第1405話 【エピローグオブライアンさんアキレス腱断裂・その1】犬の散歩してたら転んだ

 バルリテロリ駐在わんにゃん担当武官。

 合わせて独立国家・呉所属、逆神みつ子旗下ライアン・ゲイブラム提督。

 さらには逆神流門弟でもある。


 彼はバルリテロリ戦争終結ののち、そのままみつ子ばあちゃんに付き従って行動している。

 依然として始まる気配のないピースの裁判だが、ライアンさんの身柄は呉が引き受けたので治外法権が発動済。


 呉には逆神孫六や逆神五十鈴、もっと遡ればピースの最上位調律人バランサーペヒペヒエス、賢い狂ドーベルマン・ポッサム、もっともっと遡れば、元アトミルカのパウロ・オリベイラくんとサンタナ・ベルライズさん、かつて敵対した組織の中でもばあちゃんズが「この子は見所があるねぇ」と判断した者、あるいは「この子はちぃと性根を叩き直してあげんとねぇ」と認定された者は無条件で国境を超えて呉へと入り、以降はよほどの事がなければ独立国家からは出て来なくなる。


 そんな中、ライアンさんはみつ子ばあちゃんのお気に入り。

 端正な顔立ちでハリウッドスターのような見た目と紳士的な立ち居振る舞い。

 先を見通す分析スキルはばあちゃんの痒いところに手が届き重宝する。


「ライアンさん!!」

「はっ。ライアン・ゲイブラム、ここに」


 こうして彼はバルリテロリで日々を過ごしている。


「ちぃとワンちゃんのお散歩頼まれてくれんかいね? 皇宮の食堂のおばさんらがね、3日ほど慰安旅行するって言うから。安請け合いしてしもうたんよ。でも、あたしゃお父さんたちのお昼作らんといけんじゃあね」

「はい。そのような大役をお任せ頂けるとは、光栄の至りにございます」


「4匹おるんじゃけどね! みんなコーギーちゃんよ! 可愛いねぇ、お尻が!」

「あ、ああ、ああああああ!! これは堪りませんな! コーギーといえば閣下が仰せになられたぷりぷりのお尻は当然といたしまして! ピンと立った耳! 短い足なのに活発に走り回る姿!! 長めの胴も愛らしく! それが4匹!? 5時間ほど散歩して参りましょう!!」


 ライアンさんにとってバルリテロリは天国だった。

 ワンコとにゃんこに平等で誠実で間違いのない正義が執行される世界を求めてピースに与した。

 現世では道半ばだが、まずはバルリテロリでその目的を果たす。

 さすれば現世に戻った際、野望はより円滑に果たされるであろう。


「では、行って参ります!!」

「気を付けてねぇ! お昼には帰って来ぃさんよ!!」


 ライアンさん、4匹のコーギーと一緒にお散歩へ。

 これが悲劇の始まりだと一体誰に予想が出来ただろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コーギーはかつて牧羊犬として、時には番犬としてイギリスで飼われていたとされるワンコ。

 そのため運動能力が高く、元気いっぱいに遊ぶ姿などワンコ好きにはもうそれだけでご飯三杯は余裕でイケると評判である。

 また社交的で人見知り、いやさ犬見知りをしないとも言われており、コーギー同士はもちろんのこと違う犬種とも一緒に遊ぶことを好む子が多い。


 おわかりいただけただろうか。

 4匹をリードに繋いで同時にお散歩させるのは熟練のワンコスキーでも至難。


 ライアンさんにとっても初めての経験だった。

 彼の最大お散歩犬数は2。

 今回の出征、せめて3匹だったらと思わずにはいられないが、後悔先に立たずともいう。


 惨劇を振り返って「ああしていれば」と悔いることは誰にでも出来るが、惨劇を見越して「こうしておけば」と準備する事は難しい。

 ライアンさん分析スキル使えるやんけと言われることなかれ。


 分析とは、経験の積み重ねによって精度が増していき研ぎ澄まされるもの。

 誰にだって最初に訪れるのは初めてなのである。

 日本語が難しくなっているが、最初はいつでもファーストタイム。


 ライアンさんにとってもファーストタイムは必ず訪れる。


「はっはっは!! おいおい、そんなに引っ張らずともいくらでも付き合うというのに!! まったく元気な子たちだ!! はっはっは」


 その時、コーギーが1匹と3匹に別れて左右へと同時に駆けだした。

 咄嗟の出来事であった。

 リードを引っ張れば良かったと論じるのは簡単だが、ワンコのために命を捨てられるこのライアン・ゲイブラムという男が一瞬でもワンコの首に負担のかかるような行為を是としただろうか。


