第1223話 【迫るひ孫・その1】逆神六駆の「上の階にだけ火を放ちましょうか! ね?」 ~「……ね?」~

 バルリテロリ皇宮。

 奥座敷から見て階下にあたるポイント。

 いよいよ彼らが到着していた。


「ふんすですね!! どう考えても興奮する立ち位置はここです!! ふんすっ!!」

「ノアくん。君ぃ……。報告が嫌だなぁ、もう。逆神流はね、この先若い子たちの間とかで広がらないで欲しい……」


 南雲隊である。


「南雲監察官。御忠言させて頂けますと、貴官もチャオるまでの流れは完全に逆神流の構成術式を用いておられますので逆神流の流派に属していると表現するが正しいかと」

「……分析スキルも流行らないで欲しいですね」


 南雲修一監察官。

 戦争が終わった瞬間に上級監察官に昇進が決まっている男。


 うっかり殉職したら階級がどうなるのかという興味の尽きない男でもある、最強の男のお目付け役としてここまで駆け抜けて来た苦労人。

 その道すがら、最初はただ怖い上官だった五楼京華(旧姓)さんを可愛い年上のおねだりワイフにしたりしているので、哀しみと同じくらい喜びに満ちた逆神流被害者の会の名誉会長。


 哀しみ一色に塗りつぶされるのか。


「うわぁ! これ、すごいですねー。上の階って表現するには相当な高さと面積ありますよ。外から見た時は日本のお城みたいだったのに。……煌気オーラ力場使って空間歪めてますね。という事はですよ。南雲さん!!」


 最強の男。

 逆神六駆。


 この世界で終ぞ最強の名は誰にも譲らず。

 譲った相手は婚約者にだけ。


 相対するは自身の曾祖父。

 血で血を洗う壮絶な戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。


「なんだね、逆神くん。私、やっとテンションが普通よりやや悪いくらいまで持ち直したんだからね? ああ。懐かしい。久坂さんによく言われたなぁ。お主は思い切りが足りんのぉって。アンケートでさ。『ややそう思う』とか『どちらかというとそう思わない』とかあるじゃない? そういう選択肢に丸を付ける度にね。修一、

お主はそがいな曖昧な事じゃ指揮官にゃあなれんぞってね。だから私もその度に言ってたの」


 南雲さんの思い出のアルバムを捲っている手が止まった。

 というか、止められた。


 最強の男の一言で。



「ノアの穴に溜めといた爆炎! 爆発? 上にぶっ放しましょうか! 南雲さん!!」

「だからねぇ! 私、その度に言ってたのよ! 指揮官なんて私には向いてませんよってねぇ!! なんでこんな事になったんだろうね!!!」



 六駆くん、金目のものは諦めたのか。

 否。


 お金大好き逆神六駆の嗅覚が冴えを見せる。


「確か、トラボルタさんの話によると金塊があるんですよね? それを空間歪めてる上階に置いてあるとは考えにくいんですよ。だって、その分だけ煌気オーラ力場の調整が変化しますから。ただでさえ人が出たり入ったりを転移スキルで済ましてるっぽいひいじいちゃんですよ? 恐らく、金目のものは階下にあると思うんです。あるいは、仮に煌気オーラ力場内にあったケースでもお金って大事じゃないですか? 干渉させないと思うんですよね。つまり、南雲さん。僕の言いたい事分かりますよね?」


 南雲さんは静かに首を振った。

 横になのか縦になのか分からないくらいに絶妙で微妙で繊妙な所作で。


「ううん。分からない」

「じゃあ、やりますね!」


「待ちなさいよ、君ぃ!! 分かるよ!! まとめると、君の狙いの金塊はこの1階と表現するには広すぎるエリアにあるって事でしょうよ! で! もしかしたら上階にあるかもしれないけど、その場合は煌気オーラ力場から外れた、戦いとは関係ない場所に安置してあるだろうから!? まあ一撃で全てがキマっても金塊は確保できるから良いかな! うふふふ!! でしょう!?」


 六駆くんがとても良い笑顔になって「やっぱり南雲さんってすごいや!!」と歯を見せた。

 続けて笑った。



「うふふふふふふふふふふふふふ!!」

「サーベイランス!! 記録取って!! 山根くん!? 返事して!! やぁぁぁまぁぁぁねぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 六駆くんが両手を組み、その切っ先を上階に向けた。



 最終決戦の最終決戦。

 決戦の火蓋が今。


 ここで言う火蓋とは、火縄銃の火皿の火口を覆う蓋の事であり、「火縄銃のなんやかんやの準備が整い、いつでも点火できまっせ」という事が転じて「戦いを始める」という意味で使われるようになった事はあまりにも有名。

 注意したいのは、火蓋は「切る」ものであり、「落とす」必要はないのだ。


 「幕を切って落とす」との混用から、しばしば「火蓋を切って落とす」と誤用されがちだが、戦いの火蓋が切られる、あるいは戦いの幕が切って落とされるが正用。


 つまり、言い換える必要がある。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

「ちょっとぉ! 逆神くぅん!! まだ良いよって私、言ってないんだけど!!」


 戦いの火蓋がきっと叩き落とされる。

 この火縄銃、蓋を捨てると2度と戻らない仕様である。


 そしてノアちゃんの穴に封じて蓋しておいた爆炎が今、解き放たれる。


 日本語の正用誤用を論じている暇などないのが戦争。

 内容が伝わりゃ細けぇ事はなんでも良いのが戦場、戦時下である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、コーラで士気を高めた奥座敷では。


