第1404話 【エピローグオブ楠木秀秋・その1】次に霊圧が消えるのは私でしょうかね…… ~貴重な文官で貴重な穏健派の監察官なので大丈夫です~

 楠木秀秋監察官。

 代替わりが進んだ監察官において50代半ばの氏はもう若くない。

 楠木さんよりも年上の監察官は久坂剣友のみであり、年下は40代に南雲修一上級監察官を筆頭に、木原久光、故雷門善吉と並ぶ。


 氏に求められる役割は多くある。

 多くあるのだが、今朝の楠木さんは朝から降る雨を窓越しに見つめながら物憂げな表情。


「おじきぃ? まーた酒飲んで胃が悪くなったんでよろしくぅ?」


 潜伏機動隊の隊長と楠木監察官室の副官を兼任して、気付けばひっそりと結婚もキメて今が公私ともに充実しててよろしくぅな屋払文哉Aランク探索員が様子のおかしい監察官を慮った。

 彼は楠木さんの事を親しみと尊敬を込めておじきと呼ぶ。


 伯父貴。あるいは叔父貴。

 年上の男性を敬う呼称であるが、子分が親分の兄弟分を呼ぶ際にも用いられる。

 上級監察官を探索員の親分とすれば、監察官は兄弟分。

 なるほど、おじきである。


「いえね、屋払くん。思えば数年前と監察官の顔ぶれも変わったものだと、ふと懐かしくなりましてね。下柳くん。彼とは付き合いが長かったのに、生粋のクズでした。川端くん。彼とも付き合いは長かったのに、気付けばいなくなっていた。雷門くんは行方不明……」

「おじき? よろしくぅ?」



「次に消えるのは私かなと思えば、なんだか今日の雨も愛おしい。そんな気分になりましてね」

「酒キメてねぇのにそのテンションはやべぇんでよろしくぅ」


 次は自分の霊圧が消える番かもしれない。

 夏の雨におセンチメンタルがキマっている楠木さん。



「リャン・リーピン! 任務から戻りました!!」


 そこにやって来た楠木監察官室のひまわり。

 新婚さんで新妻のリャンちゃんがダンジョン攻略から戻って来た。

 彼女は住まいがミンスティラリアになったので、以前のように日本本部の女子寮から通勤する事はなくなり監察官室に顔を出す頻度も減っていた。


「ああ。リャンさん。……あなたも幸せを見つけて飛び立って行きましたね。ふふふっ。嬉しいものですが、寂しくもあります。どうか、その掴んだ幸せが永遠のものにならんことを」

「了!!」


「いや、了! じゃねぇんで。リャンはなんでもかんでもいい返事キメといたら良いと思ってるきらいがあるんでぇ。そこんとこマジでよろしくぅ?」

「了!! すみません!!」


 と、ここまで楠木さんのアンニュイな気持ちに合わせてお送りして来たが、こちらの御仁が失脚する事はまずないのである。

 日本本部の役割が多くの戦乱、戦争を経て完全に変化した。

 アメリカ探索員協会が「日本さん主導で頑張りましょうね!!」と言って憚らない現状、各国を取りまとめるリーダーシップが日本本部には求められており、それを全部南雲さんの双肩に掛けると容易く脱臼するのは火を見るよりも明らか。


 国際的な知名度で言えば久坂さんもいるが、さすがに高齢であり当人のやる気も考えると常時頑張ってもらおうというはいささか無理筋。

 そこで楠木秀秋監察官である。


 日本本部の貴重な文官。

 ヨーロッパ圏には顔が利く、アジア圏は元から門戸を開いておりリャンちゃんをはじめとした留学生も多くが楠木監察官室に身を寄せる。


 交渉をさせれば卒なくこなし、育成をさせれば加賀美監察官室の先達、目指すべき手本としてきらりと光る実績が、月刊探索員の責任者、探索員寮の担当監察官、その他諸々の役員を現時点で歴任しており、楠木さんの霊圧が仮に消えたらば日本本部が、ひいては世界の探索員協会の動きが停滞する。


