第397話 久坂一門VS囚人・姫島幽星

 怒髪天を衝く。

 これまで愉悦の感情しか見せていなかった姫島幽星。


 その顔が怒りに染まる。

 両手からは絶えず出血が続いており、血の刀の強度は増すばかり。


「おお、そがいに腹ぁ立てんと。ちぃと話し合わんか? のぉ? 小鳩もそう思うじゃろ?」

「お師匠様、お言葉ですけれど。立腹していらっしゃる方に腹を立てるなと言うのは、むしろ火に油を注いでいる気がするのですわ」



「確かにそうかもしれん!!」

「貴様らぁぁぁぁ! 黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 師弟3人が揃って姫島幽星を挑発していく。

 スキルはメンタル勝負がこの世界の鉄則だと逆神六駆は言う。


 そこに照らし合わせてみると、姫島幽星はこれまでの自分を超える事に成功していた。

 煌気オーラの出力は監察官に匹敵するどころか、瞬間最大出力ならば雨宮順平上級監察官に並ぶとも思われ、久坂は「弱ったのぉ」とため息をつく。


「55の。雨宮の小僧は何しちょる?」

「雨宮順平はおっぱいの話をしている! その片手間で、川端一真とデカい緑の男を治療しているようだ!」


「……お排泄物。けれど、それではこちらの助っ人に来て頂く訳にはまいりませんわね。加賀美さんやクララさんたちもそろそろ迎撃が終わりそうですが。そのまま連戦をお願いするのは気が引けますわ」


 作戦会議を待ってくれるほど、ブチ切れた狂人の心にゆとりはない。

 姫島は血の刀を下から斬り上げる。


「ぬぅらぁ! 『血風刃けっぷうじん』!!」


 煌気オーラの含まれた姫島の血液が巨大な刃となって久坂に襲い掛かる。


「こりゃあいけん! 55の! お主は下がっちょれ!! 近距離の戦い方はまだ教えちょらんけぇのぉ! ここは小鳩とワシに任せぇ!」

「確かにそうかもしれん! 万が一の時にはこの身を差し出し私が盾になろう!!」


「気持ちだけでええで! ワシらは負けんけぇのぉ! 小鳩!!」

「はい! かしこまりましたわ、お師匠様!! 『銀華ぎんか』!!」


 小鳩の周りに銀の華が咲く。

 だが、今回はまだ続きがある。


「ひょっひょっひょ! まさか小鳩とこのスキルを使えるとはのぉ! 『梅花ばいか』!!」


 久坂の出した赤い梅の花。

 2つの衛星スキルが2人の周りを忙しなく飛び回る。


「ここはわたくしが! 六四枚咲き! 『サウザンド・シルバーレイ』!!」

「ほお! ちぃと見ん間にまぁた腕を上げたのぉ! 見事じゃわい!」


 姫島の真空波は小鳩の銀華で相殺される。

 だが、今の彼女の出せる銀華の限界値が64枚。


 つまり、全力のスキルで相殺したことになる。

 なお、姫島はまだまだ本気を出していない。


「く、久坂ぁぁぁぁ! 貴様ぁぁぁぁ!! 某の名を呼んでみろぉぉぉぉぉぉ!!」

「お、おお。ちぃと引くくらい怒っちょるのぉ」


「お師匠様! ここはあの方のお名前を呼んでくださいまし! そうすれば、怒気も落ち着いてスキルの威力が低下するかもしれませんわ!!」

「確かにそうかもしれん!!」


 30メートルほど後ろに下がりつつも、しっかり師匠と姉弟子の会話に交ざっていく55番。

 久坂は「ここまで、ここまで出かかっちょるんじゃあ……」とマジメな表情で悩む。


 幸運だった、と言うか姫島もちゃんと思い出して欲しかったのだろう。

 彼は刀を振らずに、久坂の答えを待つようだった。


 そして、久坂は「ほうじゃったわい!!」と手を打った。



「お主、あれじゃろ? 自転車のサドル盗んだ、へそ山くんじゃろ!!」

「く、く、くさ、久坂ぁぁぁぁぁぁ!! なにゆえ先ほどよりも遠くへ行くぅぅぅ!? 合っていた某のまで放棄するなぁぁぁぁ!! きっさまぁぁぁぁぁぁ!!!」



 姫島は更に左手に持つ刃を握りしめる。

 プシュッと血が噴き出て、さらに強靭な血の刀が構築された。


「ち、違ったかいのぉ? 自転車のサドル盗んで代わりにブロッコリー刺す連続犯じゃなかったんか」

「お師匠様! わたくしが間違っていましたわ! お師匠様もお年ですもの! 昔のことを思い出せなくても仕方がありませんわ!!」


「年寄り扱いせんでくれぇや。ワシ、小鳩の誕生日はちゃんと覚えちょるで?」

「確かにそうかもしれん! 久坂剣友は内緒で塚地小鳩の武器を作っている!!」


 久坂が「おおい、55の! そりゃあ秘密じゃうたのに!!」と叫ぶ。

 55番は「すまない! だが、私は嘘が苦手なのだ!!」と応じた。


 眼前には、全身から血を霧のように蒸かす姫島幽星。

 煽り運転もいい加減にしておかないと、とんでもない事になるかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「喰らえぇぇぇぇい! 血刀・二刀流!! 『血圧二百越えハイプレッシャー』!!」


