第1221話 【バルリテロリ皇宮からお送りしました】「陛下」「……勝てばええんや」 ~皆様、お別れのようです~

 奥座敷では。


 テレホマンが無言で『テレホーダイ・サンキューグッバイ』の電源を落としていた。

 もう確認する事などないのである。


「陛下」

「勝てばええんや」


「陛下。冷蔵庫からコーラをお出しいたしますれば。どうぞ。どうぞ、喉をお潤しくださいませ」

「……勝てばええんや」



「絶命の際にはさぞかし大きな御声をお出しあそばされると愚考いたしますに。はちみつレモンなどの方が良かったかと思いますが、あいにくと我らが皇国、国民飲料はコーラと定められておりますので。思えば、臣民もコーラを水代わりに飲んでいるにもかかわらず成人病の罹患率は極めて低く。よく働き、文句も言わず。これも陛下の御心が成せた御業でございました」

「おいぃぃ! テレホマン!? なんで全部過去系なんや!?」



 これまでバルリテロリ皇宮からお送りいたしておりました。

 長らくのご愛顧に感謝しながら、晩夏のバルリテロリ皇宮から挽歌をお送りいたします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 喜三太陛下とクイントの手にはキンキンに冷えたコーラが。

 転がっているチンクエの隣にはコーラの飲み口にストローをさしてからテレホマンがお供えする。


 そして最後に自身もコーラを手に取った。


「それでは。僭越ながら私、電脳のテレホマンが音頭を。……偉大なる皇国、バルリテロリへ。この戦いで散って逝った多くの戦友たちへ。……献杯!!」



「テレホマン? 勝てばええんやで?」

「じじい様よぉ。オレ、じじい様はどうでも良いから六宇とオタマだけは助けてくれって命乞いしに行っていいか?」


 献杯。



 女子がいなくなった奥座敷とはかくも寂しきものなのか。

 黄色い声のリアクションがない。

 元々なかったような気もするが、黄色い声の雑談はあった。


 もうドラクエ6の話も聞こえてこないし、見せパンは見えても良いのか見せても良いのか、見せるものではなく予防措置としての見せパンなのか、そもそもおめぇに見せるために穿いてんじゃねぇんだよハゲなのか、は、ハゲてへんわ、なのか。

 もう、そんな与太話も聞こえてこない。


 子供たちのはしゃぐ声、蝉の鳴き声、ナウなヤングの喧騒。

 海の家が乱立していたビーチもかくや。そんなピークは過ぎ去り、浜辺にはクラゲが大量に漂い始めて、こんなところで海水浴キメたら足がえらいことになるとテレホマンは俯く。


「美味しゅうございますな。陛下。バルリテロリでは飲酒よりもコーラが好まれます。これも陛下の皇道でございましたか……。次の統治者は恐らく、黒烏龍茶を推進されるでしょう。もしかすると、コーラは流通を禁止されるかもしれません。……美味しゅうございますな」

「どうしたんや、テレホマン!! テンション! テンション上げろ!! お前、そのメカメカしい装備をこれからお披露目するんやぞ!? テンションぶち上げな!! スキル使いはテンションが大事なんやぞ!!」


 テレホマンが四角い頭を横に振った。

 とても穏やかな笑顔だった。


「陛下。私のテレホ・ボディは煌気オーラを起動燃料にこそいたしますが、こちらただのメカでございます。テンションは必要ございません。スキル使いとしての私の序列は六宇様よりも下ですゆえ。陛下。弾避けに御遣いくださいますれば、このテレホマン悔いはございませぬ」

「……ぶーっははははは!! ワシがおる限り、バルリテロリは不滅よ!! なぁ! クイント! チンクエ!!」


「……ぅぃぃぃぃ」

「おい、チンクエ!? お前、多分やけど今、良いって言ってないやろ!? 元気出して行こうぜ!! なぁ! みんなぁ!!」


 クイントまでもが神妙な顔で呟いた。


「じじい様よぉ」

「なんじゃい! クソ!! ノリ悪いわぁ!!」



「AVでよぉ。水着のお姉さんを海でナンパする系のヤツとかあるだろ? あれってなんでレンタル開始が冬になるヤツ多いんだ? 正直、冬場に新作入荷って書いてあったら借りようかすげぇ悩むんだけど。夏にはスキー場とかのナンパものが出て来るしさぁ。皇帝の叡智で教えてくれよ」

「そうそう! それや、それぇ!! そういうの待っとったで!! それはやな! レンタルがノータイムでキマったら、DVDとかブルーレイ買ってくれるお客さんに悪いやん!? ほれ! AVってよっぽどお気に入りやないとリピートせんやん!? 特に企画ものとかさぁ!! なのにフルプライスで買ってくれるお客おるんやから、レンタル開始は3ヵ月くらいズラすのが礼儀ってもんやろ!!」


 テレホマンが「はははは。陛下、はははは」と笑顔を見せる。



 続けて電脳ラボに同期する。

 「貴官ら。本当に。ガチのマジで総員退避せよ」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな電脳ラボ。


