第1187話 【ピュグリバーより愛をこめて・その1】親戚がみかん送ってくれる感覚で国宝の超装備を転送させる、そんな旦那の母方の田舎

 ほんのちょっと前の逆神アナスタシア母ちゃん。

 魔王城の自室に戻り編み物しながらYouTubeを見ていたところ、脳内に声が響く。


『アナちゃん! 今何しよるかねぇ?』

「あらあらー。お母さん。大吾さんのセーターを編んでいましたー」



『そねぇなことを……』


 親族の脳内にテレパシー飛ばして来るみつ子ばあちゃんを絶句させる、アナスタシア母ちゃんの偏愛。



 インドア派なアナスタシア母ちゃん。

 呉でも公民館を超空間に仕上げながら自分はみつ子ばあちゃんの家で笑っていいとも見ながら編み物していた、退屈を楽しめる乙女。


 大吾と一緒とかいう人生を選んだ時点で、退屈と非日常の両方を楽しめないとこの世から消滅しそう。

 主にストレス過多で。


『暇なんじゃねぇ。良かった。莉子ちゃんがねぇ。ちぃとピンチなんよ。ちぃと致命傷じゃねぇ』

「あらあらあらー。それはいけませんねー。致命傷はあまり重なると辛いですものー」


 致命傷が重なってやっと「辛い」になるのが逆神家の常識。

 この一族と他の人たち、そこに生ずる致命的な常識の乖離を楽しめないとこの世界ではやってけいない。


『そねぇよ。やっぱりねぇ。孫のお嫁さんが辛い思いしよるのを知っちょるのに放置っちゅうのはねぇ? あたしら平和を愛する呉の人間としちゃ、見過ごせんもんねぇ』

「あらあらー。そうですねー。見過ごせませんねー」


『それでねぇ。アナちゃんのご実家に連絡してくれんかねぇ? あそこのハイカラな服じゃったら、莉子ちゃんも笑顔になれると思ういね。あたしゃ。やっぱり女の子は可愛い服着りゃ気分も上がるけぇねぇ』

「あらあらー。分かりましたー。ちょっと聞いてみますねー」


 のんびりとしたトーンで義母と娘の連絡が終わる。

 今度は元女王としての連絡が始まった。


「こちらは私ですー」


 アナスタシア母ちゃんも当然使える。

 呉に20年住めば生まれる異能『鮮血直感ブラッドセンシズ』を。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ほんのちょっと前のピュグリバー。

 バーバラおばあ様が「ゔゔ……!!」と頭を押さえてうずくまった。



 御老体をわざわざチョイスする辺り、さすがは逆神家の嫁である。



「あらららら! これはいけないねー! エヴァちゃん!! おばあ様を寝かせてあげて! 血圧かな? 脳関係かな? 寒い現世から急いでピュグリバーに戻りましたもんねー。福田くん、ちょっと血圧診てくれる? 私、脳細胞とか脳血管とか再生させる準備するからー」

「承りました」


 テレパシーが急に着信しただけなのだが、バーバラおばあ様が急病人として手厚く介抱される事となる。

 当然の措置であり、雨宮さんはちゃらんぽらんだが常識人。

 脈を取りながら「あららー。……遅いねー。これ逆に心配になるヤツだねー」と再生スキルのために煌気オーラを高めていた。


 カッと目を見開いたバーバラおばあ様が「この声はアナスタシア様!!」と応じる。



「エヴァちゃん? ピュグリバーの人にもこう、何と言うか、ちょっと記憶の混濁とかが起きるアレって来るのかな? おじさん、頑張って介護するからねー。再生スキル上手いこと使ったら、きっと根治も望めるも思うんだよねー」

「ピュグリバーではそうなった場合、速やかに炎で消毒するのが習わしです!! 火葬あらぎょうと呼ばれています!! 6割くらい元に戻ります!」


 大昔の因習みたいなことが行われていたピュグリバー。

 愛と平和が売りの異世界です。



「ええ! バーバラでございます!! はい、お陰様で! この通り、健康でございます!! アナスタシア様もお元気で! そうでございますか!! では、近いうちにピュグリバーへ!! 国を挙げてお待ち申し上げております!! はい!! なんと危急の報せが!! なんとなんと!! かしこまりました!! このバーバラ! 命をかけて御言葉を皆に伝えます!! お漬け物を!? これはありがとうございます! ええ、ええ! 頂きますとも! 私、濃い味付けは大好きでございます! はい、失礼いたします!!」


 雨宮さんがエヴァちゃんの肩を優しく抱き寄せて「その火葬ってどうするのかな?」と聞いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 数分後。

 大変失礼な誤解が解消された、直近のピュグリバー。


「あらららー! やっぱりバーバラおばあ様はまだまだお元気ですねー! いやー! 私、エヴァちゃんがいなかったらデートに誘っちゃってますもん! あらららー!!」

「…………………………ご配慮は結構でございます」


 おばあ様が拗ねておられた。

 それでもちゃんと危急の報せは全土で共有済みな、苛立ちと仕事はきっちり分ける摂政おばあ様。


「ピュグリバーの国宝があるんだねー?」

「はい! 使用者の煌気オーラを吸い取る事で高い防御力と耐久性を誇る、ドレスです!!」


「あららー。なんだか危険なワードが聞こえたゾっと。確かにこの国の特徴を考えると、ピュグリバーでは効果的な装備だけどねー。それ、長期戦してるバルリテロリの子たちには向かないよねー」

