第1220話 【決まったな、誰が最もピュアなのか・その6】ハイパーアルティメット莉子ちゃん、降臨す

 バルリテロリ皇宮東側の戦い。

 その戦地から遠く離れた、次元も超えた、独立国家・呉では。

 「……玉ねぎさん。……戦艦はまだかね」とそろそろ許された感も強いペヒペヒエス最上位調律人バランサーが呉三女傑から圧を与えられて玉ハラの渦中にいた。


「……ほぅ。……やるねぇ」

「こねぇなプレッシャーは久しぶりやねぇ!!」

「明確な殺意を感じるね! 若い子も侮れんねぇ!!」


 よし恵さんが最初に空を見上げて、すぐに節子さんと久恵さんも続いた。

 その鋭い眼光の見据える先には何があるのか。



「すんまへん!! すぐに造りますぅ!! もう何やったら4割くらい出来てますぅ!! おばちゃん自分で言うたら怒られる思うて言わへんかったけど、これ驚異的なタイムでっせ!? たった数時間で時空間航行できる戦艦の進捗、4割やもん!! せやから、擦りおろさんとってください!!」


 誰かの殺意で玉ねぎが何周目か分からない漂白にさらされた。



「……ふっ。……早う行かんといけんねぇ。……あたしら現役ピチピチ世代が子供に殺戮しごとを任せるようじゃ。……ねぇ? ……玉ねぎさん?」

「へぇ!! 現役世代の意味なんかを分かろう言うんが厚かましいんやって、おばちゃん理解しとりますぅ!! 皆さん、生涯現役ですやろ!? それかて、生涯が終わらへんもん、この御方たち!! 死神が来たらお殺しになられるんやもん! おばちゃん敵わんわぁ!!」


 多分、着く頃に祭は終わっているであろう事を呉三女傑は予測する。

 だが、頑張った地域の子供のお迎えに出向くのはばあちゃん界隈での常識。


 道徳心は違っても常識は隣国の日本と同じものを保持している呉。

 「小さい子の成長は速いねぇ……」と総勢30余名の戦闘タイプばあちゃん(殺傷能力A以上)たちが目を細めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは日本本部。

 和泉監察官室では加賀美政宗監察官が負傷した同僚を見舞っていた。


「ご無事で安心しました。和泉さん」

「ごふごふげふ……。ええ、はい。どうにか普段の瀕死の水準まで戻せました。とてもではないですがこれから小生がお役に立つこと叶いませんがふっ」


「ご心配には及びません。自分が弱卒の身としての責務を果たします。あっくんさんと五十五くんが現場を引き受けてくれているので、自分もそろそろ失礼して」


 和泉さん、日常回で2度死んだ事が功を奏したのか1周回ってもう1周。

 なんやかんやで普段の死にかけレベルまで体調を取り戻していた。


 これも佳純さんの献身的な介護の賜物だろう。


「やぁ! 『介護双長髪ナース・ツインテール』!!」

「頼もしい限りですね。和泉さん」


 ジャージからお召し替えしている土門佳純副官。

 救護班のナース服を借りて来た。

 今はツインテールを総動員して、2本の手と2本の触手で和泉さんのお世話を実行中。


「ごふげふっ」

「あ! 血を吐くのでしたら私の胸か太ももにお願いします! ベッドの掃除をするには和泉さんをツインテールで持ち上げておかないといけないので!! 加賀美さん、その竹刀、ここに置いて行かれては?」


