第192話 帝竜バルナルドの憂鬱 コンバトリ火山

「ふぅぅぅぅぅんっ!! 『生命大転換ライフコンバート』!!」


 この日2度目の極大スキル。

 その前から、六駆はかつてないほどの極大スキルを使用していた。


 だが、彼に疲れの色は見えても、そこに悲壮感などまったくない。

 あるのはワクワク感だけであり、強敵と出会った時の某戦闘民族もかくやと思われる胸のときめきを押さえる事ができなかった。


「うへへへへへ。ふぅぅぅぅぅんっ!! うへへへへへへへ!!!」


 サーベイランスの向こうには、我らが代弁者のナグモ。

 なんか言ってやってくれ。


『……小坂くん? どうして君までそんなに嬉しそうなのかな?』

「えへへへへへへ。へっ!? あ、ごめんなさい! 六駆くんがカッコ良くて、つい!!」



『山根くん、サーベイランスのモニター壊れてるよ。多分、私の見てる小坂くん、似てるけど違う子だもん。すぐに修正してー』

『南雲さん、恋は盲目って言葉知りません? 小坂さんは暗闇の状態付与を喰らってますよ。だいたいルベルバック戦争の頃から』



 よだれを垂らしながら冥竜ナポルジュロを改造中の六駆と、そんな彼を眺めながら目を輝かせて最高の笑顔を見せる莉子。

 すっかりお似合いの2人になってしまった。


「逆神六駆。我の煌気オーラを少しでも使ってくれ。我が同胞のために尽力する貴公の力になりたい」


 竜人ジェロードが常識人の階段を駆け上がる。

 まだ誕生して1日経っていないのに、既に人の中でも上位の常識力。

 さすがは元古龍。適応力が違うのだ。


「すみません、ジェロードさん! 助かります! さすがに僕も疲れましたからね! ただ、1千万ですか! いやぁ! 疲れが快感に変わっていく! うへへへ!!」


 「1千万」と言う復活の呪文を聞きつけて、立ち上がる男がいた。

 先ほどから1時間以上城壁に頭から突き刺さり微動だにせず、前衛芸術品にでも転生するのかと思われていた、逆神大吾だった。


「おい、六駆ぅ! 1千万って言った!? ヤダ、それって1万円何枚分!?」

「親父ぃ! なんやかんやあったけど、今回はよくやってくれたよ! オジロンベの剣ダメにした時は本当に殺そうかと思ったけど!!」


「なぁなぁ、六駆ぅ! 俺、背中にブルドッグついたジャージ新調していい!?」

「仕方ない親父だなぁ! ブルドッグが101匹ついてるヤツ買いなよ!!」


 おわかりいただけただろうか。

 これが親子の会話である。

 息子は古龍を魔改造しながらノリノリで会話しており、父親は息子にブルドッグの付いたジャージをおねだりしている。


 もう1度だけ莉子さんに問いたい。

 本当に、この家庭に加わりたいのですかと。


「もぉぉ! 2人ともお金の話ばっかりぃー! そーゆうとこが可愛いんだからぁ!!」



 何もかもが手遅れだった。



 我々の代わりにスカレグラーナの空が泣き始める。

 雨である。


「親父、なんかシールド出して。ドーム型のヤツが良い。ナポルジュロさんに不純物が混じって、なんかドロッとした感じになると悪いから」

「おう、任せとけ! 『天宮てんきゅう』!! 広域展開!!」


 戦いが終わった途端に高等スキルを使い始める大吾。

 それ、冥竜ナポルジュロ戦でどうしてできなかったの?


