第1363話 【エピローグオブエヴァンジェリン姫・その1】消えた姫君と外交

 7月最終週。

 異世界ピュグリバーの王室では騒ぎが起きていた。


「順平様!! やはりエヴァンジェリン様がどこを探してもおられません!!」

「あららー。困ったねー。お昼は一緒に食べたんだけどねー。おじさん、血糖値上がって眠くなっちゃったからねー。どうしようかなー。私が悪いよねー」


 雨宮順平国王の近衛兵であるリィラちゃんが頭を抱える。

 そこにやって来たのはバーバラおばあ様。

 ピュグリバーの摂政、ピュグリバーの知恵袋。


「落ち着きなさい。慌てふためいたところで解決はしません、順平様をご覧なさい。いつも通り、平常心で事に当たっておられるでしょう」

「は、はい。すみません。ですが、バーバラ様! エヴァンジェリン様がおられないのです!!」


「もうそれは聞きました。エヴァンジェリン様も子供ではないのです。国内からいなくなったわけでもなし。何をそんなに血相を変えて」

「あらららー。おばあ様? エヴァちゃんはピュグリバーにいないっぽいんですよ。私、これでもスキル使いですからね? 煌気オーラ感知できるんです。国中くらいは効果範囲内なんですけどねー。いないんですよねー。困りましたねー」



「リィラさん。向かいのホームと路地裏の窓は探しましたか?」

「バーバラ様こそ落ち着いてください!! 何ですか、それは!?」



 現在、エヴァンジェリン姫が行方不明。

 雨宮さんのスキル使いとしての実力は諸君も知っての通り、本気を出せば六駆くんとだって数分くらい渡り合える。

 感知能力に関しては六駆くんの100000倍くらい優れている。


「あらららー。困ったねー」

「順平様。エヴァンジェリン様とお昼を供にされたと言っておられましたが。確か来客があると仰せではありませんでしたか?」


 リィラちゃんの質問に頷く国王様。


「そうねー。キサンタさんがねー。なんでも、親戚関係を大事にしたいとかでいらっしゃってねー。エヴァちゃんが異界の穴までお見送りするって言って。あらー。そこからだねー。いなくなったのー」


 喜三太陛下、さてはやったか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 異世界から別の異世界へと視点が移る。

 こちらはバルリテロリ。


「ぶーっははははは!! エヴァちゃん、可愛いねー! ゆっくりしていくんやで!! お兄さんのモビルスーツコレクション見るけ!?」



 やってた。



 ここでお忘れの方のための喜三太陛下。

 陛下は転移スキルに限ればこの世界で間違いなく最強の使い手。

 必要なのは煌気オーラだけであり、六宇ちゃんとオタマさんを何度もピュグリバーへと自身の名代として向かわせていたのは「仲良くなるんや!!」以外にも理由があった。


 六宇ちゃんが帰って来てから「キサンター。これいらないってー。長槍ー」とデカいし邪魔だし断られたしのお土産を奥座敷に放り投げるまでがワンセットなのだが、そのお土産から煌気オーラの残滓をゲット。

 雨宮さんやエヴァちゃんをはじめ、ピュグリバーで暮らす人々の煌気オーラを得たらば準備完了。


 単身での転移スキルが可能になる。


 長い計画だった。

 四郎じいちゃんとみつ子ばあちゃんの目を盗んで、オタマさんの視線を掻い潜って、五十五くんが六宇ちゃんとおデートしているタイミングで、ここしかないという時がついさっき、ようやく訪れた。


 そして連れ帰ったエヴァちゃん。

 喜三太陛下は一体、どんな薄い本みたいな事を企てているのか。


「わぁぁー!! エヴァンジェリンは現世以外の異世界に伺うの、初めてです!! ここがバルリテロリですか!! 六宇様やオタマ様の住まわれておられる!! お招きいただき、ありがとうございます! キサンタ様!!」

