第568話 【カルケル局地戦・その3】緊急出動! マスクド・タイガー隊!! ~乙女たちも深夜労働!!~

 ミンスティラリア魔王城は深夜にも関わらず慌ただしかった。


「どうした、芽衣。ぐあっ!? よせ、クララ!! どうして私をタイガーにする!?」

「うにゃー! バニンガーさんだって、アリナさんの圧迫セクシーに耐えられなくなって逃げて来た事は分かってるのにゃー!! 観念して、一緒にお仕事するぞなー!!」


「し、仕事!? いや、しかしだな。私は久坂殿にかなり怒られたのだぞ? それはほんの数日前だ。さすがに舌の根の乾かぬ内に再び約束を反故にするわけには」

「バニンガーさん! モニターの向こうにいるのは楠木さんだにゃー! 協会本部の偉い人だぞなー! 南雲さんと南雲さんと久坂さんの次に偉いと思うにゃー!」


「そ、そうなのか!? 名前だけは伺った事がある。確か、我々の身柄の引き渡しを迫る多くの探索員協会に対して自ら対応して頂いたとか」

「実は! 楠木さんってばミンスティラリアに資材の寄付をしてるんだにゃー!! しかも自分の監察官室の予算からだにゃー!!」


 バニンガーさんは頭に載せられた虎のマスクを掴む。

 先ほどから微妙にオリジナルの方の名前が主張しているのは、顔が結構露わになっているからである。


「分かった。覚悟を決めよう。久坂殿、すまない。私は義に対して常に正直でありたい」

「嘘だにゃー!!」


 バニンガーさんがバニンクさんになった。

 虎のマスクを叩きつける。

 虎の毛が髪に付いていたため、ギリギリ濁点からは逃れる事に成功。


「どうして嘘をつくのだ!」


 サーベイランスから控え目な声が聞こえて来た。

 声の主はもちろん楠木監察官。


『あの、こうしてお話をさせて頂くのは初めてですね。ボクは楠木秀秋と申します。椎名さんの言っておられること、手前みそになり恐縮ですが。……事実です』


 床に転がっていたマスクを手に取ると、素早く被った彼の名前は。



「お待たせした。マスクド・タイガーと申します。……クララ、何故お前は嘘をつく? 咎めてはいない。だから頼む。嘘をつく癖をアリナ様に教えるな。頼む」

「にゃはー!!」


 ごきげんよう。こちらはマスクド・タイガーさんです。



 その間に芽衣ちゃんは全員の探索員装備を用意。

 先ほどまでは謁見の間で高校の課題を消化していた勤勉な少女は、せっせと裏方の仕事もこなす。


「あれれ? 芽衣ちゃん、どこか行くの?」

「みみっ。莉子さん、芽衣が探索員装備でコンビニに行くと思ってるなら心外なのです。みみみっ」


「あ。もしかして任務かなぁ? サーベイランス動いてるし」

「みみみみっ。莉子さんが全然やる気ないです。これは間違いなく六駆師匠が目を覚ましたです。何もせずとも分かるのです。みみみみっ」


「えへへ。そうなんだよぉー! 六駆くんの寝顔をスマホで連続シャッターしてたらね! 起きたの! これって愛だよねっ!!」


 シャッター音がうるさかっただけである。


「みみっ。芽衣ではどうにもならないのです」

「莉子ちゃん、莉子ちゃん! 夜に牛乳飲むと、運動してカロリーを汗にしとかなきゃだぞなー!!」


「そうなんですか?」

「そうだにゃー! さもないと! 太るのにゃー!! お腹プニプニだぞなー!!」


 装備を乱暴に掴むと、部屋の隅のカーテンに隠れた莉子ちゃん。

 パジャマが飛んで来たかと思えば、次の瞬間には装備を纏った臨戦態勢乙女がそこにはいた。


「みんな! がんばろー!!」

「確実に六駆の影響が色濃く出ているな。と言うか、かつての六駆の要素が全て移動したようにも見える。皆、楠木殿との話はついた。戦場に向かおうか。このタイガーが微力ながら指揮を執らせてもらう。それからクララ。お前、また嘘をついたな?」


「にゃははー!! よく分からないにゃー!! お着替えするにゃー! 芽衣ちゃん!!」

「みみみみっ!!」


 マスクド・タイガー隊が出動したのはそれからすぐの事である。

 六駆くんが寝ぼけていたので、『ゲート』を発現したのは魔王城の厨房でダズモンガーくんと一緒におはぎ作ってたみつ子ばあちゃんである。

 傍にはあんこと愛情を米で包んでいる小鳩お姉さん。


 みつ子は「あたしゃいつでも行けるけぇね!!」と言って袖を捲っていたが、ばあちゃんを戦場に出すと楠木監察官の苦労とタイガーさんの決意が全部台無しになるので、おはぎの精製に従事しておいてもらう事になった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 カルケルに門が生えてくると、タイガー隊が現着を果たす。


