第12話 短い休息 そして再びダンジョンへ

 翌日、屋根に上ってブルーシートで穴の補修をしていた六駆の元へ、莉子が訪ねて来た。

 彼女は「あんなにたくさんのスキル覚えているのに、屋根の穴は塞げないんだね!」と、無自覚に六駆を傷つける。

 その切れ味は、彼の放つ『太刀風たちかぜ』と同じくらいだったと言う。


「どうしたの? 今日はダンジョンに行かないって話だったじゃない」


 六駆が屋根の修繕をするからという理由で。

 対して、莉子は逸る気持ちが抑えきれずに家を飛び出して来た。


「だって、スキルの練習したいのに、どうしたら良いのか分かんないんだもん!」

「どうしたらって。その辺の空き地とかで撃ちまくりなよ」



「捕まるよぉ!! スキルはダンジョン以外での使用は禁止なんだよ!!」

「えっ!? そうなの!?」



 自分の父親がそのスキルを家で使った挙句、屋根に無数の穴を空けた事を振り返る六駆は、「くそ親父を警察に突き出そうかな」と少しだけ考えた。


「それで、ダンジョン以外でも出来る特訓ってないかなぁって思ってさ! 六駆くんの家に来たの! 修行してよぉ、師匠!!」

「ああ、ダメダメ。あと塞いでない穴が4つもあるから」


「おお、六駆の彼女か! いらっしゃい!!」


 彼のくそ親父である大吾が莉子を見て、失礼な勘違いをする。


「違うよ」

「違います!!」


 2人は口を揃えて否定した。

 同時に、六駆は閃いた。


「親父。暇だよね?」

「いや、今からパチンコ屋に行こうかと思っ」

「暇だな?」


「はい。暇です」

「六駆くんの家って色々と特殊だよね。普通なら絶対に関わりたくないな!」


「莉子さ。親父に向けて『太刀風たちかぜ』撃ちなよ。大丈夫、うちの親父も異世界周回者リピーターだから。特殊な訓練受けてるし、好きなだけ撃つと良いよ。ほら、うち敷地面積だけは広いから、母屋は奥まっていて外から見えないし」


 実際に大吾が『岩石群メテオール』を使って屋根に穴開けてもご近所トラブルにすらならなかったし、と彼は付け加えた。


「えっと、お父さん? 良いんでしょうか?」

「君みたいな女の子にお義父さんって呼ばれると、なんだか興奮するな!!」


「いえ。その字では呼んでないです。うん、この人、六駆くんのお父さんだね。なんだかわたし、この人になら遠慮なく『太刀風たちかぜ』撃てそうな気がする!!」


 こうして、六駆は屋根の補修作業。

 莉子はちゃんと会話をした事すらないおっさんに向かって『太刀風たちかぜ』を連射していたら、あっと言う間に日が沈む時間になっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「すみません。お夕飯までご馳走になっちゃって」


「良いよ。気にしないで。じいちゃんの作った微妙なカレーで申し訳ないけど」


「口が過ぎる孫がご迷惑かけてすみませんのぉ」

「親を平気で的にする息子が一緒で大丈夫かい?」


 大吾と四郎は、男やもめの逆神家に久しぶりの女っ気が発生して、ちょっとテンションが上がっていた。

 その気配を察しながらも「あははは」と愛想笑いでかわしてあげる莉子のなんと優しい事か。

 六駆は「これは借りができたな」と天を仰いだ。


 その先にはブルーシートがあって、すぐに下を向いてため息を吐いた。


「あ。そうだ! リング! これ、わたしが貰っても良いんですか!? 高価なものなんじゃ? ちゃんと代金、お支払いします!」


「大丈夫。それもじいちゃんが作ったものだから。無価値だよ。なんでも鑑定団に出したら、鑑定士の人に苦笑いされるレベル」


 四郎は異世界で装飾技術を学んだ過去があり、逆神家のスキル修行でリングを使い始めたのも彼である。

 今でもその技術は健在だが、特に活躍する場はない。


「えー! すごいじゃないですか! 異世界ってどんなところでした!?」

「ヤメときなって。年寄りの昔話は長いよ」


 六駆の予告通り、四郎の昔話は冗長な上に息子の大吾も孫の六駆も聞き飽きたものであったが、莉子にとっては未知の世界の土産話。

 それなりの興味をもって聞いてもらえて、四郎は大きな満足を得る。


「いやはや、莉子ちゃんはええ子じゃのぉ。今度、ワシが何かいい補助具を作ってあげるから、期待しといておくれ」

「わぁ! 本当ですか? ありがとうございます!」


「親父。じいちゃんが無駄遣いしないように監視しといて」

「よし来た。任せとけ」


 しょっぱいカレーをさかな団欒だんらんが続いていた逆神家だったが、ここでテレビが凶報を告げる。


『来週の初めごろには、大型で非常に強い台風が日本を縦断しそうです。くれぐれもお気をつけ下さい!』


 ニュースのお天気コーナーで、お姉さんがにこやかに死の宣告をする。

 その事実に気付いたのは2人。

 やらかした大吾と、やらかされた六駆である。


「莉子。明日、ダンジョンに行こう。そして、行ける所まで潜ろう」

「へっ? あ、うん! わたしは願ってもないことだけど。どしたの?」



「台風が来たらどうなると思う? ヒントは天井にあるよ」

「あ……。うん。えーと、が、がんばろー!!」



 このままでは、逆神家が台風によって吹き飛ばされる。

 どれだけスキルを覚えていようとも、人は自然災害の前には無力なのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 明けて翌日。

 朝9時に莉子と待ち合わせた六駆。

 その目は、使命感と生存本能で満たされていた。


「莉子。今日はもう、最深部まで潜るくらいの勢いで行くよ!」

「おーっ! やる気の六駆くんはレアだから、わたしもたくさん修行するね!!」



「実家の屋根のために!!」

「お母さんに楽してもらいたいもん!!」



 動機の透明度が露骨に違うが、目的だけは一致している2人。

 もう慣らし運転は済んだのだ。


 最初の攻略で六駆は莉子と言う最良のナビ兼パートナーを得て、莉子は六駆と言う色々と問題はあるが実力だけは疑いようのない最強の師匠を得た。

 これは、ルーキーの出だしとしてはこの上ない程の順調。


「ああ、チーム莉子のお二方! 今日はお早いですねぇ! やる気に燃えてる感じですか? いやぁ、素晴らしい! 若いってステキ!!」


 本田林の安いおべっかも、今日の2人は追い風に変える。


「今日で御滝みたきダンジョンを攻略してご覧に入れますよ!! 最深部まで行ったら、ちなみにどれくらい貰えるんですか?」

「さ、最深部ですか!? ええと、お待ちを。……現状御滝ダンジョンは不明な点も多いので、報酬も高めです。だいたい、2千万くらいになりますね」


「さあ、行こうか莉子! 未知の世界が僕たちを待ってる!!」

「うんっ! 行こー!! 頑張るぞー!!」


 現金の話を聞いて現金な態度を取る六駆。

 果たして彼の描いた純金製の未来は、夢かうつつか幻か。

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