「ぶーっははははははは!! よだれが出そうになるわ!! さあ、姫君!!」


「はいっ!!」


 喜三太陛下が言った。



「名産品を食べて、観光地を楽しんで! 良い思い出を持って帰って! バルリテロリはものっすごくええとこやったでって旦那さんに言うんやで!!」


 喜三太陛下は「むしゃくしゃしてやった」という理由で皇国を滅ぼしかけた御方。

 そこに深い理由なんかねぇのである。


 あるのは短絡的な犯行動機。



 「バルリテロリは良いところでした! 特に皇帝陛下が親切で! 順平様!! 同盟国になりましょう!!」とエヴァちゃんに言ってもらうのだ。

 これならば、バレてもギリギリセーフなライン。

 くっそ怒られるくらいで済むし、上手くいけば強力な同盟国を得られる。


 先の戦争からだいたい半年とちょっと。

 それだけの期間で悔い改めるようならば、最初から無謀な侵攻なんか仕掛けていない。


「おー。エヴァちゃんじゃん。おっつー。何してんの? ってか、バルリテロリに来るなら言ってよー!!」

「ぶーっははは!! おあつらえ向きに六宇ちゃんが通りかかったわ!! もう勝ったな!! 風呂入りたい!! ぶーっはははは」


「六宇! 高校から頂いた課題を忘れている!! 父上の書かれたどの本よりもぶ厚いかもしれん!!」

「ごめんてー、五十五。だってめんどいんだもん」

「ぶーっはははは」


「おや? 逆神喜三太! 本日の予定によるとあなたは今の時間、皇宮にいるはずではなかったか?」

「ぶーっは」


 五十五くんがスマホを取りだした。


「こちら久坂五十五!! 逆神四郎!! 応答して欲しい!!」

「ぶーっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 待て待て、五十五! 待って、五十五さん!! 違う違う、違うんや!! こちらのお姫様がな!? うっかり迷い込んだみたいでな!? ワシ、たまたま!! そう!! 皇宮から見えたから!! ちょっと来ただけなんや!!」


 ここでエヴァちゃんが動いた。


「はい! キサンタ様は私に親切にしてくださいました!!」

「えー。エヴァちゃん、それマジー? キサンタっておっぱい見つけるとむしゃぶりつきたくなる病気にかかってるってオタマが言ってたしー。危なくなーい?」


「六宇ちゃん!! なんてこと言うんや!! そりゃあ確かにむしゃぶりつきたくなるくらい立派なものをお持ちやけども!! ワシが初対面でそんな紳士に反するような事する訳ないやろ!!」

「ふーん?」


 今度は六宇ちゃんがスマホを取りだした。


「あ。もっしー? オタマー? あのさー。キサンタってさー。おっぱい見たら秒でまっしぐらだよねー?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 六宇ちゃん!! ヤメるんや!! その電話は国をまた滅ぼすで!! そうや!! 4人でスイーツ食べよう!! 五十五がワシを見とるんやったら、な!? 安心やろ!! なっ!?」


「マジ!? 五十五とスイーツデートできんの!? キサンタってたまには良い事するよねー!! 五十五、五十五!! キサンタが奢ってくれるって!! だったらエヴァちゃんも一緒に美味しいもの食べた方が良くない?」

「確かにそうかもしれん!!」


 五十五くんは実直過ぎてどんな相手の言う事も8割程度は真に受けます。

 その相手が好きぴだったらもはや是非もなし。


「わぁぁー!! 私、外交というものを体験しています!! 順平様は喜んでくださるでしょうか!!」


 順平様は珍しく真剣に姫君の行方を探しております。

 今は明け方の街、桜木町を捜索中。


「キサンタ様!! よしなにお願いいたします!!」

「任せとけ!! うっわ。むっちゃ揺れるなー。えー。すっごいやんけ、この子のこれぇ。メロンけ? これもうメロン記念日やな」


 五十五くんのスマホが通話状態になっている事を知っているのは、当然だが五十五くんだけである。

 エヴァちゃん、はじめての外交がスタートした。

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