第1362話 【エピローグオブハァァァぁ゛ぁ゛いっぐぶぅぅぅんナ゛】強くなれ! 号泣はもうできる!! あとは涙を拭くだけだ!! 雷門善吉前監察官!!

 久しぶりに季節がちょっとだけ遡る。

 逆神大吾がみつ子ばあちゃんに裁かれる少し前。


 瀬戸内海を見つめながら悩める男がいたので、チーカマ片手にワンカップ大関を持って相談に乗ってあげていた。


「善きっちゃんはよー? 何がしてぇのさ?」


 善きっちゃんとは大吾のつけたあだ名であり、本名は雷門善吉。

 この世界の監察官としてかなり早い段階で顔出しをキメていた。

 当時は「育成に長けた監察官。加賀美政宗Sランクも彼が育てた」と辣腕を振るっており、その仕事ぶりは五楼時代の京華さんをもってして「雷門はよくやっている」とか「さすがだな」とか、この時空に至っては信じられないような高評価を得ていた。


 それが今は呉の砂浜で大吾にチーカマ奢ってもらってそれをしゃぶっている。


 どこで道を間違えたのか。

 雷門さんに関しては道を誤ったというよりも、ダメな道しか用意されていなかったというアカシックレコードご都合主義の被害者的側面が強いように思われる。


 彼のやったダメな選択と言えば、「なんか私! 影が薄い!! キャラ付けが欲しい!!」とよく分からんものを欲してしまった結果、「号泣する」といういよいよもってよく分からん領域に到達した、この1点に限るだろう。


 なにせ加賀美さんの最終奥義が零式『号泣ごうきゅう』であり、逆神五十鈴に多大なストレスという名のダメージを与えるに至ったほど。

 そして何が哀しいかと言えば、である。



 もうその頃には雷門さん本体の霊圧が消えていた。

 獲得した個性が自分じゃない人に活用されてた。



 厳密にはピースのマッドサイエン玉ねぎティストによって号泣アァァァΛ型とかいう、本人よりもちょっと面白い量産型コピー戦士が造られた段階くらいで空っぽになったシャンプーの容器に水を入れてシェイクして無理やり泡立てたくらいの霊圧濃度になっていた。

 そこからは合体させられる。敵味方問わず厄介なヤツを「とりあえず合体させて処理する」という役割を意地悪なこの世界に与えられたせいで、本人の意図しない活躍の場がどんどこ増えて、何故か最後には日本本部で死んだ事にされた。


 その「最後」の地点が今より9か月くらい前。

 前年の秋が過ぎた頃にはもう死んだ事になっていた。


「う、うう、あぅぅぅぅ……」

「元気出せって! 善きっちゃん!! ほら、もつ鍋しようと思って用意しといたニラやるからよ! これしゃぶっとけって!!」


「ハァァァアァァァァァァッ! ん゛っえっひぃぃぃふぅぅぅぅぅ!! これ、ニラやなくてスイセンやってぇぇぇ!! わた、私には分かるんひぃぃぃぃ! 私、私はただぁ! も゛と゛り゛た゛い゛!! あの頃にぃぃぃんんんんんんんっひぃっナ゛」


 ニラとスイセンはそっくりさん。

 ただしニラと間違えてスイセン食ったら運が悪いと死ぬ。

 その辺に生えているニラを見つけて「おらっしゃぁぁぁぁぁぁい! らっきぃぃぃぃ!!」とか拾い食いするのはヤメよう。


「おおん? 生でも結構うめぇのに。じゃ、オレ行くわ!! 元気出せよ! 善きっちゃん!!」


 ちなみに逆神大吾の胃袋にも不死性が付与されているため、ふぐ毒でも多分死なない。

 息子に勝っている唯一のストロングポイントである。


「やっぱり呉を出よう。そして日本本部に帰ろう……。あそこには私の監察官室がある!! 戻ろう!! 日常へ!!」


 確かにあるが、扉の前には献花台。


 雷門さん呉脱出ミッション。

 もう尺は半分以上消化されているが、果たして成功するのか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時間が数週ほど進み、7月最終週。


