第1242話 【ここまで電脳ラボが仕事をしました・その3】「父親がゴミでしたわい」 ~やさぐれじいちゃん、ついに自伝を読まず。ただし建設的な方針は定めた~

 喜三太陛下記念館。

 偉大なる皇帝陛下のバルリテロリ勃興の足跡はもちろん、陛下がこの地へと転移されて来る前の出来事も記された自伝が保管されている。


 喜三太陛下は中身の年齢が令和のご時世における日本人の平均寿命を余裕で突破しておられるため、昔の事なんかは思い出した時に書き残しておかないとガチのマジで忘れる。

 そのため、自伝は陛下が御存命の限り増え続けるし、陛下はお隠れしないため、やる気がなくならない限りは永久に増え続けるという事になる。



 現在、ちょっと心が折れたので次の転生周回へ向かえるかは不透明。



「と、いう訳でござまして。喜三太陛下の御父君であらせられた次郎三郎仁右衛門様が命を賭けて御創りあそばされた転生周回の縛り。こちら、現世におかれる本家逆神家の皆様に引き継がれ、今日まで初代であり、悪の権化、逆神人殺助ひところすけの命脈を断つべく崇高な使命として皆々様は」

「待て。貴官」


「……なぜ止める? 私がじゃんけんで負けたから、朗読役を引き受けたというのに。良いか? 喜三太陛下の自伝には何故か登場人物のセリフが多い。しかし、朗読において登場人物ごとにセリフの読み分けをするのは好き嫌いがかなり分かれるとされている」

「ああ。聞いた事がある。声優さんの朗読で、一方では心が込められていてすごい、最高、良いと絶賛されたかと思えば、他方ではセリフにいちいち力を込められると聞きづらいと文句が出ているとか」


「私は思う。朗読役の声優さんが表記されているのだから、それを選んだ時点で文句を言うなよ、と」

「貴官。それはいささか乱暴ではないか? 金銭の支払いが行われている以上、まあ限度があるのは大前提として、だ。思った事を口にするのもよかろう」


「全肯定しろとは言っていない。ただ、思っていたのと違うからと言って酷評しても良いという議論にはならんだろう。貴官がクレープを食べたとしてだ。生クリームよりもカスタードクリームの方が主張が強かったとする。貴官は生クリームたっぷり派だ。であれば、金返せと申し出るか?」

「待ってくれ。そのクレープは美味しいのか? まずそこが気になる」


「とても美味しい」

「では、ちょっと失敗したなと自戒に苛まれるかもしれんが。美味しいものに対して自分の理想と違ったからと返金を求めるのは違うと思う」


「同じことだ。朗読サービスも。全てを自分好みにカスタマイズしたいのであれば、4桁の金額で文句を言うのは違う。どうしてもと言うのなら、好みの声優さんを自費で雇い、相応の金額を支払って朗読してもらえば良い。サービスを受ける側には当然、意見する権利はある。あるが、金額に見合っていない過剰なサービスを求めるのは最早ただのクレーマーだ」

「そうか。……私が間違っていた」



「パンジー! サルビア!! 現実逃避するなよ! 皇太子殿下が全然、まったく話を聞いてくださってないんだよ!!」


 四郎じいちゃん、あろうことかワイヤレスイヤホンを耳に装着済み。



 逆神家の中で随一の良識派。

 初期ロットの孫に飯代稼がせて自分はお弁当とか晩ごはん作って生活していた時分を恥じるほどの人格者。


 息子の育成失敗を悔いており、孫が真っ当に働いている事に感激するじいちゃん。


 そんな逆神四郎が、あろうことか、自伝読んでもらうために案内された喜三太陛下記念館で「そんなもん読みたくない」と拒絶。

 「さすれば我らが朗読いたしますので、どうぞご清聴くださいますれば」と頭を下げるパンジー、サルビア、ハボタンの外れくじ引いちまった電脳ラボトリオの申し出に対しても「聞きたくない」とよもやのワイヤレスイヤホン。


 しかも大音量。


 広島県因島が生んだロックスター『ポルノグラフィティ』をメドレーで流している。

 ポルノグラフィティと言えば今もなお広島弁を使い続けている広島県をはじめ山陽、山陰のソウルミュージックアワー。隣県では応援していない者を探す方が難しいとされる。

 かのバンドはやはりラテンサウンドを取り入れた楽曲が有名、基本的にロックを想像する者が多いかと思われるが、バラード系にも名曲は多い。

 シングルに絞っても『愛が呼ぶほうへ』や『シスター』に『フラワー』等々、とても良い。


 さて、四郎じいちゃんはと言えば。


「ほっほっほ。『サウダージ』から『アゲハ蝶』を経て『ジョバイロ』で『オー! リバル』と。やはりこの流れは老骨が喜びますわい。さて、もう1度ひらりひらりと舞い遊びますかの!」


 ラテン調ロックで纏めていた。

 大音量で聴いている。


 おわかりいただけただろうか。



「どうするんだ!? 陛下の御敗北が決定したのに!! ぜんっぜん聴いてくださってないが!? これ、どうするんだ!? しかもあっちで陛下が普通に語っておられる!! 我々、今、何してるんだ!?」


