第94話 ルベルバックとの門 日須美ダンジョン最深部

 六駆はルベルバック侵攻部隊の回復を終えて暇になったので、「ちょっと全員こっちの階層に連れてきます!」と言って小走りで去って行った。


 南雲は山根と今後の方針と、対応について細かい部分を話し合う。

 それを眺めているキャンポム。

 彼は命をとうに諦めていたのだが、まさか侵略戦争を仕掛けた相手が腐敗した自国を助けると言い出すなどとはつゆも思わず、呆然としていた。


「司令官! 点呼を取りましたが、全員が無傷で生存しています! むしろ、持病の腰痛やひざの古傷まで治ったと言う者も! これは奇跡でしょうか!?」


 キャンポムは首を横に振った。

 人は窮地に立たされると、都合よく奇跡という言葉にすがろうとする。

 彼は、全員に伝える。


「奇跡など存在しない。我らは負けて、敵であるはずの彼らの慈悲を受けたのだ。事ここに至っては是非もなし。1度は捨てた命。かつて栄えた、我らの愛した祖国を取り戻すために使おう。異論のある者は前に出ろ。とがめはしない」


 部下は誰一人として異議を申し立てる事をしなかった。

 代わりに、実に規律の取れた動きで敬礼をする。


「いやぁー、すみませんねぇ。時間かかっちゃって。鼻くその中の梶谷とか言う子が駄々こねるもので、ちょっとお仕置きしてました! 全員連れてきましたよ!!」


 感動的な場面に水を差すのはお手の物、逆神六駆。

 待機していたチーム莉子と加賀美政宗。鼻くそ連合隊を連れて戻って来た。


 そんな六駆おじさんに対して、キャンポム司令官の号令で再び敬礼するルベルバック侵攻軍。

 ルベルバック軍人は1度受けた恩を命尽きるまで忘れない。


「ところで、日須美ダンジョンの最深部って何層なんですか?」

「ちょっとぉ! 軍隊の人たちがお礼してくれてるっぽいんだから、ちゃんと反応してあげて! もぉ! 六駆くんってそーゆうとこあるよね!!」


 最近、莉子に叱られると心に深刻なダメージを受けるようになった六駆くん。

 これは彼も知らないうちに莉子の事を大切に思うようになってきたからなのだが、色々と枯れたり錆びたりしているおっさん脳にはそんな難しいことは分からない。


「あ、すみません。ホント、僕なんかに敬礼なんてよしてくださいよ」


 なんだか卑屈になったこの場の最高戦力である。

 六駆のメンタル復活を待っているのは時間の無駄なので、南雲辺りに話を進めてもらうとしよう。


「キャンポム司令官。君たちが通って来た異世界への道は、ここから何層下だった?」

「異界の門のことだろうか? それなら、すぐ下にありました。我らが駐屯地を作っているのでモンスターの類は殲滅済みです」


「あ、すみません。良いですか?」

「逆神くん、君は落ち込むのも早いけど立ち直るのも早いな。どうした?」


「ご飯もらえます? さっきも莉子のお腹が可愛く鳴るものだから痛い痛いっ!!」

「クララ先輩! このおじさん押さえてください!!」

「よし来たにゃー!!」


 それから、乙女をはずかしめたおっさんに莉子パンチと言う名の制裁が行われた。


「もちろん、食料も水も充分にあります。まずは休息を取ってください。差し出せるものならば、何でも貴殿らに受け取って頂きたい」


「本当ですか! いやぁ、良かった! ねぇ、莉子! ああっ!? どうして怒るの!?」

「芽衣ちゃんもこのおじさん押さえつけて!」

「分かったです。リーダーの命令は絶対です、師匠」


 これから7万の軍隊と戦争しようというのに、いつものノリなチーム莉子。

 それが六駆に対する全幅の信頼から来ている事は諸君も知っての通り。


 だが、それを知らない南雲をはじめとした一同は言い知れぬ不安に襲われていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おっ! これ、美味しい! あれみたいですね! ロシアの料理の! ザンギエフ?」

