第1026話 【無理やりにでもやる日常回・その4】木原芽衣ちゃまのみみみな魔王城 ~「みっ。ここは平和です。みみみっ」~

 日常回。

 それは探索員の激務と激闘から解放され、ひと時の日常を得る事のできる特別な回。


 そのはずなのだが、現在3回連続で孫六ランドが舞台になるという異常事態。

 しかも地続きで進行しており、これまで日常回に参戦経験があり、なおかつまだ孫六ランドという閉鎖された空間の中に囚われている者の中にはもう絶望を覚えた後の勘の良い男と乙女が1人ずついる。


 なんとか雲さんとなんとか鳩さんである。


 そんな日常回時空において、既にパラレル時空やメタ時空にも巻き込まれ済みな乙女もいる。

 彼女は動じることなく、玉座にちょこんと腰を下ろしていた。


「みみっ! 魔王城に戻ったです!! 芽衣は招集される事なくずっとこっちにいたいです! ファニちゃんさんに玉座はお返しして、芽衣はゴザでも敷いて座るです! みみみっ!!」


 木原芽衣ちゃまであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南極海のストウェアから帰還した芽衣ちゃま。

 特に何かをやったという訳ではないが、ただそこに彼女がいた。

 それだけで全てを丸く収めた感は溢れ出して震える。


「お帰りなさいませ! 皆さま! 照り焼きをお召し上がりになりますか?」

「みーみーみー。芽衣はまだお腹いっぱいです! でも、お腹空いてる人たちを連れて来たです! こっちのみんなに食べさせてあげて欲しいです!! みっ!!」


 芽衣ちゃまはストウェアで捕虜にした十四男ランドの乗員たちに現場でこう言った。

 「みみっ。魔王城でご飯食べて欲しいです」と。


「あああ! なんと慈悲深きお言葉なのでしょう!! みなさん! 芽衣殿下の発するものは咀嚼音も聞き逃してはなりませんよ! ため息さえも拾うのです! そして耳を蕩けさせていただいた後はこう! 御礼申し上げるのです! イエス、マイ、ミーと!! 良いですか!! それでは参りますよ!! おーっほほほほ!!」



「みっ! ヤメてです!!」

「ははっ! ではヤメます!! みなさん! 芽衣殿下のお言葉に逆らった場合、わたくしが殺しますよ!!」


 なんか忠臣が増えていた。



「あ゛あ゛! 芽衣しゃま! 我は皇帝陛下にィ! 忠誠を誓いしィ!! 逆神ィ十四男ォ!! この身はいかな場所ォ! 時ィ! そしてェ! 天使に見つめられようともォ! 皇帝陛下に忠義を尽くす事ォ! 違うはできませぬゥ!! この逆神ィ! 十四男ォ! 芽衣しゃまに対してェ! 不敬を働くくらいならばァ! どうか自裁のお許しをォ!!」

「みっ! ヤメてです! 六駆師匠のひいお爺ちゃんの息子さん……おじいちゃん……? です! ちょっとよく分からないです! けど、芽衣と十四男さんが喧嘩する理由がないです! 温かいもの食べて欲しいです! 南極寒かったです! みみみみみっ!!」


 十四男がよろよろと跪いた。

 このポーズはバルリテロリではお馴染み、忠誠を誓う神聖な姿勢。


「あ゛あ゛あ゛! きしゃんた陛下ァ! 貴方様のォ! 御身に刃を向ける事叶いませんがァ! 命を賭す対象がァ! 1人であれとは申されておりませぬゥ!! 芽衣しゃまにこの身、捧げますればァ! 陛下ァ! 来世では必ずや忠誠を続けますゆえェ! ……なんかあのォ、なんかァ! 申し訳ありませぬゥ!!」


 逆神十四男、2人目の皇帝を得る。

 バルリテロリでは喜三太陛下は神として崇められているが、唯一神なのか多神教でもオッケーなのかは決められていない。


 十四男は多神教徒として余生を神々に尽くすと決めた。


「ふん。老いぼれ。新参者は口を利く回数が決められていると知れ」

「ならばそなたもであろう。サービス。そしてそなたも中身は老いぼれであろう」


 芽衣ちゃま親衛隊の両翼。

 ラッキー・サービス氏とアリナ・クロイツェルさんが新人いびりを開始。


 アリナさんに至っては中身の年齢が何度転生しているのか、彼女自身1度転生すると記憶を失うため把握できていないが、場合によっては最長老の可能性がある、というか高い。


 じじいとじじいと推定ばばあとばばあを従えた芽衣ちゃま。


「ぐーっはは!! 芽衣殿! 南極海で獲れた新鮮なキモい魚はいかがですかな!! ストウェアでカラッと揚げてございますれば!! バッツ殿の作ってくださったタルタルソースとあえましたぞ!! どうぞどうぞ! お召し上がりくだされ!!」

