第1222話 【ここで電脳ラボが仕事をします・その2】「こちらが皇帝陛下の自伝です」「おい、御二方ともまったく興味なさそうだぞ!」 ~皇国の一戦はここにあるかもしれない、男たちの大和ミュージアム~

 電脳ラボにテレホマンからの何度目かもう分からない総員退避命令が出て、こちらも何度目か分からないガン無視をキメた頃。

 その電脳ラボでじゃんけんに勝ってしまった3名。


 パンジー。サルビア。ハボタン。


 彼らは皇国の道路を蹂躙し尽くしたアタック・オン・みつ子に搭乗していた。


 じゃんけんで何かを決めるのは万国共通、異世界も共通、じゃんけんってすごい。

 民主主義的な決戦なのに独裁国家でも仕事をしていると思わず目も細くなるが、「負け残り」が一般的かと思いきや、意外にも「勝ち残り」で民主主義を実行される場合も多い。


 当たり前ではないかこのハゲと思われるかもしれない。

 例えば欠席者が出た際に児童を野獣に変える給食のプリン争奪戦。


 プリンは開封しなければ確実に夕方まで賞味期限も消費期限も訪れないはずなので、奪い合う前に休んだ子の家に届けてあげなよと思わなくもないが、「休んだヤツに人権ねぇからぁ!!」と弱肉強食の社会を生き抜く術を小学生時分から高度な教育として施されているのかもしれない。

 また、給食室が併設されている小学校で給食のおばちゃんがガチった手作りプリンであった場合は本当に休むヤツが悪いので、血みどろのじゃんけん大会で奪い合うが良いかと思われる。


 さりとてこれは勝ち残り。

 勝ったものがプリンを手に入れられる、分かりやすい誉れの印。


 だが、このまま学校生活にシフトしつつ新しい例を挙げると「学級委員決めじゃんけん」というものや「体育委員決めじゃんけん」というものも存在する。

 前者も後者も立候補者が出る場合はある。

 だが、「答えは沈黙やぞ」とハンター試験ムーブをキメてホームルームが永遠に終わらないケースも散見される。


 内気な子は学級委員なんかやりたくないし、体に自信のない者は特に思春期であれば体育委員なんかやりたいはずもなし。

 水泳の時期など地獄。

 信じられない話だが、かつては水泳の準備体操を男女混合で行い、そのお手本という名のさらし者として一歩どころか十歩前に出て1、2、3、4と音頭を取らされていた時代が存在する。



 見られて興奮する悦びに目覚めなければ、とんだ罰ゲームである。



 そんな外れ役職とも言える委員を決める際にじゃんけんは「勝ち残り」を採択する教師が多いことはあまり知られていない。

 理由は単純である。


 負け残りで最後の最後まで負け続けて、なんだか負けを拗らせたような気持ちでやりたくもねぇ委員に就任するよりも、こんな時にだけどうして俺の拳は未来を視るのかと苦笑いを浮かべながらクラスメイトの頂点に立ち、褒美として面倒な役職の戴冠をキメた方が何故か後悔の念は少ないという研究結果が存在する。

 これはじゃんけん学の権威、ジャン・ケン・コゾー氏のレポートにも記されている確かな筋の情報。


 前置きが長くなるのはこの世界の日常。

 このパンジー、サルビア、ハボタンの3名。

 見事に勝ち残ってしまいみつ子ばあちゃんと講和交渉に向かうという皇国の未来をガチで決めかねない誉れに預かった者たち。


 そんな彼らは。



「あらぁ! お父さん! いけんよ! 信号が赤じゃあね!!」

「ほっほっほ。みつ子や。右折する時は少しばかり赤くなっておっても構わんのですじゃ。対向車がおらん場合はその時間が長くなるでの。ほっほっほ。ありゃ、いかん。減速が足りとらん。……いっそアクセル踏んだ方が横転の危険は減りますかの!! ほっほっほ!!」


 四郎じいちゃんによる地獄の免許返納後ちがいほうけんドライブで死を間近に感じていた。



 しかも同期はずっと他のラボメンと継続しているため、「みんなー。コーラ持って来たよー。ピザポテトも持って来たよー」というクソ羨ましい情報が死の隣に存在しているジレンマ。


 パンジーとサルビアは「戦争とは愚かな愚行だ」と頭痛が痛い的な感じで皇国の方針を痛烈に批判するに至り、ハボタンは「……結婚するんだ。生きて帰って!!」と死亡フラグを反り立たせていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アタック・オン・みつ子に揺られる事3分。

 3分が永遠に感じられたとは電脳ラボのラボに残ってコーラ飲んでピザポテトをボリボリやっている者たちが同期した情報。


「ここですかの?」

「ここじゃあね! お父さんがさっき轢いたお父さんのお父さんの像が、ほらぁ! あねぇに散らばっちょる!! いけんねぇ! 汚いねぇ!」


「…………。アタック・オン・みつ子に吸収させておきますかの」


 四郎じいちゃんがボタンをポチっとやった瞬間、イドクロア製の喜三太陛下像(首だけ破損済)がアタック・オン・みつ子に引き寄せられ、まばたきひとつした後には外装と一体化していた。


