第1186話 【互いにバッドエンカウント・その4】ラッキー・サービスの赤い練乳

 凍った時の中で戦う、ラッキー・サービス氏。

 相対するは凍った時の中に不法侵入キメて、これからさらにナニかしようとしている静かなる兄者全肯定者グッドルッキングブラザー、チンクイント(チンクエ出動中)である。


 『サービス・タイム』の特性を限りなく確信に近いレベルで把握していたが、「確信に近い」と「確信」の間には埋め難い差がある。

 人は加齢とともに自分に対する信頼を勝ち取っていく生物。


 というのは、成功者が選べるゴールデンロード。


 人は加齢とともに自分に対する不信感を欲しくもねぇのに蓄積させていく生物。

 幼い頃には「大人になったらね! あのね!! 僕ね!! いっぱいやりたい事あるの!! できるかなァァ!! デキるよねェェ!?」と輝かしい未来を確信していたはずなのに。


 なぜ。

 どうして。

 いつの間に。

 こんな事に。



 一定の年齢を超えると確信するという行為自体が極めて難しくなる。



 あの時に確信した確信は確信じゃなくて過信だった。

 では、今この時、この瞬間の確信は果たして確信か。

 そもそも確信の判定を下す自分自身を手放しで信頼して良いものか。

 でもまあ本当に今回は確信に近いものがあるし、こんなに確信に近い、数値化したら1ミリくらいまで確信に肉薄しているし、もうよっぽどの事がない限りは大丈夫だから、確信しよう。


 それを繰り返して、人は確信と不仲になっていく。


 そこでチンクイントの中のチンクエ。

 彼は確信を妄信する事で確信たらしめて来た男。


 クイントあにじゃは客観的に見れば不足しているものの方が圧倒的に多い男だが、チンクエは「……良い」と妄信する。

 いつしか「兄者がナニしてても結局は良い……」と確信に至る。

 彼が11歳の出来事。



 あまりにも速い確信への到達。

 誰だって見逃しちゃうレベル。



 以降、チンクエは自身の判断全てに確信をもって正しいという基準で行動を決定している。

 その結果、求めていたものと違ったとて、それはそれで良い。

 こうなれると人は強い。


 即断即決ができる上に、行動に対する後悔が生まれないので他人が「おめぇ、それは大失敗やぞ」と揶揄しようと「……良い」と次の判断も迷わない。

 チンクエは『サービス・タイム』の弱点を見つけて、すぐに「これは良い……」と決めつけた。


 検証作業は実行と同時にやる。

 早いし手間も少なくて良い。


「ふん。まずは褒めてやろう。だが、この空間に入ったからと言ってお前が強くなるわけではない」

「……良い。……『兄者伸身金太郎飴棒クイント・ロングアタック』!!」


 クイントの顔をした爆弾が先端に取り付けられた棒を構築したチンクイント(チンクエ操縦中)が、凍った時の中から見た停止している外の世界。

 隔絶された、動いていない芽衣ちゃんに向けて素早く伸ばした。


「チュッチュチュッ……チュッ!! ————チュッ!?」


 サービスさんが凍った時の世界で練乳を吸いながら「ふん。どう料理してやるか」と高みの見物を始めようとしていたところ、理外の行動を取られ慌てて練乳チューブを投げ捨てる。


 これは大変な事態である。

 サービスさんが練乳を捨てたのだ。


「ろゅぬゃ!!」


 咄嗟の時にも何て言ってんのか分からねぇ声を発するサービスさん。

 身体強化で高速移動を果たし、芽衣ちゃんの前へと駆けつけるとそのまま兄者顔付き棒で腹部を貫かれる。


 『サービス・タイム』は時間を停止させる無敵のスキル。

 だが、効果範囲内のものは敵味方問わず停止する。


 氏はバルリテロリに現着した際、ダズモンガーくんに言っていた。

 「群れて戦うのは苦手」であると。


 『サービス・タイム』は孤高の戦士だったサービスさんが使うからこその無敵。

 守るべき者が存在していまえば、むしろその数だけ隙ができる。

 敵にこの空間への侵入を許した時点で純金製の最強は金メッキへ。


 致命的な欠陥が、仲間を得た事で生まれる。


「……ふん。お前。そのやり方を。俺は好かん。高みに立つ者のやり方ではな……い……。ごふっ」

「それが良い……。私が立つのは兄者の傍のみ。……ねえ! オレ喋ったら変な空気になりそうだからずっと黙ってるけど! これいつまで続くん!? ……そら見ろ。……これが良い」


 気付けばサービスさんの歪めた口からは鮮血が流れ落ちていた。

 時間が正常に流れ始めている証明でもあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「み゛っ!!」

「ふん。芽衣ちゃま。気にするな。これは赤い練乳だ。チュッチュ。まっず。……いや。チュッチュチュッチュペロペロチュッチュ」


 芽衣ちゃんをはじめ、ダズモンガーくんと莉子ちゃんの3名からすれば、いきなりサービスさんが近くにいる状態で『サービス・タイム』が解除されたのでちょっと不快であり、さらに白髪で練乳装備という白ばっかり目立つ男から赤い血が流れている状況を急に見せられるとぎょっとする。


