第81話 緊急事態 異世界からの軍勢、現る 日須美ダンジョン第15層

 日須美ダンジョン第14層、モンスターハウスをくぐり抜けたチーム莉子。

 六駆の見立て通り、ほぼ彼女たちだけでモンスターの群れを殲滅せしめた。


 だが、課題も多く見つかった戦闘だった。


 莉子は戦い慣れてきた分、スキルを過信してしまう場面が何度かあり、これは初心者が殻を破ってひよこになる時分によく起きる。

 スキルはあくまでも攻撃や防御の手段であり、煌気オーラが切れたら使えない。

 今後は煌気オーラがなくなった時の対処法について学ばせるべきだろう。


 クララは六駆の弟子ではないが、順調に成長している。

 既存のスキルは全てが応用、複合のアレンジ可能な熟練度に達しているため、次に帰還した際には新たな【源石】を入手して更にスキルを覚えてもらえたらば、チーム莉子の後衛はより安定感を増すだろう。


 芽衣は何を置いてもまずは戦闘に慣れる事が最優先。

 回避能力だけは既に歴戦の雄にも負けないものを持っているが、なまじっか避けられるので攻撃力がまるで育たない。

 先に回避スキルを教えたのはミスだったかもしれないと少し反省している六駆である。


「ふぃー。戦った後のアクエリアスは美味しいねっ! 冷えてるのが最高だよぉ! 六駆くんのスキルのおかげ!!」

「あたしは断然ポカリスエット派だにゃー。なんかね、ポカリを飲むとさ。あ! 今、癒されてる!! って感じがするの! 分かるよね、芽衣ちゃん?」


「みっ! 芽衣は子供だからちょっと難しいです! みみっ!!」


 六駆の持参した飲み物は、戦闘が始まった直後に『氷柩ひょうきゅう』によってキンキンに冷やされていた。

 日須美ダンジョンのモンスターならばだいたいを氷漬けにできるひつぎで飲み物を冷やすんじゃない。


「んー。んー? やっぱりおかしいなぁ」

「六駆くんがおかしいのは今に始まった事じゃないよっ! でも大丈夫! わたしは見捨てないからねっ!! 頑張って社会に適応して行こー!!」


 六駆おじさん、莉子の無垢な優しさで心に傷を負う。


「え、いや。自分がおかしいから唸った訳じゃないよ!? おじさん泣くよ!? ……なんかアレなんだよ。下の階層から明らかに強い煌気オーラの揺らぎを感じてさ」

「どこかの超強い攻略パーティーなんじゃないかにゃ? ほら、Aランクだって日須美ダンジョンには潜ってるんだし」


 クララの言う通り、Aランク探索員の率いるパーティーも数は少ないが攻略に参加している。

 なお、ファビュラスダイナマイト京児は南雲監察官によってBランクに降格されたので、カウントしていない。


「それがですね。何と言うか、現世の煌気オーラじゃないって言ったら通じます? どっちかって言うと、異世界の煌気オーラのような気がするんですよね。いや、確信は持てませんけど。僕の感知能力はそれほど鋭くないし」


 今回の六駆の弁は謙遜ではない。

 通常の手練れレベルの話であれば彼の感知能力は抜きんでていて比較にならないが、Sランク探索員が相手になると感知能力だけなら彼よりも秀でた者がいる。


 南雲監察官の使っている探索メカ・サーベイランスに六駆が気付けていない事などは良い例だろう。


「危険があるのなら、芽衣は早退するです。家に帰ってフカフカのベッドで寝るです。それが世界で一番安全な場所だと確信しているです」


「もぉ! また芽衣ちゃんはネガティブになるんだからぁ! ねね、もしかして、この下が最深部なんじゃないかな? だったら、異世界の煌気オーラが漏れてるのかも!! きっとそうだよぉ!! ミンスティラリアとの境界線もそんな感じだったじゃん!!」


