第193話 帝竜バルナルドの元へ救世主現る その名はナグモ

 コンバトリ火山では、魔鏡越しに王都ヘモリコンの様子を観察する帝竜バルナルドの姿があった。

 彼は3匹の古龍の中で最も知略に長けており、まずは敵を知る事で戦いの方針を決定するスタイルは、どこか六駆に似ていた。


「……ジェロードとナポルジュロがブレスを吐きあっておるわ。ふふ、他愛のないヤツらよ。その様子を見てはしゃぐ人間のなんと楽しそうな顔か。……ふふ、ふふふ」



 帝竜バルナルド、まさかのぼっちになる。



 「あっしに任せてくだせぇ!」と言って、威勢よく冥竜ナポルジュロが飛び出して行ってから、まだたったの半日しか過ぎていない。

 それなのに、冥竜ナポルジュロはもう、この世のどこにも存在しないのだ。


「ふふふっ、ナポルジュロめ。人間の子供を背に乗せて飛んでおる。あやつは人の上に立つ資質と人を下から支える資質の両方を持っておるゆえ、人間とも上手く共存してゆくだろう。ジェロードは少々粗暴なところがあるゆえ、人間たちが寛大で助かったな」


 バルナルドさんの独り言が続く。

 なんだか既にいたたまれない気持ちになって来た。


 帝竜バルナルドは、その名の通り竜の中でも特に優れた、帝王たる資質を持つ竜である。

 その咆哮で山が砕け、その足で地面を踏めば大地が裂ける。

 恐ろしきはそのブレス。


 古龍たちはそれぞれ特異な属性を持っていたが、帝竜バルナルドはシンプルに炎を吐く。

 属性も炎であり、ならば最も対応しやすいかと言えば、そんな事はない。


 炎の中でも際立って高密度のそれは、莉子の『苺光閃いちごこうせん』との撃ち合いにも勝る。

 現状、六駆の放つ炎のスキルでも帝竜バルナルドのブレスを相殺できるかどうか分からない。


 知略に長け、咆哮、地ならし、ブレスと竜としての基本攻撃を全て極限まで高めたその戦闘スタイルは、間違いなく古龍の中で最強と呼ぶに相応しかった。


「……腕と翼を献上すればよいのか。……痛そうであるな」



 そんな竜の中の皇帝が、既に戦意を喪失していた。



 帝竜バルナルドが本気を出せば、竜人2人と逆神大吾、六駆を除くチーム莉子のメンバーをまとめて相手にしても引けを取らないだろう。

 恐らく、苦戦は強いられるだろうが勝てると思われた。


 だが、逆神六駆の存在が帝竜バルナルドの心を根元から叩き折っていた。


 時間を逆行させたり、竜を人の形に造り替えたり、彼のやりたい放題を見ていた帝竜バルナルドは、逆神六駆のような者をなんと呼ぶのか知っていた。

 さすがは賢者として長きに渡る時間を生きて来た古龍、よく物事を知っておられる。


 ちなみにその名は、神である。


 時間を操り、生命さえもその腕ひとつで捻じ曲げる六駆を見ていて帝竜は思った。


 「なんで余はあんな化物と戦わなきゃならんのだ」と。


 確かに、封印された腹いせにちょっとばかりスカレグラーナで暴れたのは良くなかった。

 その点については、バルナルドも深く反省している。

 むしゃくしゃしてやったのだ。


 いきなり封印されたのだから、その気持ちもよく分かる。

 恐らく、諸君もそうだろう。


「……少しばかり熱戦を繰り広げねば、あの逆神の息子は納得せぬか」


 帝竜は洞察力も高い。

 六駆の本質を既にしっかりと捉えていた。


 戦闘狂の逆神六駆は、帝竜が戦いを仕掛ければ喜んで応じるだろう。

 そして良い感じに激戦を繰り広げたら、そこそこの塩梅で戦闘は終わる。

 問題はその後である。


「……腕と翼を自分で斬らねばならぬのか? ……絶対に痛いではないか」


 帝竜バルナルドはこれまで、負けを知らずに生きて来た。

 それも数千年の時をである。


 傷を負う事はあれど、腕を失ったり翼をもがれたりするような事態に陥った事はない。