「……良い。ねえ、なにが!? なにがどうなって良いのか教えてくれよ!! ……それが良い」


 チンクイント(クイント置き去り)が不敵に笑う。

 だがサービスさんも六駆くんと互角に戦った男。

 スキルを破られる事など想定していないが、想定外の事態に対する備えはある。


「ふん。『小剣ナイフ』!!」


 煌気オーラで創ったナイフを投げつけチンクイントを牽制する。

 これで事態が好転するとは氏も考えておらず、文字通りの牽制球ならぬ牽制ナイフ。


 こちらに近づけさせる事だけを避けるための行動。

 サービスさんの後ろには、守るべき芽衣ちゃまとやや守ってやっても良いトラ、お前はさっさと援護しろ殺すぞな莉子ちゃんがいる。


 彼らも事態を把握できる実力者だと氏は認めているものの、そこに至る時間が喩え秒に満たない刹那だとしても、その隙を突かれれば命取りになりかねない。

 ゆえの牽制。



 なんか急に心を手に入れた孤高の戦士みたいになったラッキー・サービス氏。

 あなた、もしかして死ぬのか。



「み゛ー!! 『分体身ファンタミオル三重トリプル』です! みみみみみみみみみみみみみみっ!!」


 芽衣ちゃまが1000体に増えた。


「ふん。芽衣ちゃま。時には大人に全てを託せと俺は言ったはずだ」

「みみみみみみみっ。芽衣、子供だから大人の言うことを聞かないです! みっ!!」


 瞬時に援護体勢へと移行したのはやはり芽衣ちゃま。

 本来は支援タイプの彼女、後方司令官を経て戦局を見通す能力はさらに向上。


「……これはどうでも良い。幻など兄者の手にかかれば一瞬で消える。え゛。あれ!? オレの出番なん!? よっしゃ! なんか知らんが任せとけ!! おらっしゃぁぁぁい!! 『乳房を掴む黄金の掌バストーハンドバスター』!!」


 芽衣ちゃんの幻が金色に輝くきたねぇ掌でどんどん消し飛ばされていく。


「ふ……ん……。ぐっ……。悪く……ない……」


 ついでにその掌がサービスさんの腹部を貫いた。

 数分の仕合で氏のお腹の風通しがむちゃくちゃ良くなる。


「みみみみっ!?」

「ふん。気にするな……。芽衣ちゃま……。思わず芽衣ちゃまでいっぱいになった部屋を見て。桃源郷かと勘違いした。それだけだ」


 芽衣ちゃんの『分体身ファンタミオル』の影響をただ1人で喰らっていたらしく、隙だらけになった挙句の腹部貫通だったと証言して「芽衣ちゃま、落ち着け」と纏めたサービスさん。



 そんな事言われたらもう援護の仕様がなくなる。

 「み゛。芽衣が何してもマイナスです」と分からない芽衣ちゃんではない。



 見た目上はチンクイントに対してサービスさんと芽衣ちゃんの単騎対2人なのだが、むしろ形勢が悪くなる。

 本当に群れるのが得意じゃなかったラッキー・サービス氏。


 コミュニケーション能力が一朝一夕で身に付いたら、人生の難易度なんか2段階は下がるのである。

 人生というゲームはアプデが入っても環境が良くなることなんか本当に少ないということは広く知られている。


 コミュニケーション能力は実装されずに仲間想いという新特性が増えたサービスさんが一気に最強格の座から転がり落ちた。

 だが、「だったらアリナさん連れてくれば良かったじゃないか」といえば、そうとも言い切れない。


 もっと最悪の事態になっていた可能性が高かったりする。


「ふぇぇぇ。ダズモンガーしゃん……。わたし、わたし……!!」

「莉子殿!! 何か妙案がございまするか!!」


「ふぇぇぇぇ。服さえあれば……! 服さえあれば、わたし! あんな人、やっつけられるのに!!」

「莉子殿? 先ほどは服がなくともアレより強そうな御仁を切り裂いておられましたぞ?」


「……もぉ無理です」

「では、吾輩が特攻いたしまする!!」


 特大爆弾を背負っているのに、起爆してくれない。

 そんなものを持って特攻しても意味はない。


 万事休すなのか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、別の異世界では。


「雨宮一般おじさん」

「あららららー。福田くん、福田くん。私さー。確かにもっと別の呼び方にしてよーって言ったけどさー。それもう、どっちかっていうと悪口だよねー」


「では、雨宮外部顧問」

「もう何でもいいやー。福田くん、イケそうな感じー?」


「はい。確信をもって立案された作戦にお応えする用意があると、福田弘道Sランク探索員。断言しましょう」

「あららー。頼もしいゾ!! エヴァちゃん! 準備しといたヤツ持って来てー!!」


 ピュグリバーでは何やら作戦が行われようとしていた。

 この世界の住人に千里眼的な能力を持っている者はいない。


 だが、一方で味方のピンチとなれば、他方では味方の援護が整う。

 この世界はそういう感じにできている。


 勝手に退役した雨宮順平元上級監察官。

 ちょっと申し訳なくてアレがナニするので、国王としての初仕事は日本本部から送り出したバルリテロリ強襲部隊への支援。


 それも、ズバピタのヤツである。


 この戦争は分刻みを超えて秒刻みで進行し始めた事を諸君にはご理解頂きたい。

 つまり、ほんのちょっと前に何かあったのだ。

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