「ゔぉえ……。失礼いたしました。皇太子殿下。その恐ろしい、いえ、重ねて失礼を。その神々しいギミックは?」

「これは引力スキルの応用ですの。みつ子のヤツが得意ですので、ワシも構成術式にだけは詳しゅうなった次第ですじゃ」


「……ゔぉえぇ。ああ。私も失礼を。目視でしたので、恐らく私の見間違いかと思いますが、吸収されたように見受けられましたが?」

「そねぇな小さいことを気にしてどねぇするんかね!! 引力が本気出したら、あんたぁ! だいたいのもんはベシャってなってから! アレよ! 粘土があろうがね! 上から新しい粘土をガンッてやったら、1つの大きい粘土になる、ねっ!!」



 パンジーとハボタンが黙って敬礼した。



 三半規管が3人の中で最も強かったサルビアは喜三太陛下記念館を開錠し、駐車場も開放したが「そのままバック駐車されますよう」とは言えなかった。

 結局、割と離れた場所に横駐車したアタック・オン・みつ子を降りて4人が合流。


 喜三太陛下記念へ足を踏み入れた。


 みつ子ばあちゃんが眉をひそめてからすぐ言った。



「くっさいねぇ!! なんかね、ここ! 臭いねぇ! お父さん、出よう!!」

「ほっほっほ。みつ子や。それはいくらなんでも失礼と言うもの」


 美術館や博物館は特定のエリアだけ謎の異臭を感じる事がある。

 周囲の人が平然としている時は「私がおかしいのか?」と困惑する事もままある。



 パンジーとサルビアが「あちらに自動販売機がございますれば」と平身低頭、「どうか自伝をご覧になるだけでも」と歩きながら土下座しそうな気配を漂わせ、老夫婦にはその空気感が少しいたたまれなかった。


 入口のモニュメントをひとしきり物損事故でなぎ倒した事実がそうさせたのかもしれない。

 数体のつもりだったが、改めて事故現場に戻ったら数十体の陛下(彫像)が死んでた。


 ゆえに歩を進めた先、書籍スペースの最奥にそれはあった。

 喜三太陛下の自伝。全85巻。連載継続中のためまだ増える。

 現時点で本伝と外伝合わせると85巻。


 参考までにNARUTOは全72巻。



 おわかりいただけただろうか。



「まあまあまあ。上等な紙を使うてじゃねぇ。資源の無駄遣いはいけんねぇ」

「ほっほっほ。そうですの」


「………………………………お父さん」

「………………………………そうですの」


 3名が同期を使わずに意思を共有した。

 「あ。これ、本当に御手に取って頂けないぞ」と。


 サルビア、動く。

 両親は正月の皇宮おせちを盗み食いして投獄されている男。

 罪は連座制で子にまで至るのがバルリテロリ。


 やっぱ独裁制ってクソだわとそれだけで思わせてくれる、稀有な事例。

 でも盗み食いはいけないと思う。


「おばば殿!! おばば殿の御故郷には、大和ミュージアムなる偉大な施設があると聞き及びました!!」


 みつ子ばあちゃんの目の色が変わった。


「あらぁ! あんたぁ! よぉ知っちょるねぇ!! 来た事あるんかね!?」

「え゛。いえ、機会を伺っておりますが、なかなか恵まれず……!!」


 割とさっき知った情報である。

 ラボ待機組がピザポテト食いながら調べてくれた。


 孫六ランドの撃墜ポイントが呉だったので、情報だけはメカサターン懐かしロボで収集済みなのだ。

 そして、ばあちゃんは自分の住んでいる地域がフォーカスされると嬉しくなる生態系を持つ種族。


 鶴瓶師匠がぶらり街歩きロケで近所に来たら、その話だけで向こう10年は戦える。


「お父さん! この子、大和ミュージアムに行きたいんてぇね! そねぇ言われたら、あたしらもちぃとはバルリテロリに興味持ってあげんといけんねぇ!」

「ほっほっほ」


「その自伝ごみ、1巻だけ読んであげようかね! 貸してみぃさん!」


 好機、来る。


 パンジーが動いた。

 彼の実家は写真館。

 令和の時代に生き残れるかとても不安だという。


 皇国が亡くなるよりも不安だという。


「こちらでございます!! ここには、皇帝陛下がバルリテロリへと転生なされる以前の記録がございます! なにせ、陛下もご高齢! すっかりと記憶を失っておられますれば、こうして自伝に書き起こしておいた事も功を奏したというもの! ささ、御手に!!」


 みつ子ばあちゃん、ついに逆神家が代々受け継いできた崇高なる使命(笑)の始まり、そのページを開く。


「あ、いけん! お父さん。あたしゃ老眼鏡忘れてきたのを忘れちょった。こねぇな小さい字は読めんのよ。お父さん、代わりに読んで」

「ほっほっほ。ほっほっほっほっほ」


「こ、皇太子殿下……?」

「ワシは自分の父親があそこまでの愚物とは思いもせず。……その愚物かすが書き記したものごみを読まねばならんのですかな?」


 四郎じいちゃんが。

 どんなに面倒なことを孫に頼まれても「ほっほっほ」と引き受けてくれる四郎じいちゃんが。



 クソみたいな父親の自伝なんか読みたくねぇとまさかの拒否。



「こ、皇太子殿下……!! 御読み頂けねば、なにやら我々の行動が尺稼ぎのようになりますが……!!」

「ほっほっほ。それの何が問題なのですかの?」


 逆神家最大の秘密。

 入口までやって来たところで無念のタイムアップ。


 バルリテロリが消えてなくなるのが先か、バルリテロリは消えてなくならないけど皇帝陛下がお隠れになられるのが先か。


 なお、大和ミュージアムは改修工事のため2025年2月中旬から2026年3月末まで休館の予定となっている。

 諸君におかれましては、来館、お急ぎ願いたい。

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