第1154話 【肌着ではなく服をください・その4】怒られ莉子ちゃんが覚える『リッコリコンバット』 ~おばあちゃんから心の通信が届きました~

 逆神クイント太郎を蹴散らした、いやさ殴り散らしたバニング・ミンガイル氏。

 氏も手応え的に「……やってない」と悟っており、ならば残った六宇も一緒に蹴散らして、一気呵成で敵を2人同時に落とすのが上策。


 バルリテロリサイドは地の利があるため、現世チームの人員を把握できている。

 本土決戦からの流れで大本営まで陥落しそうなのを地の利と呼んで良いのかどうかはちょっと分からない。


 一方で現世チームはイケイケ押せ押せヤっちまえなムードではあるものの、敵が何人いるのか、どの程度の猛者が残っているのか、それらが不明。

 情報収集班の南雲隊がその辺を今調べているはずなので、判明するまでは「1人猛者がいれば100人いると思え」という、黒光りする油虫と同じ想定で立ち向かうのが良い。


 戦場では一瞬の油断が命取り。

 少しの慢心が逆転負けのフラグとなり得る。


「ふぇぇぇ……。すみません……」


 そして莉子ちゃん。

 バニングさんがクイントをどうにかしている間に六宇をヤっちまう作戦だったのだが、一瞬の油断と結構な慢心をした結果、攻め込む前にネクターを飲んでいたところ、温厚な老兵に「クソが!!!!!」と怒られてビクッとなっていた。


 だが、ここで莉子ちゃん弁護団が動く。

 彼女もヤる気はあったし、今も満々である。

 なにせ、服が欲しい。


 キャミソール(肌着)なのだ。

 短パン(肌着)なのだ。


 装備が正気の沙汰ではない事を莉子ちゃん自身がきっちり把握できていると言えば深刻さは伝わるだろうか。

 よく見る悪夢ランキングの上位に君臨し続ける「気付いたら知ってる場所で何故か自分だけ裸」のほんの少し廉価版下着バージョンがリアルで起きたら、それはもう敵から制服を奪取すること厭わないのだ。


 同じ女子高生として多少の躊躇はあるものの、六宇は敵。

 探索員憲章によって作戦行動の記録は報告書に詳細な記載をしなければならず、魔王城にいる白ビキニの仁香さんが先に絶望しているが、敵国の大本営に肌着で突入している莉子ちゃんも隊長としてそれを報告しなければならない。


 営業で言えば、大きな契約を纏めるためにクライアントの本社へ赴いた際の恰好がトランクスとランニングにネクタイ締めて靴下穿いてるくらいの状態。



 良くて懲戒処分。

 何なら逮捕まである。



「ふぇぇ……。だって!! バニングさん!!」

「ふっ。私もつい感情的になってしまった。すまん。莉子にも大恩あればこそ、怒鳴るなど言語道断。許してくれ。……どうした?」


「あの! あのですね!! わたし、攻撃スキルが!!」

「豊富にあるだろう。私からすればもういっそ羨ましいほどに。敵の彼女もスキルは強力だが未熟。莉子の『太刀風たちかぜ』で充分対応できる。なにか問題があるのか?」


「ダメなんです!! わたしの攻撃スキル!! 全部! 切るか裂くか! 焼却するかなんですよぉ!!」

「ふっ。これが噂に聞く、マウントを取るというヤツか。存外キクな。私は今、そのどれもいくら願おうと叶わんが?」


「ち、違うんです! ……コクコク。あのですね! わたし! あの子の服が欲しいので!!」

「……首級の代わりに敵の服を剥ぎ取るのか? 試合が終わった後のサッカー選手ではないんだぞ?」


「もぉぉぉ! バニングさん、見た目は若いけどおじいちゃんだから分かんないんだ!! とにかく、服が欲しいんですよぉ!! それで! 『瞬動しゅんどう』で距離を詰めてから近接戦にしよー! って思って……コクコク。グビッ。ゴクゴクゴク……」

「よく分からんが、じじいと呼んでくれるな。莉子は手刀で衝撃を繰り出すスキルもあっただろう。それでイケ」


 莉子ちゃんが「もぉぉぉ!」と察しの悪いアトミルカの雄に物申す。

 ぷりぷり怒る女子というものは可愛いと世界に広く知らしめるのだ。


「なんか、あれなんです! さっきから『瞬動しゅんどう』も『閃動せんどう』も上手くコントロールできなくて!! 服が心許ないから、そにょ……チラッてなるのが怖いなって思うとメンタルが……。コクコク。速く動けないんですぅ……ぐびぐび……」


 バニングさんがとても優しい瞳になってから、まだまだ未熟な乙女を見つめた。

 続けて老兵らしく指導を試みる。



「まずはァ!! そのネクター! 飲むのをヤメんかぁ!! バカが!!!!」

「ぴっ!? ふぇぇ……。そにょ、何もしてない時間がもったいないかなって……」


 サービスさんはバニングさんに練乳を1本分けてあげて。

 血糖値を急激に上げるとなんやかんやで急降下して、最後は眠くなるから。



 実際問題、仮に莉子ちゃんが素早く動けた想定だったとしても、である。

 いやさ、けれども。


 動いていつでも動けるが。


 六宇は現状、身体強化と体術が戦型の乙女。

 距離を詰めたら絶対に逃げられる。

 ならばいつもの遠距離からの超弩級砲による滅却がセオリーだが、相手は同じ女子高生。


 そこを差し引いて仮に名も知らぬ女子高生くらい滅却していいやとなっても、莉子ちゃんの目的の制服()が消えると、この戦争からアタッカーが離脱する。

 もはやバルリテロリサイドに「あの児童。女児? ヤバくね?」とバレているのは確定なので、そのヤバい女児が抜けた瞬間にこれ幸いとまた攻めるのは軍略の基本。


 そんな中、ターゲットにされている六宇は。


「ちょ! ねー! クイントぉ!! あんた、死んでないよね!? あたしを守ってくれたからさ! キモさよりも申し訳ない気持ちが勝ってるんだけど!! しっかりしてよ!! 逃げよって! 起きろってば!! ……言っとくけど、ナニも見せないかんね!?」