「ぶーっはははははは!! なんかいい感じに言葉を遺しとこ!! 後世に向けて!! ワシの自伝がまーた厚くなるわ!! ぶーっははははははは!! テレホマン!」

「はっ。お聞かせください」


「よし! むっちゃええ気分になって来た!! なんか今日は色々あったけど、人生ってそういうものやんか! なぁ!! 最後に勝てばええんや!!」

「はっ。……本日、天気晴朗なれども波高し。ですな」


 テレホマンの翻訳機能がフル回転中。


「ええやんけ!! これからワシがバルリテロリのためにウルトラハッスルキメるから! 臣民のみんなはちゃんと記憶に刻むんやで! みんなのために、ワシ、勝つからな!! これで向こう100年はバルリテロリの天下が続くわ! いや、ワシ死なんから100年以上か! みんな、安心して子供作ってくれよな! なんつって! ぶーっははははははははは!!」


 テレホマンが「はっ」と短く返事をしてから『テレホーダイ・記録用やで・全員集合』に皇帝陛下の偉大なる御言葉を記録する。



「陛下はこう仰せであられる。……皇国の荒廃、この一戦に在り。各員一層奮起、努力せよ。と、仰せである。生き残った電脳ラボの者。戦後になんかもっと、その、より良い感じの校正をするように」


 偶然にもとある亡国の司令官ととてもよく似た感じの御言葉を陛下から賜りました。

 臣民には、一層の奮起を求めます。



「おっ! ひ孫の気配が近いな! よっしゃ! そろそろ降りてやるか!! 奥座敷で戦いになったら敵わんからな!! 怪我人のチンクエもおるし! 怪我とか完全に治っとるようにしか見えんのに非戦闘員みたいになったクイントもおるし!! 仕方がないから皇帝であるワシが自ら下賤なる侵略者と同じ高さに下りてやるか! ぶーっははははは!!」

「……ぅぃ」


「おお、チンクエも応援してくれとるんやな!! 任せとけ!!」

「……ぅぃ」


 テレホマンは逆神チンクエ次郎のことをこの戦争を通してかなり評価している。

 彼は愉快犯の中でも「兄者がだけがいれば良い……」という、なんかきたねぇラノベのタイトルみたいな思考を一切揺らすことのない男。


 思考の根っこが頑丈な者の判断は平時でも有事でも揺れが少なく、有用である。

 そのチンクエが恐らく「……良い」と呟いている。


 この男の「……良い」が「本当の意味で良かった」ケースと「本当はそんなに良くなかった」ケース、どちらが多かったかを思い出したテレホマンは四角い顔をぐりんと180度ほど一気に振り返った。


「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! テレホマン! 怖い!! ええ……? お前、そんな風に首が回るん!? ここに来て新しいギミック出して来すぎやろ!!」

「陛下!! 私の能力ですので、私が最も理解が早うございますれば! 諸々、省略して申し上げます!! 『超過料金オーバーペイ』にて起きた爆発、それがどういうわけか!! 奥座敷の階下より発生!!」


「つまり、どういうことだってばよ?」

「陛下……。返しが平成に追い付かれました事、お喜び申し上げます。限りなく確信に近い推察ですが、敵に爆発の事象そのものを奪われた由にございますれば、恐らく次に敵がやろうとする事は」


 陛下が白いマントを翻して玉座からお立ちあそばされた。


「嘘やろ!? ひ孫、奥座敷ごと爆発で消し飛ばすつもりか!? それは最終決戦でやっちゃダメなヤツやろ!! あいつぅ!! どういう教育されとるんや!! 親の顔が見てみたいわ!!」


 陛下によく似た男でございます。

 お呼びしましょうか。

 いえ、ヤメておきましょう。



 似たような悲鳴が2つになるのは避けとうございます。



「くっそ! テレホマンの能力はスキルやないから感知が難しい!! ……あれ!? これ結構な威力やんな!?」

「はっ。先ほど、陛下とひ孫様の激突で発生した爆発でございますれば、その威力、私などの想像は及びもつかぬ領域です」


「遠慮せんでええんやで! 言ってみ!!」

「は? ……ははっ! バルリテロリが消し飛ぶ規模かと!!」


「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 喜三太陛下、煌気オーラ爆発バースト

 強者のみに許された、全身がぶわーってなるヤツ。

 さらにバチバチと煌気オーラが爆ぜてスパークするヤツ。


 相対してもねぇのに終わって堪るか。

 皇国の一戦、まだ刃を交えてもいないのに、なんか飛んできた切っ先で貫かれて死んで堪るか。


 皇帝の矜持が勝るか。

 あるいは、その血を別に望んでねぇのに継いでしまったひ孫の奇策、いやさ鬼策がそれすらも凌駕するか。


 最終決戦。

 決戦の火蓋は切られた。


 一族の因縁、その頸木を断つ戦い。

 いよいよ本当にガチのマジで開戦である。




 恐らく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る