 結論から先に申し上げると、彼は自分を犠牲にした。

 そして重心が不自然極まる形で左足にかかった。



「あ゛」


 バンッと、ボールが破裂したような音がした。



 中学生男子がお母さんに対してキレる時に「うるせぇ! ババア!!」と叫ぶように、アキレス腱が切れる時にはバチッだったりブチィィだったり、パァァンだったりとなんだか景気のいい音が響く。

 その瞬間はふくらはぎを叩かれたような感覚に襲われるらしく、意外と最初に違和感を覚える箇所はアキレス腱ではないらしい。


 前置きが長くなったので、ライアンさんの様子をどうぞ。


「……不覚」


 天を仰ぐように倒れ込んだライアンさんの周りには「ワンワン!!」と元気よく鳴いて、彼の顔を舐めるコーギーたちがいた。

 アキレス腱が切れてなお、ライアンさんは幸せだった。


 戦いの中での負傷ならば悔いも残っただろうが、ワンコのお散歩中の事故ならば本懐。

 ライアン・ゲイブラム、アキレス腱を諦めてそのまま3時間ほど原っぱに転がる事を選ぶ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 お昼前になり、バルリテロリ皇立喜三太陛下記念高等学校から下校中の六宇ちゃんと五十五くんが手を繋いで歩いていると、前方にコーギーが群れをなしているのを見つけた。


「あ、見てー。五十五! ワンコがいっぱいいるー!」

「確かにそうかもしれん! しかし、リードが繋がっているのは何故だろうか!」


「あは! 可愛いんだけどー!!」

「確かにそうかもしrライアン・ゲイブラム!?」


 第一発見者は久坂五十五バルリテロリ駐在武官であった。

 彼は速やかに四郎じいちゃんへ連絡を取る。


「逆神四郎! ライアン・ゲイブラムが原っぱで死んでいるかもしれん!! 穏やかに! まるで眠るように!!」


 ピクリとも動かないライアンさんを見て、急な発作にでも襲われたと判断した五十五くん。

 彼はライアンさんがデトモルトの若返り術を使用している事を知っており、中身は後期高齢者どころではないこともやはり知っている。


「ねー。五十五? ライアンさん、これさー。寝てない?」

「六宇! 死人に対してそれは良くない!! ……いや寝ているかもしれん!!」



 ライアンさん、アキレス腱断裂してそのまま入眠をキメる。

 コーギーたちに舐められているうち気持ちよくなって、痛みを超越したらしい。



「五十五様ぁ!! 電脳のテレホマン、参りましてございます!!」


 そこに飛んできたフライング・テレホ・ボディに換装済みの電脳戦士。

 戦時下でも大活躍だったが、戦争が終わってからも大活躍の四角い男。


「ライアン様!! お気を確かに!! 失礼いたします! すぐに電脳ラボへとお運びいたしますので!! 私の背に!!」

「ん……。ああ、テレホマン殿。いやなに、それには及びません。私はこれから散歩の続きを……ぐぇあ!?」


 立ち上がってすぐに崩れ落ちたライアンさん。

 大怪我をした際など負傷者がすぐにその事情を呑み込めないことがあるとされ、その要因の1つには著しい興奮状態が挙げられる。


 コーギーちゃんたちの鳴き声で興奮していたライアンさんは立ち上がるまで自身のアキレス腱が切れている事を失念していた。


 次回。

 怪我の功名アキレス腱のおかげ。アニマルセラピー。


 微笑むのは女神か。

 それともワンコとにゃんこか。




 ワンコとにゃんこだ。

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