 人命救助中であった。

 戦場に出るのはこれが初めての六宇ちゃん。


 戦局の見方など分からないし、正しい行動のいろはも学んでいない。

 ただ、自分のためになんかキモい声をあげてすっ飛んで行ったクイントを助けるという清らかな心。

 戦士としては赤点だが人として、乙女としては満点に近い動きを見せている。


 この世界では「ちゃん」などの敬称が付き始めると地位も向上するケースが散見される。


「目ぇ覚ませー!! 1度逃げよってば!! キサンタも見てるだろうし! 多分助けに来てくれるから!! あたしたち結構がんばったじゃん!!」


 非凡な才能に恵まれている六宇ちゃんだが、初陣でマルチタスクを求めるのは酷というもの。

 莉子ちゃんにお尻を向けて、クイントの体を揺することに夢中。


 好機であった。


 諸君。念のために確認して欲しい事はひとつ。

 莉子ちゃんがメインヒロインです。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『やっちょるねぇ! 莉子ちゃん!』


 そんな折、悩める乙女の心に声が響いた。

 誰だろなと考えるまでもなく、みつ子ばあちゃんである。


「ふぇ!? おばあちゃん……!!」

『そねぇよ! おばあちゃんじゃあね!! 莉子ちゃんのピンチをねぇ。あたしゃ感じ取ったんよ。もう孫の嫁になるからかねぇ。義祖母じゃもんねぇ、あたしゃ!!』


「えへへへへへへへへへへへへへへへ! もぉぉぉぉ! えへへへへへへへへ!!」


 バニングさんにみつ子ばあちゃんの声は聞こえないが、急に笑い始めた莉子ちゃんを見て「ふっ。幼い娘を叱り過ぎた……。よもや、心を……?」とものっすごく心配になったのでもう何も言わない。


『察するに、あれじゃね? 敵の服を奪おうっちゅうスンポーじゃね?』


 ピンポイントで察し過ぎなみつ子ばあちゃんだが、これは独立国家・呉で20年以上暮らすとだいたい身に付く『鮮血直感ブラッドセンシズ』によるもの。

 この力に目覚めると、少し離れた距離の身内とテレパシーできたりする。


 少しというのはだいたい半径300キロくらいである。


「そうなの! どうしよ……。わたし、今なら多分『苺豪拳いちごごうけん』とか使えると思うんだけど……。服が……!!」

『そねぇな事じゃろうと思うちょったいね!! あたしゃね、まだ『肉弾餓狼砲撃戦フェスティボー』やりよるけぇそっちにゃ行けんのじゃけどね! 莉子ちゃんにも六駆の嫁になるんじゃったら、これ教えちょかんといけんから!』


 莉子ちゃんの脳内にみつ子ばあちゃんの記憶が流れ込む。

 鮮血直感ブラッドセンシズによるものなので、スキルではなく煌気オーラも使用していない。


 なんやそれと申されることなかれ。

 人は手をバタバタさせても飛べないが、鳥は翼を羽ばたかせることで飛べる。

 代わりに鳥はスマホを使えないが、人はすっすっとスワイプして色々できる。


 じゃあ、呉の人が気合入れたらなんかデキるのも不思議ではないのではないのだろうか違うのだろうかダメなのだろうか。


「これ……!! 足の裏から煌気オーラを出すの?」

『そねぇするしかないけぇねぇ! あたしゃ魔王城でようけ見ちょったもん! 莉子ちゃんが六駆をリコリコしよるとこ! あの感覚で行きぃさん! 莉子ちゃんはもう基礎を覚えちょるよ! 『みつ子コンバット』のね!!』


「ぇ。……六駆くんは特別だから。わたし、知らない人にあんなことできない!!」

『莉子ちゃん。ええかね? よう聞きぃさん。旦那を守るためにゃ、力が必要なんよ。考えてもみぃさんよ。うちのお父さんがイケメンなのに、なんであたしにずっとフォーリンラブじゃと思うんかね?』


「……おばあちゃんがステキだから?」

『20割正解じゃね! あとはねぇ! 泥棒猫を退治するための! ちぃとだけパワーが隠し味! 誰が前におるんか分からんけど、その子、六駆の事が好きになるかもしれんよ?』


 莉子ちゃんの両足から煌気オーラがこれしかないという繊細な調整で噴出した。



「わたし! ヤってみるっ!! リッコリコンバット!!」


 今回はみつ子ばあちゃんが扇動したのでヤキモチシミュレーション莉子ちゃんは悪くない判定とします。



 莉子ちゃんが素早い動きを思い出した。

 こちらの乙女、高速移動スキルだけでも既に『瞬動しゅんどう』『閃動せんどう』『苺光閃いちごこうせんジェット』『リコバイク』に加えて5個目の習得。


 なお、この習得は「いつでも使えるようになる」という意味で使われてはいない。


 六宇ちゃんに迫る莉子ちゃん。

 どっちを応援すれば良いかなんて決まっているのだ。

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