第314話 違和感を覚える4番 軍事拠点・デスター

 キュロドスの北端にあるアトミルカ軍事拠点。

 名前をデスターと言い、総司令官は4番。グレオ・エロニエル。


 彼は何かがおかしいと感じていた。


 デスターには、7番と6番が副指令官として常駐している。

 が、その片割れである7番。ロン・ウーチェンが作戦行動に出たまま戻らない。


 7番は計画をしっかりと立て、定時連絡も怠らない男。

 にも関わらず、通信が途絶してからもう5時間が経とうとしていた。


 人を褒める事をしない4番だが、彼は7番と6番の事は内心で認めている。

 もう1年以上同じ拠点で過ごしている事も少なからず影響しているだろうが、グレオは1桁ナンバーの中で彼らとだけは腹を割って話せる仲と言える関係を構築していた。


「おい。ヒャルッツよぉ。ロンのヤツから通信はまだ来ねぇのか?」

「来ないな。それどころか、潜水艇の反応すら感知できない」


 司令官室で机に足を乗せているグレオの隣で、端末を操作する男。

 彼こそが6番。ヒャルッツ・ハーラント。

 デスターの指揮は実質、このヒャルッツが執っている。


「あいつ、どこに行ったんだったか? 探索員どもの、なんつったっけ?」

「人工島・ストウェアだ。イギリス探索員協会の造った、動く本部に向かった。ようやく計画が実行できると舌なめずりをしながらな」


 7番がイギリス探索員協会を壊滅させた男であることを、諸君は覚えておいでだろうか。

 彼の目的は、国際探索員協会によって開発された新造の拠点をそっくりそのまま奪取すると言うものだった。


 なお、日本探索員協会の水戸、川端両監察官と、雨宮上級監察官によってその企みは阻止されている。


 その事実はまだ、デスターに伝わってはいなかった。

 だが、グレオは違和感を覚えている。

 それは、天性の鋭い勘がもたらした予感だった。


「ロンの野郎、しくじりやがったな。あいつの性格なら、どんなに忙しくても人工島とやらを手に入れたら、写真付きでピースサインしてメールくらい送って来るだろ」

「しかし、グレオ。ロンを倒せる者がイギリス探索員協会にいるとは思えんが?」


「そこなんだよ。そこがくせぇと思ってんだ、オレぁ。確か、多国籍の探索員が結構な数常駐してんだろ、人工島にゃ」

「そのように聞いている。ロンは教えてくれなかったが」


「…………。ところで、8番の豚はまだ帰ってこねぇのか?」

「下柳か。そう言えば、あの男も定時連絡がないな。まあ、ヤツはロンと違って我々に敵意剥き出しだからな。意図して連絡してこないだけではないのか?」


 グレオは天井を眺めて、煙草を一本咥える。

 時間をかけてゆっくりと煙を吸い込み、吐き出した。


「やっぱりどうもな。きな臭ぇ。ヒャルッツ。キュロドスの警戒レベルを上げるぞ。関所と駐屯基地に通達しろ」

「考えすぎではないか? 今日は3番様も来られる。わざわざ慌てふためく姿を見せることもあるまい」


 グレオは「いや」と首を振る。


「3番が来ようが何だろうが、ここの総指令官はオレだ。そもそも、1番様ならともかく、技術屋の3番にペコペコ遠慮することもねぇだろ。んなことよりも、てめぇの直感を優先するのがオレのやり方だ。知ってるだろ?」

「ああ。よく知っている。では、通達を出そう」


 グレオ・エロニエルは傲慢な男だが、繊細な感覚も持ち合わせていた。

 普通ならば無視してしまうような、ほんの些細な違和感も彼は存在を許さない。


「ついでによぉ。オレたちの装備も用意させとけ」

「それはいくらなんでも過剰ではないか?」


「いいんだよ。3番のヤローに装備の点検させるって名目でも立てとけ。オレの勘が言ってやがる。妙に面倒くせぇヤローがオレらの邪魔しに来るってな」

「そうか。了解した、4番殿。全て貴官の言うように手配しよう」


 グレオは「おう」とだけ答えて、再び煙草の煙をくゆらせる。

 アトミルカのトップ3に極めて近いとされる男、グレオ・エロニエル。


 彼は油断をしない。

 南雲率いる急襲部隊の前に巨大な壁となって立ちはだかるであろう予感が漂っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ひぎぃぃぃぃぃっ! ふぎぃぃぃぃぃぃっ!! あびゃびゃびゅ!!」