 だが、単純な戦闘能力だけ見ればリャンちゃんと組手をして両腕へし折られるくらいにはピークを過ぎて下り坂。

 そこに加えてバルリテロリ戦争で久方ぶりに前線へ出て大した活躍ができなかった事実は、適材適所という言葉を飛び越えて氏の心を曇らせていた。


「仕方ねぇんで、ここはよろしくするんでよろしくぅ! リャン!!」

「了!! リャン・リーピン! カフェテリアの屋払トメ子給仕長からお酒とおつまみを受領して来ます!! たぁ! 『瞬動しゅんどう』!!」


 リャンちゃんが監察官室を飛び出して行った。

 その後ろ姿を見つめて、楠木さんが呟く。



「ああ……。リャンさんも『ソニックダッシュ』ではなく逆神流を使うようになったのでしたね……。ははは。ソニックなんて時代遅れですからね……。ははは」

「今日はもう店じまいしてユーロビートでも流すんでよろしくぅ!!」



 リャンちゃんはミンスティラリアに移住してからうっかり逆神流を学びました。

 だって仕方がないのである。

 仲良しの芽衣ちゃんは毎日のように逆神流の修業をしているし、尊敬する仁香先輩だって気付けば逆神流使いになって結構経つし、そんなの見ていたら向上心の高いリャンちゃんは「私も勉強させて頂きます!!」となるに決まっている。


 決まっているが、ちょっと逆神流をキメるタイミングが悪かったのは否めない。

 潜伏機動隊が使う『ソニック』スキルシリーズは音波や振動によって速度強化や身体強化を可能にするスキルで、考案者はもちろん楠木さん。


 なんだか時代に取り残されているような気がしてならないと氏が遠い目をする。

 どんよりしている雰囲気はエピローグ時空に似合わない。

 アゲアゲにして、楠木さんの未来も明るくして差し上げなければ。


 厳密には未来なんてちゃんと明るいのだから、その光に気付いて頂かなければ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2時間後。



「あぁー!! とてもいい気分ですねぇ!! リャンさんが3人! 屋払くんが5人もいる!! こんなに部下に恵まれている監察官も私くらいのものですよ! 皆さんがいれば私だってまだまだ!! そうだ、リャンさん! ここはひとつ相撲でもとりましょうか!!」


 そこにはストロングゼロが解禁されて、未来への不安が一掃された楠木さんの姿があった。



「そうですにゃー!! 楠木さんがいなきゃあたしは困るぞなー!! にゃはー!!」

「うわぁ! 僕、焼き鳥って変わり種頼まない主義だったんですけど! レバーとか、このせせり? どこの部位なのか分かんないですけど、美味しいですね! すみません、トメ子さん! ご飯おかわりお願いします!!」


 そして「賑やかさがおじきを元気にするんでぇ! 声かけたらすぐ来たご機嫌なメンバーを紹介するんでよろしくぅ!!」と、南雲上級監察官室を覗いたらたまたまいた、どら猫と六駆くんを酒とご飯で釣り上げた屋払さん。

 この2人、落ち込んでいるおじさんをおだててアゲアゲにするのは適任過ぎた。


「屋払さん! 医療班にウコンの力と『頭文字D』のサウンドトラックをもらってきました!!」

「ナイスなんでぇ! リャン! バカでかい音で音楽流しまくってよろしくぅ!!」


「あんた! 楠木さんが好きっていうもつ鍋が仕上がったよ!」

「サンキュー! トメ子ォ! 愛羅武勇あいらぶゆう!!」


 楠木秀秋監察官。

 この日以降、なんだか少し前向きになったという。


 あと、翌日はなぜだか頭が痛かったという。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 同時刻の南雲上級監察官室。


「南雲さん。なんかドリフト走行したくなりそうな音楽が1号館中に響いてて困るって苦情がすごいっす。対応オナシャス」

「知らないよ!! 逆に聞きたいんだけどさ!? 私、ユーロビートの管理までしないといけないの!? 歴代の上級監察官ってそんなことまでしてた!?」


「あ。南雲さん。楠木監察官室のガラスが割れたって報告が来たっす」

「嘘でしょ!? 監察官室のガラスってイドクロアで造ってあるんだよ!? 銃弾でも割れないのに!?」


 次の日、屋払さんが嫁の作った筑前煮を持ってごめんなさいにやって来た。

 ちょっとばっかしはしゃぎ過ぎたんでよろしくぅ。

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