第300話 チーム莉子は休憩中 フォルテミラダンジョン第8層

「むっ! みんな、ちょっと聞いてくれる?」


 フォルテミラダンジョン第8層で、六駆が神妙な顔をした。

 ついに敵と遭遇するのだろうか。


 ここまでの道中でも、イギリス生まれな産地直採れのモンスターとは何度か出会っている。

 が、効率重視で六駆がほとんど秒で消し去っていた。


 イドクロアにすら見向きもしない。


 既に第1層でラキシンシをたんまりゲットしたし、モンスターと遭遇する度に南雲がサーベイランス越しに「すぐに倒してくれたら5万円あげる!!」と叫ぶので、六駆が躊躇う理由を知りたい。


 そんな中、ついに六駆が口を開いた。



「お腹空かない?」



 緊張感がないかもしれないけれども、重大な情報だった。

 ダンジョンに潜って既に2時間と少しが経過しており、ずっと動いているのでそれはもう、お腹が空くのは健康な証拠なのだ。


「実は、わたしもちょっぴりだけ……」

「あたしはガッツリ腹ペコだにゃー。マックスを10ペコとすると、7ペコは行ってるにゃー」


「芽衣は5ペコです! みみっ!」

「その単位に合わせるのですわね。わたくしは4……嘘をつきましたわ。6ペコは行っておりますの……。緊張して事前にあまり食事が取れなくて」


 チーム莉子は全員が若い。

 育ち盛りなのである。


 おじさんになって来ると、疲労が溜まれば一周回って逆にお腹空かなくなるどころか、それを越えてなんだか胃が悪くなってくる事もあるが、六駆くんは体が17歳。


 そんな彼が先頭に立って戦闘をこなしている事情を鑑みると、サーベイランスの向こうにいる指揮官も「そんな事より早く急げ」とは言えない。


『装備の収集箱に軽食が入ってるから、休憩にしてくれ』

「さすが南雲さん、話が分か……ナグモさん、軽食ってカロリーメイトですか?」


『うん。えっ!? ダメだった!? なんでスカレグラーナ訛りで呼ぶの!?』

「南雲さん。僕たち、みんな若者なんですよ? それがお腹空いたって言って、カロリーメイトを箱で渡された時の失望感、分かります?」


『いやね、だって今回はダンジョン攻略の計画がなかったから! 一気に攻め込む短期決戦を想定してたから! 装備に食事を加えていないんだよ!!』

「ナグモさん……。僕たち、若者ですよ? 大人ってそーゆうとこあるよなぁ」



『私が悪いのか!? あと、逆神くん! 君、私よりよっぽど人生経験しているだろ!?』

「僕は17歳ですよ。肉体と戸籍的に。論点のすり替えは良くないなぁ」



 荒ぶる六駆おじさん。

 これには南雲も困り果てる。


 強く出て六駆にへそを曲げられると計画がとん挫するからである。

 だが、南雲の手元もコーヒーと軽食しかない。


 「ご飯ないのにコーヒーはあるじゃないですか!」とツッコミが来るのは分かっているので、それも口に出さない、我らが賢い監察官殿。


 そんな時、帯同しているサーベイランスに通信が入った。

 相手は本部からであり、「どうもー。みんなの山根っすよー」と、南雲の助手が現れた。


 彼は提案する。


『逆神くんの『ゲート』を小さめに発現できないっすか? それを本部側に出してもらえれば、こっちから温かい食事を差し入れられるんすけど』


 六駆の行動は早かった。


「アレンジスキル! 『ゲート小窓ミニ』!!」


 スカレグラーナで大吾が『ゲート』を使った際、煌気オーラの練度が足りず極めて小さいものになってしまった事を諸君は覚えているだろうか。

 六駆は覚えていた。


 大吾の失敗作を敢えて構築することくらい、千のスキルを携える逆神六駆にとっては容易い事である。


 こうして、温かい食事をゲットしたチーム莉子。

 一旦、休憩に入ることにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「へぇー。雨宮さんって人、名前はたまに聞きますけど。強いんですね」


