第515話 【チーム莉子の夏・その5】世話焼きお姉さん塚地小鳩の「飼い猫が帰って来ませんわ!!」 ~次の日から前期試験なのに、遊びに出掛けたまま帰ってこないどら猫~

 塚地小鳩。22歳。

 夏が終われば23歳。


 年齢的にもそろそろ恋人の1人でも作って、若者らしい青春を過ごして欲しいチーム莉子のお姉さんポジション。

 出向扱いのままチーム莉子に配属されて既に半年以上経つ。


 多くの戦功と実績を上げて来た久坂剣友監察官の愛弟子であり、55番くん自慢の姉弟子でもあり、多くの若手に慕われる乙女。

 スタイルはクララにこそ劣るもののバツグンに良く、性格は好みにもよるが、その面倒見の良さと包容力はどら猫パイセンをはるかに凌駕する。


 今日もノースリーブのブラウスに程よくセクシーな膝上10センチのスカートで、清楚にキメていた。


 現在、彼女は椎名クララのアパートにいる。


 クララの飼い主……もとい、家庭教師を成り行きで引き受けてしまったお姉さんは、持ち前の責任感でその使命を全うしていた。

 「いつでも勝手に入ってくださいにゃー」と、クララからは合鍵を受けっている。


 ならば、ちょっとゆりゆりした展開を期待するのがこの世のジャスティス。

 だが、諸君。少し待って欲しい。



 この世界にそんな甘いものが存在するとでもお思いか。



 小鳩は先ほどから、部屋の掃除の真っ最中。

 ノースリーブのブラウスをチョイスしたのも、腕をまくる必要がないからである。


「ああっ! こんなところにもビールの缶がありますわ! って、中が入っているじゃありませんの!? まったく、だらしがないのですから……」


 世話焼きお姉さんの仕事は多岐にわたる。


 クララは放っておくとジャンクフードしか食べないので、定期的に食事を作り、冷凍庫で保存させる。

 洗濯も率先してやらないため、部屋を訪れたらまず洗濯機のスイッチを押す。


「……またですわ。どうしてあの子は、下着を脱ぎ散らかすんですの? いえ。確かにですわよ? これはキャミソール。インナーですわ。こっちはタンクトップ。インナー……いえ、あの子、普通にこれ着て出かけますわね。まったく、使用済みのパンツがないだけマシかもしれませんけれど。……使用済みのブラジャーはありましたわ。もう一度お洗濯ですわね」


 さらに、クララは服や下着に無頓着過ぎるため、放置しておくとどんなにヨレヨレになってもそれを着続ける。

 何なら、そのまま外出してしまう。


 大学指定の体操服でイオンモールに繰り出したのは記憶に新しい。

 そのため、小鳩が3か月に一度、新品の下着を購入し、服も季節に合わせて自分の持っているものをプレゼントしたり、新しく買いに行ったりしている。



 お母さんだろうか。



 小鳩お姉さんは、いつの間にかクララの大学の出席状況に始まり、体重、スリーサイズ、前月のソシャゲの課金額まで全てを把握するに至る。

 彼女はきっと、いいお嫁さんになるだろう。

 浮いた話がないのが返す返すも実に残念。


 六駆くんや南雲監察官、55番くんなどと過ごしているうちにかつては猛威を振るっていた男嫌いもじわじわと解消されており、この清楚な世話焼きお姉さんの春は多くの者が待ち望んでいる。


 ところで、明日から日須美大学は前期試験が始まる。

 その追い込みのため、今日から小鳩はしばらくクララの部屋に泊まり込むのだ。


 布団はクリーニングに出しておいたし、着替えの服と下着も準備万端。

 食材も買い込んでいるし、何なら大量のカレーを先ほど作り終えているため向こう3日は食事の心配もない。


 さすがのクララもこれほどのお膳立てをされたならば、試験を突破できるだろう。


 と、お考えの方はもういないかと思われる。

 そう。壮大なフリはそろそろ終わる。


 現実と対峙するお時間がやって来た。



「……どうしてぇ!! クララさんは帰って来ないんですの!? もう夜の10時ですわよ!? 明日は試験が3つもありますのよ!? しかも、そのうちの1つはクララさんの特に苦手な英語!! あの方、経済関係以外はだいたい全部苦手ですのに!! ハローとグッバイとおっぱいしか単語を知らないですのに!! ……どうして帰って来ないんですのぉぉぉ!?」



