第1155話 【肌着ではなく服をください・その5】逆神喜三太陛下(17)、一瞬だけ現る ~なんか怖いのですぐ帰る~

 クイントを揺すっている六宇ちゃん。

 背中がゾクッとしたので振り返ってみると、そこには。


「優しくするので! ちょっと服をください!!」

「ぎゃー!! なに!? えっ、なんで!? 穏やかそうだった子が怖い!!」



「あと!! 六駆くんはわたしの旦那様になる人なので!! ちょっかい出すのはヤメてください!!」

「…………………………誰、それ!? あたし、何が原因で襲われてんの!?」


 愛、でしょうか。

 それとばあちゃんの入れ知恵を一つまみ。



 新スキル、ではなく、新愛の御業『リッコリコンバット』によって、乙女が戦場を舞う。

 肌着で舞う。


「ふ、服ね!? おっけ! クイントのヤツでいい!?」

「ふぇ!? クイントちゃん!? どんな子ですか!?」


「え゛。ここに転がってるおっさんだけど」

「たぁぁぁぁぁ!! 『ばち』!!」


 みつ子コンバットの基本的な動きはみつ子ばあちゃんテレパシーでインストールされている莉子ちゃん、華麗に空を裂く裏拳を繰り出した。


「ぴゃぁぁぁぁぁ!! ……やばい。死んだかも。あたし」

「わたしたち、きっと分かり合えると思うんです!!」


 「お前を傷つけたくない!! 銃を置けぇぇぇぇ!!」と叫んでから、銃を置いて両手を頭の後ろに組んだのを確認してなお発砲するのがアメリカの治安を守るジャック・バウアー捜査官。

 莉子ちゃんは現世を守る探索員。


 ちょっと似ている。


「やるしかないじゃん!! てぇい! 『六宇蹴りムーキック』!!」

「……ぷぇっ」


 熟練の技術をインストールした結果、身体が未熟なので脳が出したオファーに反射神経がついて来ない。

 結果、ガンガン攻めまくっていた莉子ちゃんが『六宇蹴りムーキック』を被弾する。


 とはいえ、かすっただけである。


「あ゛。……ごめんね」

「ほえ? 全然平気ですよ? あ! いい人だ、この子!! じゃあ、あの! 一旦、どっちも攻撃はヤメるって事にしてですね! …………………………?」


 六宇の視線が何故か自分の肩から動かない事に首を傾げた莉子ちゃん。

 首を傾げたら、紐っぽいなにかがプラプラしている事に気付く。


 キャミソールの肩紐(左側)であった。



「……………………………………………………ふぁっ」

「ごめんって! 違う、違うから! だって、あんたが攻撃して来たから! 正当防衛って言うか!! 謝ったし!! あー! 制服ね! あげる! あげるからちょっと待って!!」


 でぇじょうぶだ。

 まだちゃんとキャミソールはくっ付いている。


 何かのサイズが小さいおかげで、フィット感が頑張っていた。



「ガルルルルルルルルルルルルル……!!」

「待って、ねー!? 今、ほら! 脱いでる! 脱いでるよ!! うちの高校、セーラー服だから! ちょっと時間かかるの! ……やば。指震えてファスナー摘まめない」


 戦場が凄惨な現場へと姿を変えようとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 奥座敷で玉座に腰かけていた喜三太陛下が立ち上がられる。


「陛下?」

「これはあかん」


 莉子ちゃんを見て「ええ……。なにあの子。こっわ。でもテレホマン、データ欲しいやんな?」と、大本営まで攻め込まれたので勝つためのプロセスを踏んでいた陛下だったが、クイントがすっ飛ばされるまでは想定内。

 しかし「女の子どうしやもん。仲良くするやろ!!」という謎の安心感から危機管理能力が欠如された結果、可愛い方のひ孫が命の危機に瀕した。


「それで! テレホマン! なんなんや! あの子!!」

「はっ! 皆目見当つきません!! この無能をどうぞ処してくださいませ!!」


「そんなんする訳ないやろ!! ワシも全然分からん!! よっしゃ! 行って来る!!」

「は? ……はっ。恐れながら、陛下」


「分かっとる! 戦わん! ……下手したら殺されるかもしれんやん? いや、仕上がっとるから多分恐らく、絶対とは言い切れんけど大丈夫やろというアレはある。あるけども。……気持ち的に殺されるかもしれんやん? あの子、目がマジやん?」

「はっ。ご指摘いちいち御尤も! あの女型の女児は目がマジでございます!!」


 女型とか言われ始めた莉子ちゃん。

 テレホマンともあろう男が頭痛が痛い感じの表現を用いる。


 女児ではなく女子です。


「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 『急に来る上司サプライズ・アピアーズ』!!」


 奥座敷から喜三太陛下が転移して行かれた。

 残った3人がそれぞれ私見を述べる。


「……私とチンクエ様も転移スキルは使えたのですが。いや。違いますな。このテレホマン、思い違いをしておりました。陛下が御身で向かわれなければ対処できぬと御判断された由にございました」



「はい。テレホマン様。それは違います。仮に陛下がご出立されなければならない事態であれば、なおのことテレホマン様かチンクエ様が向かわれるべきでしょう。皇帝陛下が害された場合、もう次の再転生を待つことなく私たちは負けますので」

「……良い。……特に捕捉する情報もなくて良い」



 ひ孫が可愛いから飛び出した。

 ただ、それだけである。


 テレホマンが「自爆装置でも電脳ラボに造らせます」と玉砕も想定し始めた事を陛下はご存じない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 莉子ちゃんが久方ぶりにガルルルルル化している最寄りの大人はバニングさん。