 カレーを食べながら、山根からストウェアの戦いについて聞いた六駆が感想を述べた。


「アトミルカさんも忙しないですにゃー。あっちにもこっちにもちょっかい出してるとか、気の多い人は好みじゃないですぞなー」

「あー! 分かります! やっぱり男の子は一途な人が良いですよね! うんっ!」


「あの、六駆さんはすぐお金に浮気するように思えるのですが……?」

「小鳩さん、それは危険な発言です! みみっ! ここは静かにチャーハン食べておくのが安全です! みみみっ!!」


『とりあえず、雨宮さんたちが撃退したんすけど、もしかするとこの先のアトミルカの拠点にも何かしらの影響が出てるかもしれないっすね。というのが、自分たち協会本部の意見っす。ナグモもそう思ってるはずっすよ』



『おおい! 私も普通に発言できるし聞こえてるんだけど!? ご飯の件に関しては悪かったから、いじわるするなよ!!』

「南雲さん! 焼きそば追加お願いします!」



 チーム莉子に提供されている料理は、協会本部にある食堂で用意されている。

 味はハイクオリティが保証され、料金は探索員割引で格安。

 コスパ最強の戦飯である。


『どうしてフォルテミラ島にいる私にオーダーするのかな。山根くん、おかわりだってさ』

『もう運んで来てるっすよ。雷門さんが!』


『おおい! 監察官を使いパシリにするなよ! 君が行きなさいよ!!』

『やー。雷門さんが号泣するもんで、じゃあ料理運んで来いって五楼さんが!』


 南雲は心の中で「おいたわしや」と同期の雷門を慮った。


『それで、逆神くん。攻略の方はどうなっている?』

「順調ですよ。ただ、懸念がいくつかありますね」


『それは穏やかじゃないな。具体的には?』

「この階層と次の階層の間から、やたらと強い煌気オーラを感じるんですよ。多分ですけど、人じゃないです」


 南雲は六駆の言いたい事をすぐに理解して、求められているであろう返答をする。


『モンスターか。どうだね、君に倒せそうかと聞くのは無粋な気もするが』

「まあ、普通に戦えば楽勝だと思いますけど。煌気オーラの質がやっぱり日本とは違いますね。上手く感知できないんですけど、5分の4南雲くらいの強さです」



『結構な勢いで強敵じゃないか! あと、南雲って単位はヤメてくれる!? なんか、それで強敵とか言うと、私すごく感じ悪くなってない!?』

『ぷーっ! 南雲さん、イギリスまで行って何言ってんすか。ウケるー』



 ここぞの返事は、きっちりと会話のレシーブからの強力なスパイクを1人でこなす、山根健斗Aランク探索員。

 現在「やーまーねぇー!! 私、総指揮官だぞ!? いつもより偉いのに!!」と、お馴染みの会話が繰り広げられていた。


「ふぅー。お腹いっぱい! 六駆くんのおかげで元気も回復だよぉー!」

「確かににゃー。六駆くんの便利さが久しぶりに炸裂したぞなー。ナポリタン、大盛にして正解だったにゃー」


「……みみっ」

「どうなさいましたの? 芽衣さん。クララさんの食べっぷりに感動いたしまして? 分かりますわ。わたくしもつい目で追ってしまいましたもの!」


 芽衣の視線の先には、これまでと違う色のダンジョンの壁があった。

 鮮やかな紫色をしており、まるで生き物のように艶のある表面をしている。


「みみみっ。莉子さん、莉子さん。質問があるです」

「どうしたの? わたしで分かる事だったらいいけど」


「ダンジョンのモンスターで、超巨大な蛇とかって存在するです?」

「んっとね、日本ではまだ目撃されていないけど、海外にはいるんだよぉ。特に有名なのは、シャンパンパイソンって言うモンスターでね! 通路よりも大きくて、探索員が気付かないうちに呑み込まれちゃった事例もあるんだって! 怖いよねー」


「……みみっ」


 木原芽衣は危機察知能力に長けた乙女である。

 逆神六駆はにょろにょろしたものが苦手である。


 チーム莉子に迫る危機。

 逆神流縛りの攻略なのに、多分この危機では逆神流の親玉は仕事をしない。

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