 小学生が注射に怯えるように、帝竜もセルフサービスで腕や翼をバッサリやる事に対して、半端ない恐怖を感じていた。


「……ならば、ジェロードかナポルジュロに介錯を。……いや」


 今から痛い思いをすると身構えているスタントマンは、車にも上手く撥ねられる。

 帝竜バルナルドも、強打のスキルを何発か浴びせられるくらいならば、むしろ喜んで受けに行くくらいの気持ちである。


 だけど、腕をもがれるのは嫌だった。


「……いっその事、余が自らを再度封印するか? ……むぅ、名案ではないか?」


 いよいよ火山に引きこもろうかと考え始めた帝竜バルナルド。

 そんな憂鬱の中でもがき苦しむ彼の元に、救いのヒーローが現れた。


 そのヒーローは、球体をしていた。

 帝竜もその球体の事はよく知っている。


 現世との連絡を取るためにホマッハ族が村ごとに配置していた、サーベイランスであった。


 火山の中にだって潜れると南雲が豪語したサーベイランスの耐久性に偽りはなかった。

 実際に火山の中へと侵入し、こうして帝竜バルナルドの前までたどり着いている。


 投影された映像には人が立っており、その人物はまず丁寧に頭を下げた。

 そののち、突然訪ねて来た非礼を詫びて、自分の名を名乗る。



『帝竜バルナルド様、お初にお目にかかります。私、現世の探索員協会で監察官をやっております。ああ、失礼。あなたに分かりやすく申しますと、逆神くんたちの上官です』

「……はぁぁっ!! ……ナグモ!!!」



 鬱屈とした空間で塞ぎ込む帝竜バルナルドに光が射し込んで来た瞬間であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちら、現世は午前6時。

 働き者の我らが監察官、南雲修一。


 彼は一睡もせず、サーベイランスの煌気オーラ感知システムと竜人ジェロードおよび竜人ナポルジュロから聴取した内容を踏まえて、コンバトリ火山の内部へとサーベイランスで突入し、単身で帝竜バルナルドの元へとたどり着いていた。


『き、貴公が、けいがあのナグモか!? 狂乱の集団を率いていると言う、賢人か!?』


 バルナルドの中で、南雲の評価は既に青天井だった。

 六駆や莉子と言う、古龍を一撃で葬るスキルを持っている人間や、かつての英雄逆神大吾を統率し、竜人となったジェロードにナポルジュロとも良好な関係を築いていると言うだけで、もはや尊敬し過ぎて憧れるまである有り様であった。


「はい。南雲修一と申します。重ねて、急な来訪をお許しください。古龍を束ねる帝竜バルナルド様に対して、甚だ不敬だと承知しております」


『そのような事はない! よく来てくれた! むしろ待っていた! ナグモ! ナグモ!!』


 それはもはや、恋慕の情に似た気持ちだった。

 帝竜バルナルドは、南雲にだったら何をされても良いと思っていた。


「良かったっすねー。帝竜さん、意外と好意的じゃないっすか。これなら戦いを回避できますよ」

「そうだな。無益な血を流す事ほど愚かな事はない」


『ぬぅ。卿の隣に誰ぞおるのか?』


「あ、すみません! 自分、山根と言います! 南雲さんの一応部下ですけど、万が一の時にはすぐに下克上する用意のある部下っす!」

「やーまーねぇー! 今さ、そういう冗談を言って良い空気じゃないでしょ? だから徹夜明けの若い子って嫌なんだよ。無駄にテンション高いんだもん」



『ぐははっ! 貴公らの世界は平和そうで良いな! 余は何故だか、救われた気分だ!』


「ほら、南雲さん。自分のナイスジョークで大爆笑っすよ、帝竜さん」

「うん。本当だ。意外と笑いの沸点が低いのかな?」


 縁の下を支えるならナグモにお任せ。

 彼の華麗な交渉術が今、炸裂する。


 なお、チーム莉子は全員がまだ就寝中である。

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