第585話 【苦労人のあっくん・その1】国協モンスター研究施設『ヴァーグル』

 阿久津浄汰特務探索員のスマホが鳴ったのは、早朝5時過ぎの事だった。

 だが、彼は特務探索員としての立場を理解しており、文句と不平不満は山ほど述べるがその忠誠心も同じだけ持っている。


「あぁ。こちら阿久津だぁ。夜勤、ご苦労さん」

『こちらは日引春香オペレーターです! ……旧姓ですけど!! ふふふふっ!!』


 連絡をして来たのは山根姓になった日引春香さん。

 なお、五楼上級監察官と同じく、紛らわしいので基本的には旧姓の日引で職務を遂行している。


「……良かったなぁ。無事に籍入れて、新婚生活始められてよぉ」

『はい! 阿久津さんもお祝いありがとうございました! ギフト券だけでも嬉しいのに!! カタログギフトまで!!』


「あぁ……。まぁ、あんたらにゃ世話になってるからよぉ。同じ監察官室所属のよしみもあらぁ。気にすんな」

『旦那も大喜びでした! 国産和牛のカタログ!! もう、どれにしようって2時間くらい話し込んじゃって!!』


「そうかよ。……眠ぃんだがなぁ? その話、今日の昼じゃダメなのか。気ぃ済むまで聞くからよぉ。ふぁぁ……」

『ビックリしましたよー! ギフト券が50000円分! 和牛のカタログギフトも30000円のヤツじゃないですかぁ!!』



「……ちっ。……調べてんじゃねぇよ。これだからオペレーター夫婦はよぉ」


 あっくんが起床しました。



 その後、20分ほど春香夫人の惚気話を聞かされたのち、やっと本題に入った。


『緊急の案件です! 五楼上級監察官と雨宮上級監察官の連名による指令となっております!!』

「あぁ。雨宮さん、無事だったんだってなぁ。つーか、一言だけ良いかぁ? 日引さんよぉ?」


『はい? 阿久津さん! 緊急なんですよ!』

「あぁ。そうだなぁ」



「じゃあよぉ。先に緊急の案件の話をしろぃ。祝いの品の件とか全部、今じゃなくても良かったろうがよぉ!」

『阿久津さん……! 探索員としての責任感が立派に育っていて、私は嬉しいです!!』



 あっくんは「あぁ。ダメだなぁ。日引さんもよぉ、結婚して汚染されやがるぜぇ? なんだぁ? 結婚したら人はダメになんのかぁ? ……待て。そういや、あの親父も既婚者じゃねぇか」と、色々な思いを巡らせてから、最終的に拾っちゃダメなサンプルを拾い「結婚ってのはヤベェ」と結論付けた。


 最後のサンプルは元からダメだったので、分母に加えてはいけない。

 気持ちを切り替えて緊急任務の内容を聞いた阿久津浄汰。

 実にシンプルなものだった。


『国協が管理していたモンスター研究施設で巨大な煌気オーラ爆発バーストが観測されました! ピース絡みの可能性が高いです! が! 国協の管轄なので例によって、迅速な対応が取れません!!』

「あーあー。分かったぜぇ。で、便利屋の俺が呼ばれたって事かぁ。ったくよぉ。面倒な役職だぜぇ、特務探索員ってのは」


『今回の任務は首謀者の捕縛も当然遂行してもらいますが、最優先すべきはモンスターの鎮圧です! 既に複数の強力なモンスターの煌気オーラ反応が異常値を示しています!!』

「かぁぁ……。面倒だねぇ。俺が選ばれたって事ぁ、多分知ってるお相手なんだろうなぁ? 散々モンスターの相手させられたもんなぁ。カルケルの最下層とかでよぉ」


 あっくんはかつて、カルケル出獄の条件として川端監察官と共にモンスターの討伐任務に当たっていた時期もある。

 特務探索員としての立場とそこに至るまでの経歴。双方が彼を戦場へと誘うのだ。


『現状、1番の脅威とされているモンスターは発見から1年しか経っておらず、交戦経験のある探索員も世界中で極めて少ないようです! 準備が整いましたら、本部のブリーフィングルームまで出頭お願いします!!』


 あっくん、ここで嫌な予感を察知する。

 歴戦の猛者の嫌な予感はそれだけで可能性の高い予知になり得るのは周知の事実。


「おい。一応聞くがよぉ。そのモンスター。……クモじゃねぇよなぁ?」

『…………遊撃隊の人選はこちらで対応しますので! また、作戦のオペレーターは引き続き日引が務めます! 阿久津特務探索員には部隊の指揮をお願いいたします!! それでは!』