「そうだね。土門さんなら元は自分の副官だった訳ですし、武器を預けても問題ないかな。こちらの戦いは終わった……ん?」


 ピシッと音がしたかと思えば和泉さんの愛刀に深いヒビが走り、そのまま真っ二つに折れた。


「これは……」

「経年劣化でしょうか?」


「いや。確かに激戦ではあったけれども、交戦した際には主に南雲さんの『双刀ムサシ』を使っていたから……。不吉な予感がするな」

「ごふっ!!」


 続いて和泉さんの点滴パックが破裂した。


「わわっ!! 大変!! 和泉さん、点滴はちゃんと点滴として使用してください! どうして口から入れちゃうんですか!?」

「ぶほぶほげふ……。小生、点滴の扱いにかけては自分にも他人にも一家言ありますげふ……。これは、確かに不吉でごふっ」



 新任監察官たちの愛用品が相次いで破損。

 テリーマンの靴紐かな。



「自分の通っていた剣道場では、竹刀の弦が切れると師範が言っておられました。それは自身の代わりに不幸を引き受けてくれたのだと」

「ごふごふ……。小生も、点滴パックが爆発する度に、ああ、今、小生の残機が1つ減ったのだなと思っておりますごふっ。点滴パックが代わってくれておりましたか」


「はーい。お顔を拭きますよー」

「いや、佳純さごふっ! せめてタオルでげふっ!!」


 胸で顔を拭かれながら和泉さんは思った。

 「どこかで星が落ちる、そんな気配がするのは小生が死と仲良くし過ぎているからでしょうか」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 同じく日本本部の中庭では。


「……ちっ。低ランクどもはよぉ。疲れたらとっとと下がってろぃ。邪魔なんだよなぁ。足取りおぼつかねえで作業されるとよぉ。五十五が豚汁作ったからそれでも食ってろぃ。くははっ。言っとくが、飯食ってる間は昇進査定外だからよぉ。精々、出世するチャンスを俺に奪われた事を恨むんだなぁ! くははははっ!!」

「兄上! もう兄上の『ふん。別に貴様を助けた訳ではない!』ムーブは通じていないかもしれん!! 皆、笑顔でお礼を言っている!!」


「ちっ!! 気色悪ぃヤツらなんだよなぁ」

「確かにそうかもしれん!! 兄上も豚汁を!! お口に合うだろうか!!」


「あぁ? 五十五ぉ……おめぇ……クソがぁ! おめぇが作ったもんが口に合わねぇはずねぇんだよなぁ。しょうもねぇ謙遜ばっかしてっと俺もキレるぜぇ?」

「確かにそうかもしれん!! だが、姉上の料理にはまだまだ及ばない!!」


「あぁ? んなもん比べられる訳ねぇだろぃ。五十五は五十五。小鳩は小鳩なんだよなぁ」

「兄上……! 私はあちらで熱心に仕事をしているトラボルタたちにも豚汁を差し入れてくるので、兄上はこちらでゆるりとしていて欲しい!!」


 タタタと軽快な動きを見せる義弟を見て「元気だねぇ」と頷くあっくん。

 ピシッと音がして、振り向いた先には。



「あぁ? 寸胴鍋に亀裂だぁ?」


 寸胴鍋にも亀裂が。

 カレクックの頭かな。



 「ちっ」と舌打ちをひとつ。

 『結晶外殻シルヴィスミガリア』で寸胴鍋をコーティングして「五十五の豚汁は地面に食わせてやるほど安くねぇんだよなぁ」と不吉な予感よりも義弟の豚汁を惜しむあっくん。


 嫁の危機には気付けなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 散々死亡フラグを各地で拾ってきて、帰って来たのはバルリテロリ皇宮東側の戦場。