 大吾が作り上げた巨大なドーム型の保護膜は、雨が降ろうと槍が降ろうと壊れない強固なものであり、六駆の作業も順調に進んでいく。


「芽衣ちゃん。あたしたちは野営の準備しよっかー。多分、今日はここで寝る事になるだろうしー。六駆くんも疲れてるだろうから、気を利かせるにゃー」

「みみっ! 雑用ならお任せです! 危険のない仕事だけをこなして生きていきたい! そんな人生を過ごしたいです! みみみっ!!」


 それから更に時間は流れて、冥竜ナポルジュロがこの世から消えた。

 代わりに現れたのは、竜人ナポルジュロ。


 紫の鱗に覆われた、巨大な角を持つイカしたフォルムが王都の城門前に現れると、ジェロードが跪く。


「ナポルジュロ殿、よくぞご無事で」

「よせ、ジェロードよ。竜人としては貴公の方が先達。さあ、この体の使い方を教えてくれ」


 逆神六駆、本日の長い長い、実に長い業務を完遂する。

 間違いなく彼が探索員になってから最も働いた1日であり、この男をそれだけ働かせた偉業を称えて、献身的なサポートをしてきた南雲には勲章の1つでも授けてやりたい。


 何なら、現世では今日と言う日を祝日にしても良いのではないか。

 逆神六駆が働くと言う事は、それほど稀有で貴重でレアな出来事なのだ。


「あー! 疲れた!!」

「お疲れ様ぁー! はい、六駆くん! これが着替えと濡れタオルでしょ! こっちに軽食と飲み物! もうすぐに寝ちゃう? ホマッハ族の人が、お城のベッド使って良いって! クララ先輩と芽衣ちゃんが運んでくれてるよぉ!」


 デキる妻みたいになった莉子さん。


「ありがとう! じゃあ、僕は少しだけ寝かせてもらおうかな!」

「分かったよぉ! 後の事はわたしに任せといて! 全部やっておくから!!」


 こうして六駆は優しい人質にされていたホマッハ族が用意したベッドに寝転がり、眠りに落ちる。

 王都ヘモリコンでは割れんばかりの「サカガミ!」コール。

 再び現れた英雄とその息子を称える声は、しばらくの間止むことがなかったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらはコンバトリ火山。

 帝竜バルナルドには、冥竜ナポルジュロのように遠隔地をる能力がない。


 だが、冥竜の残して行ったオジロンベから作り上げられた鏡が、しっかりと王都の様子を彼に伝えていた。

 全てを理解した帝竜バルナルドは「ふっはっはっは」と不敵に笑う。



「……なにがどうして、こうなった? どういうことなの?」



 不敵に笑いながら、帝竜バルナルドは瞳から水が零れ落ちる気配を察知して、不思議そうにそれを爪で拭う。


「……これは、なんだ? 余の目から水が?」


 それは、帝竜バルナルドが生まれて初めて流す涙だった。

 幻竜が竜人になり、「余裕っすよ」と言っていた冥竜がいつの間にか竜人になり、帝竜はこの異世界でたった1匹残された古龍となっていた。


 帝竜バルナルドは独り呟いた。


「……余もなんか上手いこと考えて、竜人になる方向で話を付けよう。うむ。逆神の血族は話が分かりそうではないか。うむ。そうである。大丈夫だ、問題などない」


 帝竜バルナルドは勘違いをしている。

 交渉をするのなら、相手を間違えている。

 ナグモと言う名の優秀な窓口が開いているのに、それに気付けない。


 帝竜の孤独な戦いが今、始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 王都ヘモリコンでは、冥竜改め竜人ナポルジュロが人質にしていた10000の民に向かって、頭を下げていた。


「貴公らには不自由な思いをさせた。サーベイランスなるものを破壊して、助けを呼べなくしたのも我である。貴公らが死ねと申すのならば、喜んでそうしよう。だが、その前に一言だけ、勝手を許してくれぬか。……すまなかった」


 10000を超えるホマッハ族が全員で声を揃えて返事をする。



「「「反省しているなら、別にいいよ!! これからよろしく!!」」」



 ホマッハ族は恐ろしく人が良い。

 昔の同級生と名乗る者が電話をかけてきたら、インチキ臭い英会話の教材でも怪しい壺でも謎の絵画でも喜んで買うだろう。


 そんな彼らを見て、竜人ナポルジュロは人目をはばからずに涙した。

 自分はこれまで、何と言う愚かな事をして来たのかと。


 人質たちは割と快適に過ごしていたので、特に遺恨もなく、むしろ新たな国の守護神が増えた事を歓迎している。


 帝竜バルナルドが渇望する優しい世界がここにはあった。

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