 長電話により、スマホが熱を持っていた。

 代わりにあっくんの熱が急速に冷えて行く。


 彼は寝間着を脱いでインナーに着替えると、アパート共有駐輪場に停めてある原付バイクに跨った。

 備品として協会本部に支給されたものだが新品で燃費も良く、彼は主に日常生活で重宝している。


 明るくなる空を見上げてあっくんはエンジンを始動させた。

 そして悲し気に呟く。


「……ぜってぇクモなんだよなぁ。……リコ蜘蛛だろうがよぉ。……くそったれぃ」


 阿久津浄汰特務探索員。

 今回も激務をガッチリ引き当て、哀しみの職場へと向かうべく、まずは協会本部へとバイクを走らせるのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その2時間前。

 国際探索員協会管轄モンスター研究施設『ヴァーグル』では、けたたましく警報が鳴り響いていた。


 ヴァーグルを管理しているのは国協職員および探索員。

 ピースの誘いに乗らなかった、数少ない善玉たちである。


「ふぅー!! ここでデータを収集すればいいんだね! 楽な任務だよ! これが済めば、私も上位調律人バランサーに出世かな!!」


 今回の首謀者はその暗躍が予告されていた、上位調律人バランサー

 異世界人とハーフのバンバン・モスロン。

 では、ない。


 ペヒペヒエスのワクワクコピー戦士計画の一環として、「あんたらさ、ちょっと強いモンスターのデータ採って来てくれへん? だってさ、燃えるやん? モンスターの力を宿した人造戦士とか。もうさ、属性モリモリのヤツ作りたいねん、おばちゃん」と、紫の玉ねぎ頭の最上位調律人バランサーにより派遣されて来た者たち。


 調律人バランサー。アシッド・ブラウン。

 逆神家追放作戦で逆神大吾と交戦し完封したのち、うっかり木原監察官と遭遇して潔く撤退した茶髪のパーマヘアーが目立つ28歳。アメリカで投資家をしている。


「どうしてこんな素人と私が組まねばならんのだ! ペヒ殿のお考えが分からん!!」

「おじさんはうるさいなー! 決まった事に不平を漏らすのは非効率の極みだよ?」


 こちらも同じく調律人バランサー。ドン・ドルフィン。

 逆神家追放作戦では逆神四郎を狙ったが、久坂剣友と55番くんの活躍によって敗走した二人組の片割れである。元はドイツのSランク探索員。


 年は45歳と、この世界で1番多い年代。

 もう既に住み分けが難しそうだが、一応彼は55番くんの薔薇スキルと同じく唇スキルと言う頭おかしい系の使い手。


 師匠はマッコイ・ジュテームと言う。

 55番くんが強制的に薔薇スキルを学ばされたのもこの人から。


 現状、今回の敵は勢力的にも魅力的にもかなり力不足。

 そこでやって来たのはこの子。


「アォォォォォン!! オレ、セキュリティルーム壊してきた! リストにあるモンスター! データ採ったら、ババアのイドクロア装備使って、凶暴化させる!!」


 ピースのマスコット。

 ドーベルマンがベースなのにもう全然ドーベルマンしてない賢いワンコ。


 ポッサムくんである。


「ふぅー! ポッサム氏は頼りになるね! おじさんと違って!」

「黙れ! お前より私の方が経験も実力も上だ!! ポッサム様には勝てんが……!!」


 おわかりいただけただろうか。

 ポッサムの飼い主はペヒペヒエス。

 最上位調律人バランサーである。


 ポッサムにはその実力から上位調律人バランサー権限が与えられており、悲しい事にこの2人はワンコのポッサムよりも階級が低い。

 ピースは同階級ならば優劣がまったく存在しない代わりに、階級が上がるとそこには絶対に超えられない服従関係が生まれる。


 今回の敵の名称はポッサム隊。


 しかもポッサムは頭良くなるステキマシーンを脳に搭載しているため、カルケル局地戦の際よりも知力が格段に上がっている。

 最近はライアン・ゲイブラムと一緒に古畑任三郎シリーズを見るのが日課だが、始まってから20分ほどでトリックを言い当てるほどに成長済み。


「アメリカ! ハゲ!! 警報鳴ってる! 仕事は迅速!! 早く行く!!」

「了解だよ!」

「……好きでハゲたわけじゃない」


 こうして、ヴァーグルはたった2時間で完全制圧されたのである。

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