 莉子ちゃんが澄んだ瞳でとても優しい顔をしていた。



「わたし……。おっぱいが小さいんですよね……。ううん。小さいって言うか……。あんまり……その、膨らんでない、かも……。えへへへへへへへへへ……」


 とっくにクライマックスであった。



 莉子ちゃんの身を包むピュアドレス。

 もう叛逆の意思など微塵もなく、ドレスってこんなにフィットするのかと驚きを隠しきれないほどに莉子ちゃんの体に密着している。


「オタマ。あたしさ。生まれ変わったら勉強するね」

「はい。六宇様。違います」


「なんで!? 最期くらいはいいじゃん!!」

「はい。六宇様。御ロリ様をご覧ください。あの慈悲に満ちた御顔。とても命を奪うようなものではございません」


 莉子ちゃんを見つめる六宇ちゃんとオタマ。

 既に両名とも攻撃の素振りは見せず、それが無意味だと悟っている様子。

 座して死を待つとはかくあるべしか。


 だが、オタマは皇宮秘書官として適切に人を見抜く眼力に優れている。

 手のひらに眼はあれど能力を与えられなかった彼女が鍛えたのは肉眼。

 その審美眼で見抜けなかったものはなし。


「ごめんなさい。2人とも。別の形で出会ってたら、きっとわたしたち、お友達になれたと思うんです」


「ねー。オタマ?」

「はい。六宇様。合っています。殺されますね」



 見抜けなかったものが最後の最後で出て来た模様。



 莉子ちゃんが掌を宙にかざすと苺色の壁が生まれた。

 壁とは、莉子ちゃんが最も忌むべき存在。


「……えへへへ。認めたら、なんだか胸が軽くなったよぉ。……これ以上軽くならないと思うけど。ごめんなさい。やぁぁ! 『苺悪夢囲いいちごナイトメア』!!」


 『苺悪夢囲いいちごナイトメア』とは『苺光閃いちごこうせん』を壁状に構築して敵を完全包囲する、絶壁に理解がないと使えない極大スキルである。

 今、莉子ちゃんは自身の胸と対話を終えた。


 そこには何もなかった。


「ぎゃー!! やっぱ怖い!! あの子、話したらきっとノリとか合ったのにぃぃぃ!!」

「はい。六宇様。違います」


「なにが!?」

「はい。六宇様。私たちは殺されていません。これは、拘束スキルです」


「あー。あーね? 確かに、なんか身動きは取れないけど。……や!? なんか苦しいよ!?」

「はい。六宇様。現状、殺されていないだけです。凄まじい殺意に私たちは包まれています」


 莉子ちゃんがにっこり笑った。


「おっぱいに罪はないですもん! 個性だから……!! 好きでおっきく生まれてきた訳でもなければ、好きでちっちゃく生まれてきた訳でもない!! だから、わたしはあなたたちを……!!」


 頬をつたったのは清らかな涙か。



「うにゃー。ホントそれだにゃー。あたし、知らん間にでっかくなっちゃったもんにゃー。なんかまだでっかくなりそうでホント、ちょー迷惑だぞなー。に゛ゃ゛」

「えへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!!」


 六宇ちゃんとオタマがどら猫の事を、ちゃんと名前も知らないけれど、とりあえず割と好きになった瞬間である。

 「六宇様」「ねー。あの人、すっごい優しいねー」と頷き合った。



 それから天使か女神かはたまた芽衣ちゃまか、肉眼で見える救済の光によって「みみっ! 芽衣、莉子さんのスタイルが理想です! 芽衣は子供だから、莉子さんにとって嫌な言い方しちゃってるかもです、けど、芽衣、芽衣は! 莉子さん大好きです!! みっ!!」と渾身の特大フォローがキマり、「そうなの!? じゃあ芽衣ちゃん、戦争が終わったらおっぱい削ってもらお!! ねっ! そうしよー! おー!!」と我らがメインヒロインに笑顔が戻って来たのであった。


 皇宮東側の戦い。

 莉子ちゃんの勝ち。


 決まり手。殺意による押し出し。

 失ったもの。たくさん。

 得たもの。メインヒロインの決戦装備・パーフェクトバージョン。


 失ったもの、あるいは得たもの。

 人の心。


 創造の前には破壊が必要だと神聖ブリタニア帝国の皇帝も言ってた。

 つまり、これからは想像を創造していくシークエンス。


 莉子ちゃん、大人の階段を上る。

 とはいえもちろん、まだまだシンデレラである。

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