第356話 恋が舞う ~デート三昧だ! 小坂莉子!!~
3月も末のある日。
学生たちは春休みを過ごしている時分である。
こちらは御滝市水族館。
ここにも、春休みを謳歌する高校生カップルが1組。
「莉子! あそこでソフトクリーム売ってるよ! 食べよう! 僕が買って来るから!!」
——なん……だと……。
誰かと勘違いをしてしまったのだろうか。
今日もショートパンツにニーソックスの鉄板コーデで健康的な太ももを武器に戦う、恋する乙女。
胸部が慎ましいのでバッグをたすき掛けにしても特に起伏が生まれない。
よって、誰の邪な視線も気にする必要のない乙女。
彼女は確かに小坂莉子である。
春休みに入って1週間。
男と出掛けた日数は驚異の5日。
胸囲がないからと言って、そんなに頑張らなくても良いものを。
恋する優等生は「時間は有限なんだから! 一緒にお出掛けできる日は全部予定組んじゃおー!」と、デートのマラソンを敢行していた。
「お待たせ! 莉子はイチゴの方が良かったよね? はい!」
「わぁ! ありがとー! えへへ。好きな人に好きなものを覚えてもらえるのって幸せだねっ!」
「あっ、ちょっと待って! 今、ベンチにハンカチを敷くからね! せっかくおめかしして来たんだから、汚れちゃいけない!!」
だからお前は誰だ。
認めたくないが認めないと話が進まないので致し方なく認めよう。
この男は逆神六駆。
ホモサピエンスの面汚しでお馴染み、逆神家の6代目である。
それが、どうしたと言うのか。
女子が座る前にハンカチを敷くなんて仕様はこれまでに報告がない。
それどころか、たとえ相手が莉子であろうとも、食べ物を奢るなどと言う事が逆神六駆にあっても良いのだろうか。
これは、重大なアイデンティティの欠如ではないか。
「いやー。ソフトクリーム食べるのはまだ少し肌寒いね! でも、くっ付いてるとちょうど良いや! ね、莉子さん!」
「もぉぉ。六駆くんってば、恥ずかしいでしょー」
帰って来てくれ、逆神六駆。
それとも、我々が見ているこの現場はパラレルワールドなのだろうか。
最近の研究でも、いわゆる並行世界の存在は研究され続けており、何人もの研究者がその存在を認めている。
つまり、我々は知らないうちに「逆神六駆がジェントルマンな世界」に転移してしまったのではないか。
「ところで、莉子さん」
「あ、うんっ! はい、これ! ソフトクリーム代! 2つで700円だったよね? じゃあ、千円札ねっ! お釣りはいつも通り六駆くんにあげる!!」
「うひょー! 莉子さん、愛してる!! いやー! ご馳走でもしてもらわないとソフトクリームなんて絶対に食べないからさ! 味も格別だなぁ!!」
良かった。いつもの六駆だった。
莉子は今しかない高校生活を満喫していた。
彼女は六駆に添い遂げる気満々であり、その点に関してはもはや我々が何を言ったところで意味はないだろう。
むしろ、下手な事を言うと苺色の熱線が飛んでくる可能性すらある。
だが、莉子も気付いている。
六駆は多分、いやさ確実に大学進学はしないであろうことを。
つまり、同じ学び舎で過ごせるのもあと1年。
別に高校卒業したってどうせデートするんだから変わらないじゃないかと思わないでもないが、この考えを莉子さんに聞かれると非常に大きなため息をつかれる。
「六駆くん! ペンギンのショーが始まるんだって! 行こー!!」
「よし来た! ショーって良いよね! 見てるだけでお金取られないところがステキ!!」
2人は腕を組んで歩いて行く。
その様子は、どこから見ても仲睦まじい高校生カップル。
もう、「そいつ中身46のおっさんだぞ」と指摘するのはヤメたのだ。
莉子さんは、中身46のおっさん高校生に恋をしている。
手遅れなのである。何もかもが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、ペンギンが編隊を組んで滑走している様を見ていた六駆と莉子だが、ここで思わぬ人物と遭遇する。
「ややっ! 逆神くんと小坂さんじゃないっすか! 奇遇っすねー!」
