第355話 道拓ける ~大学卒業だ! 塚地小鳩!!~

 塚地小鳩はこの春、大学を卒業した。

 探索員の仕事も1ヶ月ほど休暇を取って、実家の両親に顔を見せに戻ったり、離れ離れになる学友たちと卒業旅行をしたりと、思い出作りに奔走していた。


 桜が咲き誇る3月の下旬。

 彼女は諸々の手続きをするために協会本部の建物を訪れていた。


「はい。書類に不備はないですね! それでは、お預かりします!」

「申し訳ございませんわ。日引さん。本当ならばお師匠様の監察官室から手続きをする予定でしたのに。お手間をとらせてしまいまして……」


 塚地小鳩は結構面倒な立場にある。


 現在、彼女は南雲監察官室所属のチーム莉子に参加しているが、元々の所属は久坂監察官室。

 籍は久坂監察官室に残したまま、実務を南雲監察官室で行っているため、このように書面での手続きを行う際は踏むべき手順が多く、煩雑になる。


「いえいえ。久坂監察官から直々に頼まれていましたので、お気になさらず!」

「本当に申し訳ございませんわ」


 久坂剣友は監察官だが、既に監察官室所属の探索員は2名であり、本人も「ワシ、年寄りじゃけぇ」と言って憚らないので、毎日協会本部に出勤してくるわけではない。

 ちなみに、今日も自宅でのんびりしている。


「それにしても、塚地さんが探索員を辞めようと迷っておられたのは意外でした! 何か、やりたい事があったのですか?」


 小鳩が探索員としてやっていくべきかどうかを迷っていたのは、かつて彼女が就職活動をしていた際に語った通りである。

 誰しも、傍から見れば「こんな天職はない」と思えるものでも、「このままでいいのだろうか」と迷うものであり、小鳩も例外ではなかった。


 だが、その迷いは吹っ切れたようだった。

 彼女は清々しい顔で答える。


「わたくし、お師匠様のところでがむしゃらに修行ばかりしていたので、視野が狭くなっている自覚がありましたの。ですが、この半年でやっぱり自分が向いていた道は正しかったのだと確信に至りましたわ!」


 日引春香も「うんうん」と同意する。


「南雲監察官室に出向してから、塚地さんは生き生きしておられましたから! 良かったですね、ステキなパーティーメンバーと出会う事ができて!」

「ええ。本当にそうですわ。チーム莉子の皆さんがいなければ、専業探索員の道を諦めていたかもしれませんもの!」


 五楼上級監察官室で、探索員としての契約更新を済ませる小鳩。

 つまり、探索員協会に骨を埋める覚悟を決めたのだ。


「ほう。塚地か。貴様には期待している。ゆくゆくは監察官を目指すと良い」

「五楼上級監察官!! お、お疲れ様ですわ!!」


「貴様の実力ならば、経験を積んで実績を残せば私よりもずっと若くして監察官になれると思うぞ。今の監察官の陣容は男女比率が不均衡だからな。貴様には期待している」

「も、もったいないお言葉ですわ! わたくしなんかが……!!」


 五楼は「ふっ」と笑って、小鳩にエールを送る。


「そこで言い淀むのは、つまり不可能ではないと自分でも思っている事実だな? 南雲のところは実績を増やすに適しているし、久坂殿を師事し続けるのもまた正しい判断だ。貴様にはいつまでも学生気分で……などと言った、常套句も必要なかろう。励めよ!」


「は、はい! 頑張りますわ! ありがとうございます!!」

「五楼さん、実はずっと塚地さんに応援の言葉をあげたくて後ろで待っていたんですよ。不器用な声援ですけど、しっかり受け取ってあげてくださいね!」


「ひ、日引! 余計な事を言わんでも良い! 手続きが済んだら、仕事に戻らんか!」

「はい! では、塚地さん。またお話しまょうね」


 小鳩は頭を下げて、協会本部を後にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ほお! よぉ来たのぉ、小鳩! ちゅうか、すまんかったのぉ。手続き、面倒じゃったろ? ワシより五楼の嬢ちゃんのとこに任せた方がええと思うて手配したんじゃけど、それでも手間がかかったはずじゃ」