「退避するヤツ、いるー?」

「あ。私、良いかな?」


「おお。なに? 嫁さんと子供と最期はみんなで過ごす感じ? いいよ、いいよ。手は足りてるから」

「あ、いや。すまない。タイミングが悪かった。ちょっとコーラ飲み過ぎて。お手洗いに立っても良いかなって」


 コーラにはカフェインが含まれているので、例えば飲み会でガブガブ飲むとビール勢と同じくらいの頻度でトイレのため離席する事になるのはバルリテロリでは常識。

 席は通路側をキープしたい。


「なんだよ。行けよ、そのくらい。律儀だな、貴官」

「いや、しかし。退避せよってテレホマン様が命令出した瞬間だったから……。そこで急いで立ち上がったら、本当に退避するみたいで」


「内股で喋ってないで早く行けって。死ぬ前の思い出がお漏らしになるぞ」

「じゃあ、ちょっと失礼」



「みんなー。コーラ持って来たよー」

「我々も順番にトイレを済ませるか。備蓄のコーラ遺して死ぬのは悔しいから、全部ラボで処理したいし」


 個は存在しない電脳ラボ。

 コーラを全部片づけられるか、それより先に皇国が滅びるかのチキンレース中。



「しかし、良く戦ったよ。実際。なぁ?」

「過去形で語るなよ。戦時中だぞ。……まあ、そうだな。おばば殿単騎で消されてたからな。我らは」


「情報システムが最期まで遺るって偉業じゃないか?」

「ああ。そうだ……ん? 貴官、何してる?」


「えっ。……端末に私の考えたオシャレなサインしてた」

「ふざけんなよ!!」


「おいおい、喧嘩すんなって」

「だってよぉ! こいつぅ!! ……そんなエモいこと、独りでやってんだぜ!? もうやる事ないんだから、みんなでやりゃ良いだろ!!」


「バカ、よさんか。この期に及んで言い争いなど」

「すまなかった。私だけ、生きた証を遺そうとして。本当にすまない」


「ばっか野郎!! そこにキレたんじゃねぇよ!! ……みんなでさ、やろうぜ? 電脳ラボの機器全てにさ! オレたちの名前書いてさ!!」

「……ああ! そうだな!!」



「みんなー。コーラ持って来たよー。ピザポテトも持って来たよー」

「よーし!! 思い出作ろうぜ! パンジーとサルビアとハボタンは死なないだろうから、あいつらに語り部を任せよう!!」



 電脳ラボは戦争を完走した。

 その誇りとピザポテトを抱えて、涙は流れずコーラを流し込んで、いつ逝っても悔いはない。


 そんな晴れやかな気持ちで寄せ書きを始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 奥座敷に戻って来たところ、テレホマンが泣いていた。

 電脳ラボとテレホマンはいつでも以心伝心。


「どうしたんや、テレホマン!! お腹痛いんか!? おうち帰るか!? あとはワシがおれば済むから、早引きしてもええで!?」

「……いえ。申し訳ございませんでした。私はなんと、なんとメンタルが弱いのかと。情けのうございまして。つい、このような醜態を。……最期まで戦いましょう!! コーラのおかわりはいかがですか、皆様!!」


「テレホマぁぁン!! せやろ!! 勝てばええんや!! 勝てば!!」

「チンクエよぉ? 最後と最期の違いってなんなん?」


「……ぅぃ」

「あー! さすがチンクエ! 出来た弟だわ、お前! はいはいはいはいはい!! 最期の方がなんかカッコいいもんなぁ!! アレだわ! 季節って書いてシーズンって読んだりするヤツな! お前の好きなFIELD OF VIEWの曲とかにありがちなヤツな!! はいはいはい!! ところでよ。ドラゴンボールGTの主題歌。あれ全然ドラゴンボールのこと歌ってなくね?」



「……兄者。それは良くない。アレはアレで良い……。確かにカラオケで歌った時には、あれ? これアニソン? となるが、それもまた良い……」

「喋ったぁぁぁぁ!! チンクエが!! キェェェェェ! シャァベッタァァァァァァァ!!」


 最終決戦の準備と後顧の憂いはなくなった様子。



 テレホマンは電脳ラボがせっかく造ってくれたテレホ・ボディに換装。

 四角い総参謀長がついに実戦モードへ。


「イカすな。それ。テレホマン」

「恐縮でございます」


「クイント! チンクエも! テレホマンのファイナルフォーム見てみろ! すげぇぞ!!」

「いいなー! それ!! マジでいいなー!!」

「……良い」


 テレホマンが少し照れ臭そうに頭をかいた。


「陛下。ファイナルなどと申されますと縁起が悪うございます」

「こいつぅー!! さっきから献杯とか散々言うっとったのにぃ! 調子の良いヤツぅー!! ええんやで! 勝てばええんや! 勝って、バルリテロリを再興や!! 壊れたところは直せばええんや! 皇共事業なんやかんやばら撒いて、減った国庫も回復や!!」


 お忘れの方が大半かと思われるが、陛下は一斉侵攻でちょっとだけバルリテロリが優勢だったタイミングに臣民へお祝いの給付金交付を行っている。

 今となっては見舞金か、あるいは謝罪金。


 それでも臣民の皇帝陛下支持率は最期の時まで7割を超えていた。

 なんかちょっと下がった気もするが、君主独裁制において7割の支持があれば御の字。


「よっしゃ!! みんなで円陣組むで!! 気合入れるんや!! 気合で勝てる!! メンタルでスキル使いの優劣は決まるんや!!」

「はっ! ははっ!! では、私が。バルリテロリぃー!! ふぁい!」


「おー!」

「ふぁい!」


「おー!!」

「ふぁい!!」



「おっしゃらぁぁぁぁぁぁい!!」

「…………………………」



 バルリテロリ皇宮からお送りしました。

 テレホマンがそちらを見て、敬礼しております。


 諸君。

 コーラは御手に取られたか。

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