀けっとう二本差しツインブレード』!!」


 姫島の刀をつたう血液が煌気オーラと交ざり、どす黒い煌気オーラ刀へと変貌を遂げた。


「お師匠様! ちゃんと思い出してくださいまし!!」

「そがいなこと言われてものぉ。一昨日の晩飯も何じゃったか思い出せんで? ワシ」


 55番が駆けつけて来て「一昨日はブリの照り焼きだった!!」と叫ぶ。

 「おっ! そうじゃったわい!!」と膝を打つ久坂を見る姫島の目は血走っていた。

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