 六駆は顎に手を当てて少し考えた。

 なるほど、莉子の言う事にも一理あるなとも思ったので、案ずるより産むが易しの精神に切り替える事にした。


「まあ、下りてみたら分かるか!」

「そだそだー! 今回もあたしたちが一番乗りで、攻略報酬ガッポリ貰って、焼肉屋さんで打ち上げだぞな!!」


 攻略報酬という言葉が、六駆から危機管理シミュレーション能力の全てを奪い去る。

 最強の男、逆神六駆。

 彼にとって最大の敵は、己の中に住まう欲である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 第15層に下りて来たチーム莉子は、明らかに異質な空間に戸惑いを隠しきれずにいた。


 どう見ても人工的に削られた壁や天井。

 眼前には塹壕ざんごうのようなものがあり、その周りを機械のようなものが浮遊している。


 極めつけは、鬼のようなマスクを被った人が、いや、果たして人なのだろうか。

 人のようなものが、見慣れぬ銃を構えて立っていた。


「えと。こ、こんにちはー? みなさん、お揃いのお面で、カッコいいですねー?」

「莉子ちゃん。この人たち、どう見ても探索員じゃないと思うにゃー」

「芽衣は昨日食べ残したミスタードーナツのフレンチクルーラーを冷蔵庫に遺す事だけが悔いです。おば様、芽衣の墓前にお供えして下さいです」


 階層の入口で立ち止まっているチーム莉子に、鬼の面の軍勢が気付いた。


「隊長! 異界人です!! 発見されました!!」

「全員構え! 照準合わせ!!」


「わわわっ! ちょ、待ってくださぁい!!」

「ダメだよ、莉子。あちらさん、敵意しかない。全員、僕から離れないで!!」


 六駆は素早く地面に手をついた。


「『電撃銃アストラペー』、一斉射撃! てぇーっ!!」


 鬼の面の軍勢が、構えた銃で実に規律の取れた砲撃を開始した。

 同じタイミングで六駆もスキルを発動させる。


「『赤壁の番人レッドブロック』!! もうひとつ!! 『吸収スポイル』!!」


 六駆は彼の防御スキルの中でも、すぐに発現できる条件ならば上位に食い込むスキルを迷わずに使った。赤い壁が文字通り彼らの番人として立ちはだかる。

 相手の攻撃手段が煌気オーラによるスキルなのか、それとも銃による物理攻撃なのか、咄嗟に判断がつかなかったからである。


 単身ならば軽く100は対処法を思い付くが、嫁入り前の大事な女の子を3人同時に守るには出し惜しみする余裕がなかった。


「隊長! 異界人のスキルです!!」

「怯むな! 我ら斥候せっこう隊の使命は情報収集! 撃て撃て、撃てぇい!!」


 鬼の面の軍勢が使用しているものは、結論から言えばスキルだった。

 スキルを手に持っている銃に充填させて撃つ事で、その威力を何倍にも増幅させる。


「ろ、六駆くん! ど、どうしよ!? あれ、異世界の人だよね!? なんでいきなり攻撃されてるのぉ!?」

「異世界も色々あるからね。敵意剥き出しな国もあるし。もっと言えば、異界征服する気満々な国も知ってるよ。この人たちは知らないけど、多分、現世を侵略しに来てるよね。植民地にでもするつもりなんじゃないかな?」


「冷静に分析するのも良いけどさ! 六駆くんの盾、ちょっとずつ削れてにゃい!?」

「逆神師匠。今、何を考えてるです?」



「いや、あの銃奪って帰ったら、もしかしてものすごく高値で探索課が買い取ってくれるんじゃないかなってさ!! だから、無傷でゲットしようと思って!!」



 異世界の軍勢との予想外の遭遇戦に巻き込まれたチーム莉子。

 これもまた最深攻略パーティーが背負うリスクなのだが、初めてダンジョン内で異世界人と出会って、即刻戦闘状態になるのは想定外。


 それは逆神六駆にとっても同じく、彼の想定にもこの展開はなかった。


 未知の異世界から来た軍隊。絶対に特別討伐報酬があるに違いない。

 彼はそう決めつけた。


 最強の男、ちょっぴり本気の迎撃が始まろうとしている。

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