「あらー! 山根さん! どうしたんですか!? 御滝市に何か用でも?」
山根健斗Aランク探索員、彼の住まいはここから50キロほど離れている。
そんな彼の傍らには、清楚な美人が1人。
「わぁ! こんにちは、日引さん! 山根さんとデートですかぁ?」
「ふふっ。そうなの。山根さんったら、知り合いに会いたくないからってデートはいつも遠くを選ぶの。仕方のない人なんですから」
日引春香Aランク探索員である。
ご存じの方も多いかと思われるが、念のためにおさらいしておこう。
山根と日引は付き合っている。
彼らは2人とも日本探索員協会において屈指のオペレーターであり、それぞれが監察官室と上級監察官室の中核を担っている。
最近、五楼が「日引に寿退社されては敵わん。せめて子供ができるまでは働いてもらいたいのだが」と南雲に相談しているくらいに有能である。
「逆神くんたちもデートっすか! いやー! 相変わらず、公私にわたって仲良しっすねー! 腕なんか組んじゃって! くーっ! 青春っすねー!!」
「何言ってるんですか、山根さん! 山根さんだってまだまだ若者ですよ!!」
「逆神くんが言うとあれっすね。言葉の重みが違うっす」
「もぉぉ。六駆くんってば、ちょっと目を離すとすぐおじさんみたいなこと言うんだからぁー」
六駆の中身を知っている稀有な人間、山根健斗。
この情報は機密性が極めて高いため、恋人の日引にも言っていない山根は情報リテラシーの面でも優秀である。
「日引さん! ここの食堂、ちらし寿司が絶品でしたよ! 水族館でイクラとかマグロの乗った食べ物をチョイスする背徳感! 是非味わってください!」
「そうなんですね! 逆神くん、彼女にご馳走するなんてやりますねー!!」
「えっ!?」
「はいっ! 六駆くんはとってもステキな男の子なんですよぉー!!」
莉子さんはダメな亭主を立てる、とってもステキな女房である。
「そんじゃ、自分たちは行くっすね! こういう時は長話すると、後から女子に文句言われるのがパターンっすから!」
「なるほど! 勉強になります!! さすが山根さん、世渡り上手だなぁ!!」
「あー。こんなこと言ってますよぉ? 日引さん! どうしますかー?」
「まったく、男の人には困ったものですね。でも、そんなところが結構可愛かったりするんですよね」
莉子は「分かりますっ!!」と言って、日引と熱い握手を交わした。
山根たちと別れたあとは、深海魚のコーナーで「こんなモンスター見た事あるなぁ」と毒にも薬にもならない会話を弾ませる六駆。
「えへへ。楽しいねっ!」と、莉子は終始ご機嫌だったと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃。
南雲監察官室では。
「やれやれ。やっと計画立案書が仕上がった。休日返上で取り掛かっても仕事は減るどころか増えるばかり……。コーヒーでも飲むか」
独りデスクワークに勤しむ我らが監察官、南雲修一。
そこにやって来たのは。
「南雲。貴様、やはり出勤していたか。ちょっと気を抜くとすぐにオーバーワークをする。休日はしっかり休めと言っているだろうが」
「そういう五楼さんだって人の事は言えませんよ。ちょうどコーヒーを淹れたところなんです。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
五楼は「ふっ。良かろう」と言って、空いた椅子に腰かける。
彼女の前に特製ブレンドを差し出す南雲。
「……ところでな。貴様、映画は見るか?」
「はい。好きですよ。特にバックトゥザフューチャーが好きでして。確か、リバイバル上映しているんですよ。本部の近くの映画館で」
「知っている。……ここにな。偶然。そのバックトゥザ何とかのチケットが2枚ある。……貴様がどうしてもと言うのなら、付き合わんでもないが?」
「えっ!?」
パリピの宴は終わらない。
南雲監察官、どうやら出番のようです。
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