第1361話 【エピローグオブ春香さん・その3】夫婦円満のために現場へ出る奥様 ~カフェでお茶して欲求不満が解消されるかよ~

 山根家では。


「自分も何か身体強化スキル習得するべきっすかねぇ」

「ええ……。山根くんさぁ。上官の前で堂々と私用でスキル使用する宣言しないでくれる?」


「南雲さんだって貧相なエクスカリバーをジキラントにしてるんすよね? あー。あれっすか? ついに日本本部の最高権力者になったからっすか? 日本本部のトップって事はあれっすもんね。国協がない今、実質的に世界の探索員協会のトップっすもんね。くぅー。権力の私物化っすかー。燃えるっすねー。くぅー」

「嫌だなぁ。この子……。春香くんに頼めばいいんじゃないの? 今ってお互いにオペレーターしてるから、ほら。体力があり余ってるんだよ。たまには現場に出てもらってさ」


 お寿司とウナギを無事に堪能した大学生たちが答える。



「あ! 多分ですけど、僕たちがこうやってダラダラしてるって事はですよ! 誰かがその役割を代わってくれると思います!!」

「にゃはー。そしてですにゃー。対になってるエピローグはそのうちリバースするんですにゃー。あたしと瑠香にゃんとか、小鳩さんとあっくんさんとかみたいにですにゃー」


 美味い飯たっぷり食って満足したからといってこの世界に対するメタ的コンプライアンスをガバガバにするのはヤメて頂きたい。

 もうとっくにガバガバガバナンスやろ、とか言われる。



 山根くんの肩をポンと叩く南雲さん。

 穏やかな笑みを湛えたその表情を顔面に貼り付けたまま言った。


「君は良いじゃない。半分ほど消化したんだからさ。私、まだどっちも残ってるんだからね? 出番はむちゃくちゃ多いのにさ。ちょっと何言ってるのか分かんないかもしけないけど、私もね、何言ってるのか分かんない」


 山根くんが「デザート作るためにコーヒーゼリーメーカー48号機でも起動させるっすかね」と言って、立ち上がった。

 山根家は平和だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃。

 あっくんが率いてしまった急造部隊はとあるダンジョンにいた。


「ちっ。よく確認しねぇで申請した俺が悪ぃのかぁ? どこだって話なんだよなぁ。ここはよぉ……」


 ここはレイキャビクダンジョン。

 アイスランドの首都に発生したダンジョンであり、ヨーロッパ圏の探索員協会はまともに機能しているのがフランスくらいなので、ダンジョンが出現したらばとりあえず日本本部に投げる傾向がある。


 その投げられた任務をフライングゲットしたのがあっくん。

 彼の希望は近県にある攻略済みのダンジョンだったのに、あろうことか未踏のヤツを引き当ててしまう。


「逆神のじいさんが作ってくれた自動でマッピングするサーベイランスは助かるよなぁ。ラッキーだぜぇ。最深部が第4層だから、今回は第1層だけを……あぁ?」


 あっくんの説明を聞いているのは仁香さんだけだった。


「あ。春香さんでしたらもう下の階層に向かいましたよ? 大丈夫です。佳純ちゃんが一緒ですし。というか、春香さんって潜伏機動隊も引くくらい肉弾戦に長けてますし」

「だから困るんだよなぁ。俺の名前で申請してんだぜぇ? ダンジョンぶち壊されちまったら堪んねぇ。青山さんよぉ。俺らも行くぜぇ」


 そう言った時にはだいたい何かが終わっている。

 この世界では常識である。


 ゴガガガと聞き慣れない音がして、「佳純ちゃん!! その大きなマントヒヒみたいな子!! ツインテールで捕まえて!!」とこちらは任務で聞き慣れたオペレーターの声が下の階層から響いた。