「ボルシチだにゃー。六駆くん、その間違え方は逆に凄いと思う! でも、うまー!!」


「量はありますから! お口に合うならどんどん食べてくださいよ!!」


 ルベルバック侵攻軍の給仕長が現世の探索員チームに郷土料理を振る舞う。

 その味は無類だったらしく、莉子も芽衣も美味しそうに食べている。


「ああ、すまない。私は結構。コーヒーがあるから。時に逆神くん。作戦とは? この門を抜ければ、既に大軍に囲まれている可能性が高いと思うのだが」


 2本目の水筒のコーヒーをコップに注ぎながら、南雲は尋ねた。

 言うまでもないが、彼はこの後コーヒーを噴きます。


「僕が先頭で行きますよ。1万とかくらいでしょ? 多分、待機している軍って。その程度だったらスキルの1発か2発で片付きますよ」

「ぶふぅぅぅぅぅぅっ!! げほっ、げほっ。君は本当に恐ろしい男だな。いや、もう分かっている。退路はないと言う事は。ならば、君の実力を信じるしかない」


 南雲は改めてコーヒーを注ぎ、今度は無事に飲む事ができた。

 自分の特製ブレンドの風味を味わいながら、通信機の向こうの山根と連絡を取る。


「山根くん。こうなったら、やるしかないようだ。サポートは任せるぞ。異世界に着いてもこの通信機は使えるはずだ。あとやってもらいたい事がいくつか」


『だいたい分かりますよ。南雲さんにもしもの事があれば、事態を把握して指揮系統を引き継ぐ人が必要ですよね。懇意にしている久坂くさか監察官で良いですか? 探索員の背任行為と、そいつが異世界を操っている旨を伝えて、速やかに日須美市に戦力を集めてもらいます』


「まったく、察しの良い男だな、君も。久坂さんならば適切な対応を執ってくれるだろう。ただ、そのパターンだと日須美市は一時的に敵の手に落ちる訳だから、なるべく避けたいが。なんにせよ、万が一の際は頼むぞ」



『了解っす。自分現場に行かないで良かったー!! 監察官室さいこー!!』

「私も命を落としたら、来世では君みたいな性格に生まれ変わりたい」



 チーム莉子が中心になる、ルベルバック反乱軍の陣容を纏めておこう。


 南雲修一監察官。

 一騎当千のSランク探索員でもあり、知略と武勇に優れた万能戦士。

 六駆が策を練るため、彼の背中を守る役割と、さらには全軍の指揮も務める。


 加賀美政宗Aランク探索員。

 残念なことに、パーティーメンバーは間に合わなかった。

 だがその腕は一級品でまさに百人力。頼りになるだろう。


 山嵐組とファビュラスダイナマイト京児。

 人の形をした盾である。

 耐久性に優れているため、傷ついても六駆が治療して再利用が可能。


 キャンポム司令官率いる、約120人のルベルバック反乱軍。

 あるべき祖国を取り戻すために立ち上がる義勇兵たち。

 司令官の支持率は軍内でも高いらしいので、展開によっては敵軍を説得し戦力の拡充を図れるかもしれない。


 そして最後に、我らがチーム莉子。

 成長著しいリーダー、小坂莉子。

 頼れる後衛、椎名クララ。

 期待の新鋭、木原芽衣。


 背中の「莉子」の文字が輝く悪魔、逆神六駆。


 多勢に無勢極まる情勢だが、どうにかなりそうに思えるのだから、悪魔も使い方次第だと我々に教えてくれる生きた教材。


「よーし。それじゃあ、お腹も膨れた事だし、行きますか! 僕が門を通過してから、5分後にみんなは来てくださいね! 莉子、案内よろしく!!」


「うんっ! 気を付けてね! 敵の人たちに大怪我させないように!!」



 逆神六駆、異世界・ルベルバックへ向けて一歩踏み出す。

 いざ、出陣である。

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