「それじゃあ行くけぇね!! 雷門ちゃん!! これ受け止められたら合格よ!! はい、節子さん!! やってあげぇさん!!」

「頑張りぃさんよ!! ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 『即死紅凶弾デスレッドバレット』!!」



「私はもう……逃げない!! はぁぁぁぁぁ!! んひぃぃぃぃっんほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ん゛ん゛ん゛!! ま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 絵面はマトリフ師匠からメドローアを学ぶポップでお願いします。



 雷門さんが公民館の庭から瀬戸内海まで吹っ飛んで行った。

 久恵さんが節子さんに苦言を呈す。


「あんたぁ、嫌じゃねぇ。ちぃと手加減してあげぇさんよ」

「なに言いよるんかね! あたしゃ100分の1の出力で撃ったいね!!」


「まーたそねぇな事言うてから、この人は!! 先週だってウォーターサーバー売りに来た失礼な男の子に腹立てて撃ったろうがね!! 大変じゃったの忘れたんかね!! 六駆ちゃん呼んでから、生き返らせてもろうて」

「あれも久恵さんがやれって言うからやったんじゃろうがね!! それに久恵さんだって使ってない置き薬を勝手に補充されてお金取られたとか言うてギロチンで断罪したの、あれも先週じゃったよ!? 六駆ちゃん呼んで生き返えらせてもらってから!!」


 エピローグ時空では六駆くんがいつも僕の薬箱になりがち。

 どんな風に僕を癒してくれる。


 やいやい言い合っていると雷門さんが背中にエイを刺して戻って来た。

 エイの尻尾にあるトゲにも毒がある事は余りにも有名。

 運が悪いと死ぬ。


「も、もう一度……お願いします!!」


「雷門ちゃん!! あんたぁ……大吾ちゃんの1000倍根性があるねぇ!!」

「それなのに大吾ちゃんの10000倍くらい脆いねぇ!!」


 雷門善吉。41歳。独身。

 カラオケの十八番は徳永英明の『壊れかけのRadio』で、酔うと泣きながら歌う。

 好きな女性のタイプは女優だと米倉涼子さん。

 得意なスキルは構築スキル。日本本部随一の使い手だったのに、久坂さんが本気出したら代用できて、さらに四郎じいちゃんが特別顧問になってからは随一が取れたけど、得意。


 なにゆえ死に設定になったものを列挙したかと言えば、特に意味はない。

 故人をしのびましょうという意図はない。



「節子さん!!」

「そうじゃねぇ! 久恵さん!! やる気のある子に手抜きするのは呉人の恥じゃね!!」


 故人をしのぶことになるかもしれない。



 その様子を眺めているのは先にお嬢様の洗礼を受けた者たち。


「頑張るなぁ。雷門さん。トマト料理で労ってあげよう」


 パウロ・オリベイラくん。


「リゾットが良いかもしれません。あの様子では胃もボロボロでしょう」


 サンタナ・ベルライズさん。


「雷門サン。生きる事は前を見て進む事です。あなたは今、生きてます」


 賢くなり過ぎて原形を留めていない狂ドーベル哲学マン・ポッサム。


「おばちゃん感心するわぁ。あないな実力差があって心折れへんとか、もうそれだけでも才能やで。……強くなれるとええなぁ。コピー戦士の件ではほんま悪い事したわぁ」


 ホワイト玉ねぎ。


 みんな呉のばあちゃんズにお勉強させて頂いた、今はばあちゃんズの孫。


 初めて自転車に乗る時、すいすいペダルを漕げるのは限られた者だけ。

 みんな転んで、膝を擦りむいて涙を流し、それでもめげずに何度も挑戦してサイクリングに出かけられるようになるのだ。

 雷門さんだっていつかはペダルを強く漕いで、呉から出られる日がきっと来る。


「はぁぁぁぁぁぁひぃぃんふぅぅっふっふぅぅぅぅぅぅ!! ナ゛ッ!! いっぐぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅん————んんんんんんんんんんっ」


 また瀬戸内海にすっ飛んで行く雷門さんを見つめて、エールを送る者たち。

 呉は強くなりたい者を見捨てない。


 雷門さんの未来はすぐそこに。

 呉の紅色の空のむこうには明日がもう待っている。

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