 もう充分すぎるほど償いはしたはずなのに、被害を喰らう時はだいたい最前列。


「……なんだ!? なにかが来るぞ! 莉子!! くっ、聞こえんか! サービス! ……サービス!! おいぃ! 私の時間停止を解除しろ!! バカ野郎が、このサービス!! どうしてお前も聞こえん!?」


 喜三太陛下の転移を察知したにもかかわらず『ダンディ・サービス・タイム』が継続しているため自身の意志で身動きとれぬ、アストロン状態のバニングさん。

 動くためのプロセスはまず、クララパイセンがバニングさんの慌てた様子を確認して、それをサービスさんににゃーにゃー伝えて、サービスさんが「ふん」と『ピンポイント・サービス・タイム』を部分解除する。


「うにゃー。意外と練乳の直飲みってイケるにゃー」

「ふん。分かるか、高みに立つ猫。チュッチュチュッチュ。もっとチュッチュしろ」


「それはちょっと嫌だにゃー。ペロペロするぞなー」

「ふん。ペロペロか。多様性を認める。チュッチュチュッチュ」


 誰とでも仲良くなってご飯を貰うどら猫。

 うっかり餌付けしてしまっているサービス氏。


 バニングさんが動けない。


「え゛。……なんなんですの!? ものすごいのが来ますわよ!!」

「瑠香にゃんは再起動中です。しばらくお待ちください」


 小鳩さんの反応が遅れたのには理由がある。

 若返る前の中年喜三太陛下と相対したのはナグモさん、バニングさん、そして逆神老夫婦と助っ人でライアンさん。


 小鳩さんは孫六ランド内で待機していた。

 孫六ランドは防壁システムがあるため、喜三太陛下の煌気オーラに直接触れていない。


 残りの人員はそもそも本土決戦現場に立ち会っておらず、スキル発現の際に煌気オーラを消して転移できる喜三太陛下は初見。

 運はバルリテロリに味方した。


「ガルルルルルルルル!! シャー!!」

「六宇ちゃん! 助けに来たで! ワシの手に捕まおぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 『リッコリコンバット・野生児ワイルド』が喜三太陛下の予測を上回る速度でその御背中を切り裂いた。

 運は味方していなかったらしい。



 莉子ちゃんは基本的におっぱいディスでガルルルルル化するが、今回は恥ずかしくてガルルルルル化しているので原因の除去が難しい。

 そしてガルルルルル化は莉子ちゃんの暴走モードの中では低燃費。

 持続時間が長い。


「キサンター!! いや待って!? すっごい血が出てる!! 大丈夫なん!?」

「せやろ? むっちゃ痛い。なんやこの子……!! 普通、いきなり背中越しに襲い掛かって来るぅ!?」


「まだ背中向けてんじゃん! おじいちゃん! 死ぬよ!?」

「ぶーっははは!! 既にシールドを展開しとるわ! 次に来たら反射して! ……なんで襲い掛かって来んのや!! ワシ、隙だらけやろ!!」


 理性がなくなった莉子ちゃんは「服が欲しい」ではなく「恥ずかしいからとりあえず無差別攻撃」に目的が変化しており、その野性的な本能で「なんか攻撃したらいよいよ取り返しのつかない被害を自分じゃなくて服が受けそう」と察していた。


 莉子ちゃん、危うきに近寄らず。


「……あの子、じーっと見てるけど。唸りながら。キサンタを」

「ええ……。怖い……。やっぱすぐ逃げよ。クイント! あーあー。こいつ、割とやられとるで。そこのダンディもやっぱり強いなぁ。……なんでダンディ動かんのやろ。いや、表情も変わってないやん! こわっ!! なんやこいつら!! 誰ひとりとして何考えてんのか分からん!!」


 小鳩さんは警戒して動けず。

 ロボ猫は再起動率63%を超えたところで、どら猫は練乳をペロペロ。

 サービスさんは「み゛っ! ラッキーさん! ちゃんとやってあげなくちゃ! めっ! です!!」と芽衣ちゃまに叱られておりニィィィィ。


 ダズモンガーくんが唯一「吾輩に任されよ!!」と吶喊したところである。


「分かった。……その子、うちの家系やろ!! 多分、誰かの子供!! やり方からやべぇひ孫のそれを感じるんだわ!! 絶対そうや!! じゃあここは逃げの一手やろ!! ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 『急にいなくなる上司インビジブル・グッバイ』!!」


 喜三太陛下が六宇とクイントを連れて転移した。


「ぐーっははは!! 間に合いませんでしたな!! しかし! 吾輩にはできる事がありまするぞ!!」

「ガルルルルルルルル……」


 莉子ちゃんに近づくダズモンガーくん。


「よせ! ダズモンガー殿! 命を落とすぞ!! 貴殿と莉子では野生の種類が違う!!」

「落ち着かれませ、莉子殿!! 吾輩がすぐに繕いまするぞ!! ぬおおおおおお!!」


 ダズモンガーくんのワッペンが付いたエプロンから出て来たのは、トラさん模様の裁縫セット。

 目にもとまらぬ速さで莉子ちゃんのキャミソールの肩紐をチクチク縫い縫い。


「……ふぇぇぇぇぇ。ダズモンガーしゃぁぁん」

「乙女にとって服装の乱れは大問題! こんな事もあろうかと裁縫セットは持ち歩いてございまする!! 探索員装備はさすがに縫えませんがな! ぐーっはははは!!」


 バニングさんが「得難き武人だ。ダズモンガー殿……」と感嘆の息を漏らした。



 第一次皇宮遭遇戦。


 両陣営の痛み分けで決着。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る