「逆神くん? 下柳さんに猿ぐつわさせたら、何て言うかね。音声的にも酷いけど、ビジュアルはもう目も当てられないよ?」


 8番の豚は、酷い鳴き声を上げていた。

 六駆がワサビを継続発現しているからである。


「そうですね! もう、見てるだけで気分が悪くなってきますね!!」

「因果応報だけど、君がそれを言うんだね……」


 六駆は「それじゃ、早いとこ送っちゃいましょう!」と言って、『ゲート』を出した。



「莉子さんやー! ちょっと手伝ってくれるー?」

「君ぃ! よくこの醜い生き物がいるところに、女子を呼ぼうと思うな!?」



 莉子は「なぁにー?」と、笑顔で駆けよって来る。

 南雲の心配は常識人として当然のものだったが、それには及ばないのだ。


 莉子には下柳の醜さなど気にならないのだから。

 なんかふごふご言うオブジェとして莉子さんは認識している。


「下柳さんをさ、見張っといて欲しいんだよ! 僕が『ゲート』を使う瞬間って同時にスキル使ってると一瞬だけ煌気オーラが弱くなるからさ!」

「あ、そっかぁ! 下柳さんの拘束が万が一外れたら大変だもんね!」


「さすが莉子だなぁ! じゃあ、万が一の場合はよろしくね!」

「うんっ! 万が一の時に『苺光閃いちごこうせん』が撃てるように準備しとくね! やぁぁぁっ!!」


 『苺光閃いちごこうせん』の恐ろしさは下柳則夫も熟知している。

 彼は万が一の可能性に賭ける気など既になかったが、「万が一の時」とこのやべぇカップルに勘違いされないよう、呼吸をする事さえもヤメたと言う。


「ふぅぅんっ! はい、繋がった!! じゃあ、南雲さん! いいですね?」

「うん。もう、何て言うかね。早いところ協会本部に送ってあげて」



「南雲さんは優しいんだから! あなたの命を奪おうとした豚ですよ? まあ、南雲さんが良いなら結構ですけど! ふぅぅぅんっ! 豚キック!!」

「君の見事な死体蹴りを見続けていたらね、なんだか争いごとの虚しさを思い知らされたよ。……あ。もういないのか、下柳さん」



 アトミルカ8番。本名を下柳則夫。

 彼は「ふぎぃぃぃぃぃっ」と言う悲鳴を上げて、門の向こうへと蹴り飛ばされた。


「さて! アタック・オン・リコの方はどうかな?」

「切り替えが早いなぁ。逆神くんは。あっちの準備は椎名くんと木原くん。それから加賀美くんに任せてあるよ」


 ルベルバック戦争で使用したアタック・オン・リコ。

 そこに参加していた3人は、この移動要塞の整備方法も熟知している。


 また、ミンスティラリアでの保管状態も極めて良好であったため、支障となる要素は一切見受けられない。


 アタック・オン・リコに乗り込む六駆。

 それを見届けてから、南雲は部隊に指令を出した。


「諸君。今日はご苦労だった。これより8時間の休息を取る。そののち、逆神くんが持って来てくれた移動要塞で一気にキュロドスを北上し、名前の判明した軍事拠点・デスターへと総攻撃をかける。まずは疲れを癒す事に専念してくれ!」


 アタック・オン・リコの中には居住スペースもあり、数十人が住めるほどのキャパシティーを持っているため、急襲部隊の快適な休息は約束されている。


「皆さん中に入りましたかー? それじゃ、要塞を消しまーす!! ふぅぅぅぅぅんっ!! 『極大・蜃気楼テオバニッシュラル』!!」


 シミリートの改造は完璧であった。

 本来は対象単体の存在を隠匿するスキル『蜃気楼バニッシュ』だが、それがしっかりとアタック・オン・リコの外装に発現されていた。


 こうして安全な寝床を確保した戦士たち。

 彼らはひと時の休息を得る。

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