第15話 バレる秘密 守った命

「どうですか? まだ痛みとかあります? 僕、治療系のスキルってあんまり得意じゃないんですよね。自分が怪我しないもんですから」


 六駆は『軽気功ミスディア』を使い、クララの裂傷、火傷、凍傷を治療する。

 これは対象者の自己治癒力を促進するスキルであり、弱り切っている者への効果はないのだが、クララも探索者歴3年のCランク。

 あれだけの攻撃にさらされていたにも関わらず、まだ体力が残っていた。


「六駆くん! ここは!? なんか、黒くなってる! クララ先輩の太もも!」

「いや、太ももはちょっと。ささいな事でセクハラになるんでしょう? あとから怒られるの嫌だし」


「バカぁ! 良いから、見て、そしてて!! 毒とかだったら大変じゃん!」

「ええー。クララ先輩、いいですか? 食い入るように太もも見ますけど」

「あっははー。そんな、命の恩人なんだから、太ももでもお尻でも胸でも、好きなだけ見てもらってかまわないともさー!」


「いえ。大丈夫です! お気持ちだけで結構です!」

「即答で断られるとね、あたしもなんだか複雑」


 結論から言えば、それは確かに蜘蛛の毒だった。

 六駆は治療スキルについて、必要最低限のものしか習得していない。

 千を超えるスキルを持ちながら回復の術に煌気オーラのリソースを割いていないのは、彼の強さの裏返しとも取れるが、六駆が何でもできる万能超人ではない事の証明でもあった。


 ただし、治療が必要になった時の作戦は8パターンほど確立しており、例えば今ここで、誰かが命の危機に瀕していたとしても対処は可能。 

 であれば、やはり六駆の有能さには傷をつけられない旨も付言しておく。


「ちょっと痛いかもしれませんが、失礼して。『吸収スポイル』」

「わぁ! すごい、黒いシミが体から浮き出して来た」

「……はい。これで毒素は全部抜けました」


 本来は対象の力を奪うスキルである『吸収スポイル』。

 これを治療に応用する事を思い付くのが、六駆の積み重ねてきた経験値である。


「す、すみませぇぇぇぇん! オレたちも、あ、いぇ、あたくしどもも、なんだか体中に黒いシミがあるんですけどぉぉぉ? これって、大丈夫なヤツですかぁ?」


 薄情者どもの声が聞こえる。

 六駆は無視しようとしたが、心が清らかな莉子はそれを良しとしない。


 対等な同盟関係の2人である。

 片方が頷けば、もう片方が折れなければならない。


「ああ、放っておいたらね」

「大丈夫なヤツですかぁぁぁ? なんか、むちゃくちゃ痛いんですけどぉおぉ!!」



「でしょうね。放っといたら30分くらいで死にますよ!」

「ほんっとうにすみませんでしたぁぁぁぁ! なんでもします! 助けてくだせぇぇぇぇぇ!!! 足でも舐めますし、粘土のおかわりもできますぅぅぅぅ!!!」



 やれやれとため息を吐くのが六駆。

 「大丈夫ですよ!」と励ますのが莉子。

 この2人のバランスは実にいい塩梅あんばいを保っており、その様子を眺めていたクララには特によく分かったと言う。


「それじゃあ、謝って下さいね」

「すみませぇぇぇぇん!!」


「違う。僕にじゃないよ。クララ先輩に! あなたたち、命を救ってもらった人を囮にして逃げましたよね? 莉子は優しいから許しますけど、僕は別に優しくないから。……この場に僕しかいなかったら、見捨ててるな。お前たちなんて」


 少しずつ言葉に棘が生え、代わりに少しずつ抑揚のなくなっていく六駆の声に、その場にいた全員が恐怖した。


「もぉ! そんなこと言わないの!」

「いてっ! ちょっと、莉子? 莉子さん? 今、僕すごいキメてたんだけど!?」


 異世界で最強を誇った六駆にツッコミを入れる莉子。

 もしかすると、最強の座にもっとも近いのは彼女かもしれない。


「はぁー。男の人ってめんどくさい! 先に治療してあげて! その後で、クララ先輩に謝ってもらうから! わたしだって、この人たちの事は許せないもん!」

「ああ、分かったよ。分かりました。『吸収・自動オート・スポイル』っと! あ、手加減はしませんからね? これ、本来は攻撃スキルですから。加減するの疲れるんですよねー」



「ぎゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「あばばばばばばばばばばばはばばばばばばば!!!」



 解毒が済むまで10分ほどかかるだろう。

 その間、彼らは身をナイフで切られるような痛みにさいなまれ続ける。

 恐らく、後悔と反省はその時間を活用して行われるだろうと思われた。


 一方で、事情を聞きたい人がいる。

 クララには、六駆が単身で大蜘蛛を倒してしまった事実と、見た事もないスキルを駆使した現実の説明を求める権利があった。


「あのさ、六駆くん? 言いたくなかったら良いんだけどね? 君って本当に、何者なのかな?」


 六駆は露骨に嫌そうな顔をする。

 そんな彼をぺしんと叩いて、莉子が「良いよね? 六駆くん?」と念押しした。

 彼らのパワーバランスが少しずつ偏り始めているのは気のせいか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「えっ!? あっ!? ええと、異世界周回者リピーター!? あー。んー? でも、確かに。でもでも! ……だよね。そう言う事なら、辻褄が合うよねぇ」


 クララは自分が中堅クラスの探索者であると少なからず自信を持っていた。

 それは戦いに敗れてもなお折れることがなく、自分にとって最も信頼すべきこれまでの経験と照らし合わせてみたところ、莉子が語ってくれた六駆の身の上を信じる、と言うよりも、信じざるを得ないと判断するに至った。


「世の中には色んな人がいるんだねぇー。六駆くん。いえ、六駆さん?」

「ヤメてください。莉子が似たようなやり取りを既に済ませてますんで。僕の年齢は17で、クララ先輩の2個年下の高校生ですよ。と言うか、出来たらこの話、ここだけの事にお願いできます? もう、僕は小金稼いだらすぐにどろんしますんで!」


「はっはー! 今の感じ、すっごいおじさんっぽい!」

「ですよねー! 六駆くん、油断するとすぐにおじさんが顔出すんですよ!」


「……おっさん差別、良くないと思うな。僕、あっちのバカ2人の様子見てくる」


 六駆は自動起動させておいた『吸収スポイル』の調子を見るために会話を抜ける。

 クララは「話すなら今しかないっしょ!」と判断した。

 中堅探索者らしい、適切なタイミングの取り方であった。


「お願い! 莉子ちゃん! あたしをパーティーに入れて! もう隠す必要ないでしょ? あたし、絶対に誰にも言わないし! それに、2人の役にも立てると思う!!」


 クララはグアル草を撒いて道しるべを作ったのは自分だと告白し、さらに探索者3年目の経験値を重ねて莉子に自分を売り込んだ。

 彼女の目的は一つ。


 ただ、今よりも強くなりたい。


 その理想に莉子が共感しない理由がなかった。

 こうして、チーム莉子に新メンバーが加わる。

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