「しかし『ゲート』で使用する『基点マーキング』を術者同士で使い回せるのか。とんでもなく便利なスキルだな。一体どこで覚えたのか」

「んー。詳しく聞いたことはないですけど、お義父さんも使えますよ? おばあちゃんは六駆くんから習ったって言ってたので。……あれ? お義父さんが始祖なのかなぁ?」


 なお、『基点マーキング』を構築できるのが六駆くんだけなので、やはり彼ありきのスキルではある。


 それでもタイガーさんの中で『ゲート』の習得難易度が急降下した。

 「今度六駆に習ってみるか」と彼は思ったらしい。


「みみみっ! タイガーさん! あっちで誰かが誰かに拘束されてみ゛み゛み゛っ」

「にゃはー。早速おじ様と遭遇してしまったのにゃー」


 芽衣ちゃんは先んじて、木原監察官が捕獲された報を受けていた。

 それでも彼女は「みみっ。探索員としてのお仕事なのです。私情は挟まな……挟まないの……です。み゛み゛っ」と、どんどん大人になっていく姿を見せた。


 だが、内心では「割とどうでも良いのです!」と思っており、「もうピースさんに連れ去られてたらラッキーなのです!!」と祈っていた事実。

 しかし、普通に球体で囚われている木原監察官がフワフワと浮いていた。



 ちょっとだけフリーズした木原芽衣Bランク探索員である。



「またしても仕組みの分からんものが出て来たか。本来ならば専門家が指揮を執るべきなのだろうが、誰も知らんのでは致し方がない。基本的なスタイルで攻めていくか。クララ。けん制を頼む。察するに、もうこちらに気付いているだろうがな」


 さすがは元アトミルカの大黒柱。

 虎の皮を被った武人。マスクド・タイガー氏。

 落ち着いた用兵を見せる。


「久しぶりにちゃんと弓を持って来たのだにゃー!! 行くにゃー!! 『超電磁一矢レーザーアロー』!!」


 パイセンは何もしてないいと思われがちだが、大学に行きたくない気持ちが溢れ出し過ぎた結果、「今日は訓練するにゃー!!」と言って小鳩さんの監視をかいくぐる事が非常に極めて大変よく見受けられる。


 その結果、勝手にスキルの練度を上げていく「私生活にやる気がないから、探索員のレベルを高める」スタイル。

 ここのところやる気なし乙女はピース上位調律人バランサーのナディア・ルクレールさんに譲っていたが、本家のやる気なしどら猫は一味違う。


「わぁー! クララ先輩、すごい!! もう完全にレーザーだよー!!」

「威力は文句のつけようがない。何より、溜めの予備動作なしでこれが撃てるとは。遠距離タイプの使い手として高水準だ」


 最強格にも褒められるパイセン。

 なお、ぼっちも極め終わったため「どうせ褒められてもお世辞だにゃー」と、残念な方向に心が強化されている。

 クララパイセンの心はまったく揺れない。



 胸を揺らすと色々まずいリーダーがいるため、今回は何も揺らさない盤石の構え。



 ちなみに、放たれたレーザーはペヒペヒエスの構築した謎の煌気オーラ力場で消滅している。

 彼女は「あらあらー。えらいことやんか。誰かええ子来たらラッキー思うて待機しとったらやで? むっちゃ若い可愛い子がいっぱい釣れたやん。これは是非ともデータ欲しいで。多分な、女の子のコピーとか、世の中のおっさんむっちゃ好きやん。なぁ?」とペヒやんは納得した。


 おっさんたちの歓喜の声が響くのだろうか。


「奇妙なシルエットだな。異世界人か。私も長く反社会的勢力を率いて来た身。異世界人にも多少の慣れはある。監察官たちの身柄を返してもらおうか。ご婦人」


 ペヒペヒエスの瞳が光った。

 ハート形の光を携えて。


「聞いた? ポッサムぅ! あのダンディな髭の子!! 今な、おばちゃんのことをご婦人言うたで!? なぁ! 現世にこんなナイスガイがおったんか!! よっしゃ! あの男子、絶対連れて帰ろ!!」


 残念なお知らせである。

 ペヒペヒエスさんのターゲットが若くて可愛い女の子から、渋くて髭の似合う男の子に変更されました。


 乙女たちのコピー部隊の可能性は儚くも散ったのだ。

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