第13話 嵐の前の静けさ 御滝ダンジョン第2層

 2日ぶりのダンジョンに入る、チーム莉子。


「いってらっしゃいませぇー! お気を付けてぇー!!」


 本田林のすっかり低姿勢が板について来た出囃子でばやしも聞こえなくなる頃。

 ダンジョンの入口で別の探索者とおぼしき男性と遭遇した。

 初攻略の際は半日以上第1層で過ごして、出会ったのはクララ1人だった。


 御滝みたきダンジョンも賑わって来たのかなと思った六駆は、とりあえず挨拶をする。

 知らない相手にも気安い「調子どう?」は、おっさんのたしなみ。


「調子はどうですか?」

「ば、バカ野郎! 良い訳ねぇだろ!?」


 せっかく声をかけてあげたのに、ご挨拶なご挨拶。

 六駆は少々イラっとしたが、相手を見るに年の頃は20代後半。

 ここは年長者らしく、怒りをグッと噛み殺した。


「どうされたんですか? 体調がすぐれないなら、無理なさらない方が……」


 代わりに莉子が、汚れなき心で相手を思いやる。

 探索者の男はさらに乱暴に答えた。


「こんなイカれたダンジョンに潜れるか! お、おれは抜けさせてもらう!!」


 なんだかこの後、場面転換したら変わり果てた姿で見つかりそうなセリフを吐いて、探索者の男は短い出番を終えた。

 階段を上って行ったのだから、多分死なないだろう。


「失礼な人だったね。多分、推理漫画だったら、最初の犠牲者になるタイプ」

「そーゆうこと思っても言わないの! なにか嫌な事があったんだよ。そんな事より、時間がもったいないんじゃないの?」


「そうだった! 台風は待っちゃくれないんだ! ほら、行こう! 莉子、早く!!」

「わわっ、ちょっとぉ! 引っ張らないでぇー!」


 今日の方針を再確認。

 第1層で眠たい探索に費やす時間はない。

 何層まであるのかも知れない御滝ダンジョンを踏破して、大金を頂戴するのが目的なのである。


 彼らはとにかく次の階層を目指す。

 それは実にスムーズに果たされた。


「グアル草だっけ? 誰がやってくれたのか知らないけど、親切な人がいるもんだ」

「だねー! 道しるべを残してくれてるなんて、きっといい人だよ!」


 グアルボンのふんから生えるグアル草は、摘んだあともほのかな光を発する。

 それを追いかけていくと、明らかな下り坂にたどり着く。

 第2層への入口に違いなかった。


「だけど、それはつまり、僕たちよりも先に進んでいる探索者がいるわけだよね。適当なとこで足とかひねって帰らないかな?」

「六駆くんってさ、本当に心が荒んじゃったんだね」


 順調すぎる出足。

 だが、始まりが良すぎるのはトラブルの合図なのが、悲しいかな物語の鉄則なのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ひゃあっ!? な、なんか飛んできたぁ!!」

「おお! やっぱこういうモンスターもいるんだ! バリエーション豊富じゃないと飽きるもんなぁ!」


 第2層に下りた途端、2人は巨大な蝙蝠の大群と遭遇した。

 モンスターと出会ったら、やっておかないといけない事がある。


「それで、莉子! こついらは何? 貴重なの? レアなの!? 生け捕りにした方が良いとかある!?」

「これはバッドバット! 結構強いモンスターだよぉ! あと、全然価値はないよ!」


 六駆のやる気を下げるには充分なセリフだった。

 バッドバットの爪からは、刃のようなものが次々に放たれる。

 情報提供の見返りに、六駆はその様子を莉子に解説する。


「これは、『真空刃スラッシュ』の一種だね。ほら、『ライトカッター』だっけ? あれと原理は一緒だよ。この程度なら、配給装備でもちょっと痛いくらいで済むんじゃない?」

「……ふぇぇ。その言い方だと?」


「もちろん! 莉子が戦って! 修行、修行! 『太刀風たちかぜ』はうちの親父に向けて散々撃ったから、少しはコントロールも良くなったでしょ?」

「うわぁぁぁん! この師匠、スパルタだからヤダ! もっと優しい人が良い!」


「年を取るとね、優しさって減っていくんだよ」

「もぉ! おじさん、うるさい! やるよぉ! てぇぇぇいっ! やぁぁぁっ!!」


 実際のところ、莉子のスキル制御は成長していた。

 3発撃てば2発はバッドバットを切り裂いて、残りの1発も致命傷にはならずとも、羽などの主要な器官を破壊する。

 弟子の成長に、六駆も拍手で称える。


「はぁ、はぁ。ふぅー。やっつけたぁ!」

「バットバッドってものすごく間抜けな名前だけど、こういうのって誰がつけるの?」


「ちょっとぉ! 感想は!? わたし、6匹全部やつけたんだけど!? モンスターの名前は、最初に見つけた人に命名権があるんだよ。小惑星とかと一緒!」

「特に感想を言うまでもない戦いっぷりだったよ。結構、結構! ふーん。命名権とかあるんだ。よし! 僕が見つけたら、莉子の名前を付けてあげよう!」



「絶対にヤメて!!」

「大丈夫! 莉子ピンとか、なんか可愛い感じにするから!!」



 その後も、軽口を叩きながら、2人は順調に攻略を続ける。


 スキルを使える回数は、その人間が持つ煌気オーラの総量に比例する。

 莉子は煌気オーラを操るのは苦手だが、体に秘められた煌気オーラの量は平均よりも多く、『太刀風たちかぜ』ならば日に40発は撃てる計算になる。


 六駆は莉子の煌気オーラの残量を計算しながら、「頑張れ! 頑張れ!!」と彼女をモンスターと戦わせた。

 そうこうしていると、次の階層へと下りられそうなポイントに到着。


「うおおお! やべー!! 助かったぁぁぁ!」

「マジでな! あの正義感バカの女をおとりにして大正解!」


 いざ第3層へと歩いていた六駆の前に、なにやら物騒なことを言う男が2人。

 情報収集の大切さは熟知している彼であるからして、「やべー」と言う者を逃すはずもない。


「どうも。何か下にあるんですか?」

「ああ!? あるかないかじゃねぇよ! でっけぇ蜘蛛がいるんだよ! あんなの見た事ねぇ! 良い囮がいたから、オレたちは引き返して来たんだ!」


「ほほう。なるほど。パーティーのメンバーに勇敢な人がいるんですね」

「バカかお前? 見ず知らずの女だよ! オレらがやられそうになってたら、横から割り込んできてよぉ! ちょうど良いから、デコイにしてやった! へへ!」


 莉子が顔をしかめる。

 彼女の顔をしかめさせるとは大したものだなと六駆は感心した。


「じゃあ、助けに行かなきゃ!」

「ヤメとけ、ヤメとけ! どうせ助かりゃしねぇよ! あの女も、派手なスカートひらつかせて、遊び半分で正義ごっこすっから、ああいう事になるんだよ!」


 莉子が六駆を見て、六駆は静かに頷いた。

 人違いならばそれでいいが、万が一、2人の想像した人物だった場合、早急に助けに行くべきだろう。


「そんじゃあな! お前らも行かねぇ方がいいぜ! あばよぉぉぉぉんっ!?」

「『粘着糸ネット』! 申し訳ないんですけど、そのバカ女のところへ案内頼めます?」


 六駆の手から蜘蛛の糸が伸び、薄情者の2人を捕縛した。

 これから行われるのが蜘蛛退治ならば、なかなか洒落が効いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る