 どら猫パイセン。

 まさかの帰宅拒否を繰り出していた。


 ちなみに今、彼女はミンスティラリアで泳いだ後、魔王城にて水着のまま麻雀をしている。

 最近はアリナ・クロイツェルとバニング・ミンガイルも麻雀を覚えたため、ファニコラも含めた4人で2週間におよぶ長期戦を楽しんでいるのだ。


 小鳩さん。

 堪らずスマホを取り出した。


「あ、もしもし? 莉子さんですの? 夜分に失礼いたしますわ。今ってよろしかったですか? ……ああ。六駆さんのお宅に。ええ。……よろしいんですの?」


 ここでクララに電話をしない辺りに、小鳩がどら猫巧者である貫禄が垣間見える。

 このケースは、既にクララが「もう、明日の試験は諦めるにゃー。明後日からに切り替えていく!!」としょうもない決意を固めているため、電話などいくら鳴ろうが無視するのは必定。


「ええ。そうですの。……やっぱり。ミンスティラリアでしたわね。あの、六駆さんにお願いできます? 本当ですの? 助かりますわ。お願いします。えっ? 大人の下着が買いたいけど、お店に行くのが恥ずかしい、ですの? ……分かりましたわ。今度ご一緒します。……え、明日!? わ、分かりましたわ。ええ。莉子さんのお願いですもの。お気になさらないでくださいまし。はい。では、失礼しますわ」



 小鳩お姉さん。どんどん面倒事を引き受けていく。



 だが、今は目下の問題から片付けていくのが先決。

 アパートの駐車場に生えて来た門をくぐり、小鳩さんは異世界へ。


 何故か手には愛槍が握られていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミンスティラリアの魔王城では。


「にゃははー! バニングさん! それロンですにゃー!! リーチ、タンヤオ、ピンフ、イーペーコー!! 満貫ですにゃー!!」

「ぐっ。クララにまたやられたか……。アリナ様、お気を付けください。クララの雀力はかなりのものですぞ」


「ふふっ。妾は先ほど、クララの七対子にやられておる。まったく、世の中には多くの達人がいるものだな」

「ぬははっ! やっぱり麻雀は楽しいのじゃ!! おっ?」


 槍を持った小鳩さん、転移完了。

 すぐに逃げ出したどら猫パイセン。水着で身軽なおかげかその動きは速い。


「うげげっ! 小鳩さん!? なんでここが分かったにゃー!?」

「わたくしをバカにされてますわね!? そんなもの、莉子さんや六駆さんに聞けばすぐですわよ!! クララさん!! 明日の試験から逃げるだけで、6単位も失いますのよ!?」


「大丈夫だにゃー。まだ残り32単位もあるですぞなー!」

「大丈夫じゃない人の常套句ですわよ!! どうして明日の試験から逃げる人が!! 残りの単位を全部取得できる見積もりを立てるんですの!? あっ、お待ちなさい!!」


 小鳩さんはチーム莉子の乙女の中で、最も早くAランクになり、最も長くAランクに在任している。ちなみに戦闘力はEランク探索員。強い。

 つまり、クララよりもフィジカルは上であり、同じスタイル抜群乙女でもそのスタイルが運動の邪魔をしない。


 なお、どら猫パイセンは結構邪魔をする。


「うにゃー……。捕まってしまったぞなー。小鳩さんが紐引っ張るからー。水着のブラも取れちゃったにゃー」

「こうなったら、わたくしにも考えがありますわよ!! シミリートさん、いらっしゃいますか!?」


「くくっ。いかがされた。お嬢さん」



「かつて六駆さんに使用した、時間の流れを歪める異空間発生装置! 貸してくださいまし!! クララさんと一緒に中に入りますわ!! ……2日、いえ、3日ほど!!」

「え゛っ!? い、嫌だにゃー!! 分かったぞなー! 帰って勉強するぞなぁー!!」



 小鳩はにっこりと笑う。


「クララさん? もう、遅いのですわよ?」

「う、うにゃあー!!!」


 それから、首根っこを掴まれたどら猫パイセンはシミリート特製の異空間へと引きずられていった。


「やはり彼女らも六駆の仲間だけあって、皆が個性に優れておりますな」

「そうであるな。小鳩は攻防のバランスが実に良い。あれはもっと強くなるだろう」


「クララが抜けてしまったので、ダズモンガーを呼ぶのじゃ!! 一気に差を詰めるチャンスなのじゃ!!」


 その後、アリナさんはダズモンガーくんから生まれて初めての役満を上がり、クララはちょっとだけ痩せた状態で明け方になって異空間から戻って来た。

 ちなみに小鳩お姉さんのスパルタによって奇跡的に8割の単位を前期で取得したクララ。


 こんな小鳩さんお姉さんにお世話されたいと言う方は、南雲監察官室、もしくは久坂監察官室までご連絡ください。

 両監察官とチーム莉子のメンバー全員による厳正な審査のうえ、合格した場合はお見合いの権利をゲットできます。

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