「…………………………国王様。装備をお求めになられているのはアナスタシア様の御子の妃であらせられるそうです。……………………もう喋りません」


 雨宮さんと福田さんの視線が交差して、思考はとっくにドッキング。

 「あ。莉子ちゃんだねー」と瞬時に把握してしまう、今では逆神家の遠縁の親戚になった雨宮・ピュグリバー・順平国王おじさん。


 元からピュグリバーにおいて「強力な武器でも本部から持って来て送ってあげよう作戦」は予定されており、そのために福田さんは随行していた。

 雨宮さんのはっちゃけ阻止という大きな任務を帯びているものの、彼がこなす役割はもう1つあり、そちらがメイン。


「どうかな? 福田くん? そろそろ煌気オーラの感じ盛り上がってきたー?」

「雨宮一般のおじさん。表現は適切に願います。私ごときの転送スキルでも充分に次元を超える事は可能な水域まで煌気オーラは向上しております。この異世界の特性には私も驚いております」


「またまたー。全然驚いてる顔してないゾ!!」

「小坂Aランクがバルリテロリを滅ぼした場合、責任はあなたにあると判断しますが。理由はお聞きになられますか?」


「やだー。私が部隊を決めたって言うんでしょー。もー。やだー。福田くんってば、しつこーい」

「この向上した煌気オーラ。試し撃ちの的としては絶好ですね。雨宮一般おじさん」


 雨宮さんの権威が失墜したため、福田さんの方が偉くなっている現状。

 それでも当地の国王には礼をもって接する辺り、やはり日本本部の仕事人は彼以外いない。


 寡黙な仕事人の異名を持つおっぱい男爵は日本国籍を捨てたので、堂々と仕事人を名乗って欲しい。


 お忘れの方しかおられないと思うが、この福田弘道Sランク、転送スキルが使える。

 アトミルカ殲滅作戦のもっと前、軍事拠点デスター攻略に際して団体戦の演習をしていた時分まで遡るが、確かに転移に属するを使っていた。


 物体と物体を入れ替えるスキルである。


 そんな使い手をピュグリバーの環境、いわば「廉価版アナスタシアゾーン」に連れて来てしばらく過ごさせていたらばどうなるか。

 当然、仕上がる。


 バルリテロリ皇帝の数百倍のスピードで仕上がった。

 もう「よーいドン」と言われたら「承りました」と発現できる用意は整っている。


「それで、その超装備は持って来てくれたのかしら? 近衛兵のお姉さん!」

「順平様!! 私に聞いてください!!」


「あららー。ヤキモチ焼きなエヴァちゃんも可愛いねー。じゃあエヴァちゃん? 持って来てくれたのかな?」

「えへへへ! 分かりません!!」


 少しずつ漂う、確かに存在する逆神家の気配。

 やっぱりここは六駆くん母方の故郷である。


 結局ずっと控えていた近衛兵のお姉さんが「こちらなのですが……。よろしいですか? この空気でお渡ししても?」と遠慮がちに超装備を持って来る。


 見た目はカジュアルなドレスであり、戦闘を想定して作られたゆえにスカート丈は短い。


「あららー。結構露出が多いタイプのヤツだよ、これー。どう思う? 福田くんは」

「雨宮一般おじさん。私に少しでも責任転嫁をしようと試みられるのは無意味です。装備を送る作戦は立案時点で私も関わっていましたが、既に内容が変わりました。これは、親戚が親戚に当地の特産品を贈るという形容が最もふさわしい作戦。御親戚であらせられる雨宮一般おじさんが国王であらせられる以上、全責任は国事を執り行うあなたに帰結するでしょう」



「理屈っぽい男子はモテないゾ!!」

「無意味な会話は省きます。小坂Aランクが非常にまずいから服を送るようにと申し付けられた旨から察するに……。スカート丈など意に介さないほど、あられもない姿で戦闘しているのではないかと私は愚考します」


 ほぼ正解を導き出す、日本本部のコンピューター探索員。

 ちょっとだけ惜しいのは莉子ちゃんの戦っている相手が自身の羞恥心だという事だけ。



 そうと決まれば善は急げ。

 全然善じゃない、最凶を凶に緩和する措置なのだが、とにかく急げ。


「あ。……あららー。エヴァちゃん? この超装備」

「ピュアドレスです!!」


「名前がまた……。着るの莉子ちゃんだよねー。あららー。うん。まあいいやー。ピュアドレス。これってもう少し小さいサイズないのかなー?」

「莉子様の身長ですと、こちらがぴったりだと思います!」


「違うんだよー。そのー。おじさんもね、とっても焦がれてたの。おっぱいに。今でも大好きよ? けどね、莉子ちゃんは……。これ送るのはまずいね! 福田くん、ちょっと待って! 誰かー!! もう少し小さいサイズの在庫あったら持って来てくれますー?」


 ユニクロでジーパン買うみたいな流れになって来たが、このピュアドレスが戦局打開の一手になり得るのは確実。


 何がまずいのかはよく分からない。

 郷土料理かな。

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