第784話 【水戸くん・イン・ワンダークリスマス・その2】青山仁香さんの「どうしよう。放っておけないポイントが溜まっていく……」~規定ポイントに到達するとまずい乙女~

 能面ランドに入園した2人。

 マスコットの般若くんがお出迎え。


 隠密御庭番衆かな。伸碗の術使って来そう。


「はははっ! 見てくださいよ、仁香さん! 可愛いですね!!」

「……え?」


「クリスマスに能面を見るのもなかなか乙なものですね!!」

「……は?」


 なお、般若の面は「女性の嫉妬と恨みを表現した怨霊」がモチーフになっており、文芸の歴史的には大変価値のある日本固有の芸術であるが、恋人たちが手を取り合ってキャッキャウフフするクリスマスに相応しいかどうかについては議論に値しない。


 もう仁香さんも般若の面付けて帰れば良いのにくらいしか感想もない。


「あ! 見てくださいよ、仁香さん!! あそこでグッズ売ってますよ!! 自分、遊園地なんて初めてなんですけど! 雨宮さんから聞いた情報によると、マスコットグッズ付けるのが粋な過ごし方らしいじゃないですか!!」

「まあ、そうですね。ネズミの耳とかでしょ?」


「ほら! 般若の面売ってますよ! お揃いで付けましょう!!」



 こいつ、正気か。



 ユニバーサルスタジオジャパンの売店で売っているミニオンのお面感覚で、般若の面を「今晩キメてやる!」と熱い決意を向けている女子に勧めるこの男。

 既にナニか別の良くないものがキマっているのではなかろうか。


 これは早々に決定的な場面が訪れたのかもしれない。

 仁香さんは「我慢できなくなったら帰る」と決めており、世間一般の乙女心をどこに設定するかは乙女により異なる事を当然としても、どこに設定していたとして乙女心ぶち抜いて場外ホームラン叩き込んでいるのは明白。


 クリスマスにペアの般若の面。

 サヨナラゲーム成立だろうか。


「……はあ。あのですね、水戸さん。そういうとこですよ。自分の願望を優先して、独りよがりになって。そんなことしてたら、一生女の子は相手してくれませんから。そもそもチョイスがキモいというか、生理的にも……あっ」


 しょんぼりした水戸くんが視界に入ったご様子。


「すみませんでした。初めて好きな人と遊園地なんて来たものですから、有頂天になってしまって。そうですよね。こういう浮ついたこと、仁香さん嫌いですよね」

「………………べ、別に、嫌だとは言ってませんけど? 水戸さんが買ってくださいよね!」


 説明しよう。


 青山仁香さんの中には「この人カッコいい!」と感じる一般的な女子の持つ好意値とは別に、「この人、私が見放したらもどうしようもないんじゃない?」と母性が爆発する度に蓄積されるが存在するのだ。


 この放っておけないポイントが規定値に到達すると、仁香さんの心が寛容から慈母にクラスチェンジし「お付き合いはしますけど、結婚とかは期待しないでくださいよ!?」という状態へ移行する。


 移行したら最後、もう放っておけないのである。



 今、3ポイント一気に貯まりました。

 規定ポイントが10とかじゃない事を祈りましょう。



 こうして、般若の面を頭にくっつけたタキシード野郎と、オシャレなデート着お姉さんがクリスマスと言う舞台を闊歩する。

 なお、今のところ他のお客には一切遭遇していない。


「仁香さん! お腹空きません!?」

「いえ? 食べてきましたから。だって、お昼過ぎですよ?」


「え゛っ!? あ、ああー! はいはい! そうですよね! はいはいはい!!」

「……まさか、私が何か用意して来ると思ってご飯食べてないんですか?」


「そんな訳ないじゃないですか!!」

「あ。良かった。さすがにそこまでじゃないですよね」



「朝から水の一滴だって口にしてませんよ!!」

「もぉぉ!! なんなんですか、あなたは!! そこのフードコートに行きますよ!! 早く!!」


 7ポイント貯まりました。



 フードコートで「座敷牢セット」とか言う残飯寄せ集めたみたいなクリスマスプレートを購入した水戸くん、笑顔で仁香さんの待つテーブルへと舞い戻る。

 その手にはクソデカいコーヒーが握られていた。


「どうぞ! 自分だけ食べるのは申し訳ないので!!」

「あ。どうも。意外と気配りが……いや、大きい!! しかもアイスコーヒー!!」


「えっ? なんか暑くありませんか?」

「それは水戸さんが興奮してるからですよね!? と言うか! デートで女子にこんな大きいコーヒー飲ませるって!! あの、カフェインに利尿作用があるのご存じですか? 女子って、トイレに行きたいって言い出しにくいんですよ!? なのに! どうしてお手洗いに行かせるように仕向けて来るんですか!?」