 喜三太陛下記念館にいる者全てが無為な時間を過ごしていた。



 そんな時に救いの足音が静まり返った、いやさ失礼、四郎じいちゃんのイヤホンが音漏れしている館内に響いた。


「みつ子おばあ様! 四郎おじい様!! 大変なお知らせを持って参りましたわ!!」


 小鳩さんがやって来た。

 これで勝つる。


「あらぁ! 小鳩ちゃん、そねぇに急いでどねぇしたんよ! まあまあ、もみじ饅頭がここにあるけぇ食べぇさん!! サルビアちゃん、お茶淹れて来てくれるかいね?」

「はっ。すぐに」


 博物館での飲食は厳禁。

 展示物によってはオッケーな場所もあるが、9割はNGと考えて良い。


 喜三太陛下記念館も当然、飲食禁止である。


「……ふっ。小鳩、さすがに若いな。私はついて行くので必死だったが」

「……チュッチュチュッチュチュッチュ」


「これさえ背負っていなければな!! 私とてまだ遅れは取らなかった事だけは知っておいてもらおうか!! 降りろ! サービス!」

「ふん。……チュッチュ・サンキュー・高見沢」


 近頃は狂言回しとしても重宝されているバニングさんが、狂言回しの邪魔者サービスさんを背負って到着。

 プラスマイナスで考えるとちょっとマイナスが勝つので、2人は外で待っていてもらった方が良かったかもしれない。


「バニングさん、顔色がいけんねぇ! こっちに生もみじ饅頭もあるけぇね! 食べぇさん、食べぇさん!!」


 生もみじ饅頭とは、しっとりとした生地が特徴である。

 大変に美味でその味は無類と評して過言ではないが、食べた後は手がベタベタする。


 直後に本など触ろうものなら、ギルティ。


「あ。結構でございますよ。もう、陛下の自伝で御手を拭いてください」

「お茶淹れて参りました!!」

「大和ミュージアムって最高ですね!!」


 結局、喜三太陛下記念館で得たものは特になかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 小鳩さんがもみじ饅頭と熱めのお茶を頂きながら、逆神老夫婦に報告する。


「南雲さんと六駆さんがお話合いをしておられますのよ。まだ決定したという知らせは聞いておりませんけれど。わたくしの経験則をもとにした考えで恐縮ですけれど。けれど! 確信に近いものがありますわ!! 六駆さん、バルリテロリを戦地にして! 逆神人殺助さんを呼び出したのち! 恐らく、恐らくというのはそうならなかったら良いなと言うアレですけれど!! 恐らく、この地で全部綺麗にしてから現世に戻られるおつもりだと思いますの!! わたくしの考えは間違ってますわよね!?」


 四郎じいちゃんがワイヤレスイヤホンを外した。

 左耳の方が転げ落ちた。


「おや」

「はっ。私が」


 パンジーがワイヤレスイヤホンを追って行く。

 本棚の下に入り込んだしまったので、超法規的措置で喜三太陛下撮りおろしグラビア集コーナーを蹴り倒して大事なワイヤレスイヤホンをゲット。


 高いものは見つからないだけで10日は落ち込む。これは致し方ない。


「ほっほっほ。こりゃあすみませんの。小鳩ちゃんの言う通りになるでしょうな。逆神家の崇高な使命(笑)を終わらせられるのならば是非もありませんですじゃ。しかし、これ以上現世にご迷惑をおかけしてはならぬというのも六駆の考えでしょうの。つまり」


 みつ子ばあちゃんが言葉を引き取る。

 さすがは夫婦。



「こねぇな知らん観光地じゃったら、ちぃと暴れても問題ないって事かぃね!」

「そうですな。どうせ2度と来ぬ場所ならば、旅の恥は搔き捨てですじゃわい。ほっほっほ」


 さすがは夫婦。

 さすがは逆神家。


 人殺助を殺す一連の流れをアミューズメントとして考える。



「しかしばば殿。我らは皆、既に戦いに次ぐ戦いで消耗しておりますが。四郎殿の煌気オーラ回復アイテムもなければ……」

「バニングさんのご懸念も尤もですじゃわい。それは確かに困りますの」


 電脳ラボトリオが応じた。


「あの。そのアイテムの設計図のようなものを頂けますか?」

「設計図でなくとも、仕組みだけでも結構ですが」

「我らラボメンの内、誰か1人でも機構を理解できれば、量産できるかと」



 どうしてこれで負けたのか。

 バルリテロリ、後方支援部隊が引くほど優秀な件。



「ほっほっほ。そりゃあ頼もしいですな。何か適当な紙をお借りできますかの?」

「はっ! こちらの背表紙をお使いください!!」


「これは……。愚物ちちおやの書いた戯言集じでんでは?」

「ははっ! 陛下も御許しになるかと! なにせ、ここからさらに一戦交えるのであれば! 最優先すべきは臣民の安全!! 私の実家、写真館でございますが! 将来的に潰れるのではという不安もございます。しかし、物理的に潰れるのはいささか心がモニョりますれば!!」


「ほっほっほ! ワシは皆さんの事が好きになりそうですじゃわい。なにゆえあの愚物に仕えておるのか。それならば、ワシが供にものづくりをしたいですじゃ」

「は? ………………………………ははっ。皇太子殿下。これより、バルリテロリ技術開発局初代局長とお呼びしても!?」


 どうやら、何かしらの同期が行われたらしかった。

 皇宮の鎮火処理を済ませたラボメンが喜三太陛下記念館に駆けつけるのは、ほんの数分後のお話。


 サービスさんはバニングさん以外に話し相手がいないので結局一言も口を開きませんでしたが、ちゃんとそこに立っていました旨、付言しておきます。


 旨って普通に使っても誰も死ななくなった旨、合わせてお伝えしておきます。

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