 久坂剣友の自宅にやって来た小鳩。

 まだ休暇中の彼女は、本日、師匠に呼ばれていた。


「いいえ! お師匠様が手回しをしてくださっていたおかげで、スムーズに済みましたわ! こちらこそ、お手間をとらせてしまい申し訳ございません」

「まあ、はよう上がれぇ。ちゃんと腹ぁ空かせて来たかいのぉ?」


「ええ! もうペコペコですわよ!」

「ほうか! そりゃあええのぉ! ひょっひょっひょ!」


 久坂がニカッと笑う。

 小鳩は玄関で靴を脱ぎ、久坂のいる縁側に向かった。


 久坂の家には大きな桜の木が植わっている。

 彼が住み始めた数十年前にはもう巨木として存在していたらしいので、さぞかし年代物の大ベテランだろう。


「やっぱりのぉ。自分の弟子と花見ができるっちゃあ、師匠冥利に尽きるけぇ。年寄りの趣味に付き合わせて悪いのぉ」

「とんでもないですわ! わたくし、お師匠様と過ごす時間は大好きですもの!!」


 久坂は「嬉しい事を言うのぉ」と表情を緩める。

 そこに、鍋を抱えた55番がやって来た。


「久坂剣友! すきやきの準備が整った! 塚地小鳩! 姉弟子の門出を祝えること、私は幸せに思う!!」

「まあ、55番さんったら。大袈裟ですわよ」


「確かにそうかもしれん! さあ、あとは肉を焼くだけになっている!!」

「ほぉ! 美味そうじゃのぉ! 小鳩、聞いてくれぇや。55の、意外と料理が上手いんじゃ。しかも、和食なんぞ見た事もなかったらしいっちゅうのに。いつの間にやら鍋に煮物にとバリエーション増やしおってのぉ!」


 55番は「大したことではない! 『きょうの料理』の教え方が上手かっただけだ!!」と答えて、小皿とグラスを並べる。

 これにて、食事の準備は完了。


「今日はのぉ、とっておきの酒があるんじゃ。すきやきも上等の肉をうちょるからのぉ。小鳩の卒業祝いじゃけぇ、盛大にやるで!」

「ありがとうございますわ! けれど、お師匠様? 毎年のようにお花見はしていますわよね? わたくしを肴に飲み過ぎてはいけませんわよ?」


「ひょっひょっひょ! こりゃあ厳しいのぉ! 小鳩も言うようになったわい! 55の。今日くらいはちぃと飲み過ぎても良かろう?」

「ダメですわよ! お師匠様には長生きしてもらわないといけませんわ!!」


「確かにそうかもしれん! 久坂剣友! あなたには日本酒をグラス一杯のみ許可することにしよう! あとはノンアルコールビールを用意しておいた!!」

「なんじゃ、お主ら。寄ってたかって師匠の楽しみを奪いおってからに」


 小鳩と55番は顔を見合わせて「ふふっ」と笑った。

 タイミングよく強い風が吹いて、庭の桜の木を揺らす。


「ほぉ! 見てみぃ、小鳩! お主の門出を桜のヤツも祝いよるで! 散り桜にゃあ早かろうが、桜吹雪の大盤振る舞いじゃのぉ!」

「確かにそうかもしれん! 塚地小鳩、肉が良い塩梅に仕上がっている! 食べてくれ! あなたは酒も大いに飲んでほしい!!」


 塚地小鳩は学生から社会人へ一歩を踏み出した。

 だが、彼女の歩く道には多くの人が寄り添ってくれている。


 ならば、時にでこぼこした悪路を歩く時にも、心配はいらないだろう。


「うふふっ。お師匠様、お酌させてくださいまし」

「おお、悪いのぉ! ほいじゃあ、なみなみ注いでくれぇ! こぼれるくらいにのぉ!」


「ダメですわよ。55番さんも、わたくしが注いで差し上げますわね! 今日は泊まらせて頂くつもりですから、大いに飲みましょう!」

「姉弟子の誘いは断らないのが流儀と聞く! お供しよう! 塚地小鳩!!」


 ささやかな宴席は、長らく続いた。

 来年も再来年も桜は咲くだろう。


 ならば、彼らの未来も同じように、綺麗な花を咲かせ続けるかと思われた。

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