「み゛っ。ダズモンガーさん、もう生き返ったです?」


 お排泄物が賜りし不死性を唯一ゲットしたトラさん。

 だいたい2分ほどで蘇生をキメる。

 そして死んでいた間も自分の作った料理は無駄にしない、クッキングタイガーの鑑。


 クッキングタイガーはこの世界にダズモンガーくんだけなので、唯一無二のトラさんの座は未来永劫譲らない。


「くくっ。ダズ。次代の英雄殿はまだ少女。キモいと付言した料理を差し出すのはヤメるのだよ」

「おお、シミ! そうは言うが! 既にグアル草のスープやグアルボンの料理を芽衣殿には食べさせておるぞ!!」


「ダズ。お前は死んでも生き返るから良いかもしれんがね。ミンスティラリアを巻き込んだ不敬はヤメてくれるか。私は研究したい事がまだまだ尽きんのだよ」

「そうであった! 久坂殿から伝言があるぞ! シミの作ったみつ子殿の人形! 海に沈んだ!!」


 シミリート技師が珍しく「データを取っていないのだよ……」と嘆いて膝から崩れ落ちた。


「みみみっ。芽衣はご報告しなくちゃです! お電話するです! みみみみみっ!!」


 芽衣ちゃまは後方司令官。

 後方から前線に赴いたらば、その事実は上官に伝えなければならない。


 だが、上官の南雲さんは異空間で既にストレス過多。

 そもそも連絡手段は本部のサーベイランスか、ボクっ子の覗き穴しかないため芽衣ちゃんから連絡する術がない。


 「みーみーみー! もしもしです!!」と言っただけで勝手に念が飛んでいきそうな気もするが、「みっ! 芽衣はバランスブレイカーになるの嫌です!」と固辞する。

 とっくになっていると御忠言するのは個々の判断に委ねるが、その辺にも芽衣ちゃま教徒が増えた現在、あまり積極的にお勧めはできない。


 後ろからブスリとやられて「芽衣ちゃま! 万歳!!」と殉教をキメる輩がいるかもしれないのだ。


 そう、今、あなたの後ろにも。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 芽衣ちゃまが電話した先は、とあるマンション。

 自宅の電話を選んだのはスマホだと無理をして絶対に出てしまうからという配慮。


 ただ、こちらのお宅の固定電話にはナンバーディスプレイが搭載されているので、芽衣ちゃまの番号から着信があると「みみみみみみみみっ」とそれを知らせる福音も変化する。

 なお、ナンバーディスプレイのサービスは2024年1月1日から有料化されるため、手続きをしていない場合は利用できなくなります。



 クレームはみみみお客様センターではなく、NTTにお願いします。



「もしもし!! 芽衣か!? 無事か!? もう探索員辞めるか!?」

『みっ! 木原芽衣Bランク探索員です! 身重の京華さんにお電話してごめんなさいです!!』


「よせ! その心遣いだけで双子が三つ子になりそうだ!!」


 ちょっと何言っているか分からないくらい心がぴょんぴょんしている南雲京華さん。

 ちゃんと妊婦が戦場に駆り出される事もなく、静かに1月10日を過ごしている。


『みっ! ご報告いいです? 本部が壊滅してるから多分連絡したら迷惑になっちゃうです! ……み゛っ!? み゛み゛っ! じゃあ京華さんに迷惑かけちゃうです!? やっぱりヤメるです! さようならです! 失礼しましたです!!』


 芽衣ちゃま、痛恨のお気遣いミス。

 だが、心配はご無用。


「ふふっ。芽衣。よく聞いてくれ。お前の口からならば、修一が殉職したという知らせでも割とすんなり受け入れられそうだ。逆神が一緒にいるならどうせ生き返るだろ! と、ものすごく先の先まで見通せる。そんな冷静さをお前はくれる。何でも言ってくれ。寿司を取ろうか? ミンスティラリアに出前させよう! ちょっと待っていてくれ!!」


 ちょっと待っていると修一くんが死んだ事にされたり、ミンスティラリアに岡持抱えた職人さんが出前に行かされる。

 芽衣ちゃんが急いで報告した。


『みみっ! バルリテロリの捕虜さんがミンスティラリアにいるです! この人たち、どうしたら良いです?』

「なに!? バルリテロリの捕虜だと!?」


『みーみーみーみー。芽衣は子供だからワガママ言っちゃうです。あと、頭も悪いから変な事言っちゃうです。皆さん疲れてるです。きっとすぐに色々聞かなきゃだと思うです。けど、かわいそうです! 少しお休みさせてあげても良いです?』

「なんだと……!?」


 これには産休中とはいえ、日本本部の最高意思決定機関の京華さん。

 異を唱えずにはいられない。


「芽衣!! ひとつだけ確認させてくれ!! その捕虜たち……! そして私!! 一緒に飯を食べて楽しいのはどちらだ!?」

『みみっ! 京華さんです! 早く赤ちゃん見たいです!!』



「よし! ならば全部私に任せろ! なんか陣痛始まったとか言って、明日辺りに雨宮の痴れ者に伝えておく!! つまり、明日まで誰も捕虜なんか知らん!! どうせ逆神がバルリテロリ本国へ行ったのだから、晩御飯までには壊滅させるだろう!!」



 まだ少しお腹が膨らんだ程度で「生まれそうになったから報告が遅れた。生まれてはいない。なんか引っ込んだ」という「あららー。親戚の法事があってねー! 今年12回目!!」を連発する雨宮さんと同じレベルの言い訳をキメる覚悟を装備した京華さんであった。


 日本本部の上層部がヤバい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 電話を終えた芽衣ちゃま。

 玉座をファニコラ様に返却して、敷いてもらったゴザの上で朗らかに言った。


「みみみっ! みんなでご飯食べて、ゆっくり休むです!! 戦争って良くないです!! ミンスティラリアはとっても平和で良いとこです!! みっ!!」


 ファニコラ様が「芽衣。妾はもう玉座、いらんのじゃ。座っていて欲しいのじゃ」と返却されたものをすぐに差し出した。

 芽衣ちゃまの出撃はいつになるのか。


 それはまだ、誰にも分からない。

 ガチのマジで分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る