「あ。すみません。いつも監察官室でコーヒー淹れてもらってるので、たまには自分がと思って……」

「……飲まないとは言ってませんけど。……なんだか喉乾いてた気もしますし」


 ガンガン貯まっていく放っておけないポイント。

 既に計測不能になったため、集計は最後に行います。


 水戸くんがご飯をすごい速さで食べたせいで、仁香さんは700ミリボトルのアイスコーヒーをがぶ飲みするはめになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さあ! アトラクションに乗りましょうか!!」

「何があるんですか?」


「ええと……。あれ。何もないですね」

「……ん? すみません、ちょっと意味が分からないんですけど」


「案内図見たら、能面の歴史館っていうのが8つあって。あとはイベント広場で能楽やってるみたいです。ここ、遊園地じゃないんですかね!」

「こんなに敷地が広いのにですか!? えっ!? 私、これから水戸さんと能面の歴史について8つの施設を回って学ばないといけないんですか!?」


 ここで初めてが8ポイント加算される。


「能楽! 能楽を見ましょう!! ね、仁香さん! こんなの見られる機会ないですよ!! あそこのスタッフさんに聞いてみます! すみませーん!! 次のステージは何時からですか?」

「ああ、能楽? あれ、10月の末までしかやってないよ? 寒いでしょ? 演じる方も見る方も。あんた、素人かい?」


 水戸くんがしょんぼりした顔を見せまいと、般若の面で顔を隠して戻って来た。

 ついに桃太郎侍になった模様。


「……すみませんでした」

「お面外してください。タキシードに般若ってホントに怖いので」


「あ。はい」

「……もう。仕方のない人ですね。じゃあ、歴史館に行きますよ」


「えっ!? 興味あるんですか!?」

「いや、ないですけど!? 私が気を遣ってどうして水戸さんが驚くんですか!? 察してくださいよ!! 本当に、私じゃなかったらとっくに帰ってますからね!!」


 放っておけないポイントが猛追を見せる。


 それから、水戸くんと仁香さんは能面についてかなり詳しくなったという。

 気付けば夕暮れ。


 結構な時間、歴史館で過ごしましたね。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 入園ゲートに戻って来た2人。

 さすがの水戸くんも意気消沈気味。


 「2つもミスしたら、やっぱりもう解散だよな……」と沈痛な面持ち。



 君、自己評価高いな。

 ミスが2つで済んだと思ってるのか。



 その頼りなさ過ぎる姿をジト目で見つめる仁香さん。

 今なら『音速拳おんそくけん』ぶち込んでも怒られないと思うので、もうやっちゃえば良いのでは。


「……んー。なんだか、お腹空きましたねー。結構歩きましたからー」


 仁香さん?


「じゃあ、ちょっとコンビニ行ってきますんで! お待ちください!!」

「何でですか!? バカすぎて本当に放っておけないんですけど!? 発想が男子高校生のパシリですよね!? あの! 今日って何の日ですか!?」


「水曜日です」

「ぶっ飛ばしますよ?」


「あ゛あ゛あ゛! クリスマスイヴです!!」

「……はい。……お腹が空きましたね」


「え゛っ!? あの、それって!?」

「……これ以上のサービはしません。自分で考えてください」


 仁香さんに蓄積された放っておけないポイントの集計が完了しました。

 53万です。


 これ、多分規定値を超えていますね。


 一方、顔色の優れないのが水戸くん。

 どう考えても小躍りして喜ぶ場面なのに、この男は挙動不審になっている。


 まさか。


「あ゛! すみません、電話が!! ちょっと失礼します!! 急用かもなー! 自分、監察官だからなー!!」


 着信なんて来ていないスマホを握りしめて、ちょっと距離を取った水戸くんは雨宮さんに電話を掛ける。

 「お掛けになった番号は」と哀しみのメッセージが流れて「くそ! あの人、絶対にどこかでおっぱい楽しんでる!! 使えない人だな!!」と師匠になんか勝手な八つ当たりして、すぐに次の候補に電話を掛けた。


『はい。ナグモです』

「水戸です! 南雲さん! 落ち着いて聞いてください! 仁香さんがですね! なんかご飯行きたいって言ってるんです!! これってアレですか!? 新しいパンツ買って来た方が良いヤツですか!? 押したらイケるってヤツですか!? どこまで押していいんですか!? すみません、弱卒の身の自分にご教授ください!!」


 この時、南雲さんはナグモさんで、背中に嫁さん乗っけて飛行中でした。

 クリスマスデートに誘っておきながら、ディナーの用意をしていなかったバカな男、水戸信介。


 さすがに監察官一の知恵者にもできない事はある。

 優しく諭されて通話を終えると、絶望に打ちひしがれて仁香さんの元へと戻った。


「……そういう訳で、どこも予約がいっぱいなんだそうで。その、すみません」

「……はあ。そんなことだろうと思いました」


 彼女は言った。

 ちょっと耳を疑う感じのセリフを、少しぶっきらぼうに。


「……私の家に来ますか? 簡単な料理くらいならお出しできますけど」


 仁香さん?



 仁香さん?

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