 姫島の両方の刀から、圧縮された2発の真空波が放たれる。

 小鳩は再びガードしようとするが、久坂が止める。


「ちぃと待て! まだ続きがあるで、こりゃあ!」

「くっくくく! その通りだ、久坂ぁ!! 『血鬼けっき十文字じゅうもんじり』!!」


 先に放っておいた片方の真空波に追いついた姫島は、そこで真一文字に刀を振るう。

 そうして完成するのが十文字。


「こりゃあ強力じゃのぉ! 『梅花ばいか』! 鳳凰拳! 『肥料満載ひりょうまんさい梅満開うめまんかい』!!」

「かかかかっ! ただスキルを打ち消すだけでは死ぬぞ! 老いぼれぇ!!」


 姫島はそのまま久坂に斬りかかる。

 素手で対応するにも限界があると判断した歴戦の雄は小鳩に向かって叫ぶ。


「小鳩! 槍、貸してくれぇ!!」

「わ、分かりましたわ! どうぞ!!」


 小鳩の投げた『金槍・水鳥ヴァッサー・フォーゲル』を手に取った久坂は、クルクルと器用にそれを回して姫島の血刀を受け流す。


「ひょっひょ! 久しぶりじゃのぉ、槍使うっちゃあ!」

「苦し紛れに得物を手にしたところで!! 某の剣技を舐めるなぁぁ!!」


 覚えておいでだろうか。

 久坂剣友は武芸百般。


 今は拳を武器に鳳凰拳で戦っているが、久坂流剣術や久坂流槍術、久坂流棒術に久坂流爪術など、彼の生み出したスキルと流派は山のようにある。

 六駆は千を超えるスキルを使えるが、あれは超人枠。


 百を超えるスキルを使える久坂剣友も、充分に達人の域を超える手練れである。


「ワシの槍捌きも舐めんで欲しいのぉ! とぉりゃい! 奥義! 『獅子断裂刺突ライオネルダガー梅花添えプラムダンス』!!」

「は、早い!? ぐぁ、く、ぐぎぃぃぃ! この程度の傷で、某は膝をつかんぞ!!」


 久坂流槍術の奥義。

 それは流れるように両肘と両膝を突き崩し、行動不能に陥らせると言うもの。


 さらにそこに『梅花ばいか』が追撃としてやって来る。

 これには姫島も苦痛に顔を歪ませた。


 だが、それでも姫島幽星は刀を振るう。

 流れる血を全て凝固させ、一本の巨大な血刀を形成した。


「喰らえぃ! 『血霧一刀両断ちぎりいっとうりょうだん』!!」

「ほお! まだそがいな力が残っちょったか! 1対1なら負けちょったかものぉ。じゃが、弟子の手ぇ借りるっちゅうんも恥ずかしい事じゃないけぇのぉ!」


 小鳩が煌気オーラを振り絞る。


「お任せくださいまし! 六四枚咲き! 『サウザンド・シルバーブロック』!!」


 小鳩の展開する銀華でも、わずかに姫島渾身の一撃の威力が勝る。

 ならば。


 久坂剣友には愛弟子が2人いるのを忘れてはならない。


「僭越ながら、私も加わらせて頂く!! 『ローゼンクロイツ・鍋蓋なべぶた』!!」


 55番の花束スキル。

 それを応用して、薔薇の花束のドームを創り出した。


 無駄に煌気オーラを使うスキルだけに、防御に転用した際の強度は抜群。

 姫島幽星は力の全てを使い果たし、崩れ落ちる。


「……無念」


 だが、倒れた姫島の体がスッと消え去る。

 これは2番が姫島に仕込んでいた『従属玉スレイブ』の機能の1つ。


 宿主の生命の危機を察知した際、数キロ程度の近距離転移をする事で緊急避難を行うものであり、2番は姫島幽星にだけその機能をオンにしていた。


「おーおー。逃げられたわい。しかし疲れたのぉ。こりゃあ追いかける元気は湧いてこんで。のぉ、2人とも」


「そうですわね」

「確かにそうかもしれん!!」


 久坂一門、結束の勝利であった。

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