 ちょっと普段と違うのは、いつも沈着冷静に指示を与えてくれるその声が明らかに高揚している事か。


「捕まえました!! 春香さん!!」

「よぉぉし!! 京華さん直伝のスキルに、今の私の気持ちを乗せて……!! アレンジスキル!! 『春一番はるいちばん大震動拳パイルバンカー』!!」


 春香さんのワンオフスキル『春一番はるいちばん』は京華さんが五楼姓だった頃に考案した、拳撃と衝撃波の複合スキル。

 そこに今回はバイブレーションと呼ぶには余りにも高威力の、まるで削岩機が如きパンチを追撃で加えた。


 ガラガラと天井からイドクロアが落下して来る第1層。

 あっくんが遠い目をして呟いた。


「知ってっかぁ? 青山さんよぉ。アイスランドってのは遠いんだぜぇ? 成田空港から飛行機に乗ってよぉ。ヘルシンキ辺りで乗り換えて……。ケプラビーク空港まで。だいたい20時間とちょっとかかるんだよなぁ。……俺ぁ、事後処理であと何回その経路を使えばいいんだぁ?」

「あ。これ、希少なイドクロアですよ。サーベイランスで検索しても該当しません。もしかしたら新種のイドクロアかも。粉砕したらまずいと思います」


 あっくんが『結晶外殻シルヴィスミガリア』を発現して、第2層へ文字通り飛んで行ったのはすぐの事であった。

 飛んで降りるとは、実に器用な事をする。


 先に顛末について語っておくと、そんなに最寄りじゃないけれど最寄りのフランス探索員協会。あっくんとは旧知の仲であり、あっくんが特務探索員になりたての頃の指導監察官も務めた、今は国籍が変わったとある男爵が事情を聴いて「よし。後は私が引き受けよう。なに、心配するな。活きの良い転移スキル使いがセーヌ川にいる。あれを使うので問題ない」と全部の問題を引き取ってくれた。


 「おっぱいってヤツの可能性をよぉ。俺ぁ信じてみたくなったぜぇ」と正体を失くした発言を何回か小鳩さんの前で繰り出して、しばらく心配されるあっくんであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の夜の山根家では。


「健斗さん!!」

「うっす。自分、ロキソニンとバンテリンサポーターの準備は万全っす。ばっちこいっすよ。春香さん」


 布団はもちろん1組。

 その上で正座している旦那に奥様が言った。


「ちょっとですね。私、考えたんです」

「うっす」


「健斗さん。スキルを覚えませんか?」

「あー。覚悟してたっす。肉体強化系のヤツっすね。じゃあ、屋払さん辺りにお願いして」


「良い異世界を聞いたんです」

「……異世界?」


「竜の力を借りようかと思いまして」

「えっ、あのっ。えっ。南雲さんっすか!?」


「いえ? 南雲さんとは今日、お話してませんけど?」

「あ、あー。すんません。なんか自分、疑心暗鬼になってて……。そっすよね。南雲さんはあれで口は堅いタイプですし。いやー。杞憂でし」



「スカレグラーナっていう異世界なんですけど!! 竜人になってみませんか!? 京華さんにご相談させて頂いたらですね!! 竜人の夜はすごいって!!」

「あっ。……あー。そっすか。よく考えたら、古龍の戦士の恩恵を1番受けてる人って嫁さんの方っすもんね。あー。そっすかー。……ああー」


 古龍の戦士・ヤマネ編が始まるのだろうか。



 だが、思い出して欲しい。

 『古龍化ドラグニティ』は南雲さんに奇跡的な確率でマッチングしたスキルであり、常人では習得まで何年かかるとか言う以前に習得に至るまでの道が用意されない場合も余裕であり得る。

 しかも六駆くんという教官がついており、トリオ・ザ・ドラゴンも総動員で修業をした。


 果たして山根くんにそれができるか。


「無理にとは言いませんけど。健斗さん、そのうち腰がおかしくなって戻らなくなるんじゃないかって心配で。私……」

「あっ。控えめにするっていう発想はないんすね? ……いっちょ、逆神くんにお願いしてやってみるっすかね!!」


 こしの危機というスパイスで、人生は如何様にも味変が可能。


 諸君。

 古龍の戦士・ヤマネ編。


 あるかどうかは分からないが、山根くん回では平穏が訪れてい欲しい。

 そう願うのはいけない事だろうか。


 その願いが大抵叶わないのはいけない事だろうか。

 いけない事かも知れない。


 とりあえず山根くんはこの夜、ちゃんと腰をいわせた。


 ちなみにスカレグラーナ訛りのヤマネは歯ぐきと同じ発音である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る