第785話 【水戸くん・イン・ワンダークリスマス・その3】青山仁香さんの「私、どうして水戸さんを家に入れたんだろう」 ~取り返しがつかなくなる前に誰か何とかしてください~

 青山仁香さんは無言で歩く。

 それを「散歩っすか! 散歩行くんすね、ご主人!!」と尻尾振りまくっているコーギーみたいにはぁはぁ言いながら追いかける水戸信介。


 仁香さんは考えていた。

 彼女は聡明で、物事を考える際にはまず何が起きてどうしてそうなったのかと順序立てて事態を把握し、解決策を模索する。


 楠木監察官室で探索機動隊の副隊長をしていた頃から、それは変わっていない。

 その上で、彼女は考える。

 非常に小声で呟いた。


「……なんで私、水戸さんを家に呼んだんだろ!? あれ!? おかしい! 絶対に変だよね!? 密室に2人きりとか、おっぱいジャンキーと作っちゃいけないシチュエーションでしょ!? ええと、落ち着いて、私。よく考えよう。……んんん。……何が起きて、どうしてこうなったんだろう?」



 性夜の魔手が仁香さんに伸びている模様。



 一方、美人の後ろをはぁはぁ言って追跡している水戸くん。

 彼も考えていた。


「これ、あるぞ! ある!! なんかよく分からないけど、自分! 今日、大人の階段上れそうな気配!! もうシンデレラじゃないんだ!! 明日からは益荒男になる!! ……ところで、どうすれば益荒男になれるのだろう? 世の中の恋人は何をどうしたら恋人として認定されるのだろう? ……どうしたらいいのかな?」



 こっちは童貞ロジックに絡まっていた。



 実際に婚姻届を役所に出して国家的に認定される夫婦と違って、恋人という関係は明確な定義と言うものが決められていない。

 毎日一緒に登下校をして、放課後は男の子の家で一緒にお勉強をする中学生女子。


 これは恋人だろうか。

 個人的には恋人であってほしい。

 1番楽しい時期とも言える。



 知らんけど。



 一方で、セックラこいたのにも関わらず「は? 1度抱いてもう自分の女気分になってんの? くっさ! 洗ってねぇドブネズミみたいな匂いすんだけど。ウケるー」とか言われて、「私は一体、あなたとどうなれば恋人なのですか? とりあえず、5万円です」と朝日をバックにお金を差し出す。


 これは恋人だろうか。

 個人的には恋人であってほしくない。

 パパ活か、あるいはもう地獄のような時期とも言える。



 こっちは周囲でたまに見かけるから知ってる。



 この世界を眺めてみると、逆神六駆と小坂莉子の両名は明らかに恋人。

 阿久津丈太と塚地小鳩は聖夜を迎える前からやっぱり恋人だったと思われる。

 この二組に共通することは「告白をしていない」という事実。


 もっと突っ込んだ言い方をすれば「好意を持っているので、他の異性と濃厚接触しないで頂けますか」という占有権の主張をしないまま、お互いがお互いの大切なものになっているパターン。



 もう、絶対に幸せなヤツ。

 知らんけど。



 クリスマス論の風雲児クソ・ガ・シネ氏を呼んできます。



 だが、年齢を重ね、経験を重ねるにつれてこのパターンの恋人誕生は明らかに減少する傾向にあり、ハッキリと「結婚を前提にお付き合いお願いします」か「結婚はまったく考えていませんが、とりあえず恋人になってください」のいずれかを宣誓することで恋人として共通認識を得るのが一般的になる。


 チシキ・ハ・エロゲデ・エタ氏の発表した「二十一世紀の恋人の形」であるが、なんか根拠が薄っぺらいと信任には至っていない。

 だが、賛同者が多い理論でもある。


「……ええと。ここなんですけど」

「……は、はひっ! 興奮します!!」


「ええ……。あの、初めて女子の部屋に入りますよね? 水戸さん?」

「はい!」


「……いい返事。じゃあ仕方ないです。そういう事は口に出さないでください」

「あ゛っ! 違います、仁香さん!! そうだそうだ! 自分、個室でサービス受ける活きのいいおっぱいのあるお店には行ったことあるんですけど! これって女子の部屋のカウントに入ります!?」



 正直者とクソバカ童貞野郎の境界線だけはハッキリと見えた気がした。



「……うち、協会管理のマンションなので。万が一の場合はスキル撃ち込んで通報しますからね」

「えっ!? 家に上げてもらえるのにですか!?」


「……まさか、女子が部屋に入れた時点でゴールだと思ってます?」

「えっ!? 違うんですか!?」



「きょ、今日は色々とご馳走になったので! お腹が空いているみたいですし? ただ、お料理を振る舞うだけですから! 変な勘違いしないでください!!」


 こんなセリフを言われてみたい人生でした。



 そして、仁香さんがロックを解除していざ入城。

 水戸くんにとっては未踏の地。女子の部屋。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あああー!! なんだかいい匂いがしますねー!! 仁香さんフレグランスを吸引しまぁす!! これが心がぴょんぴょんするってヤツか!! ああああー! ベッドの脇にぬいぐるみがあるじゃないですかー!! いやー!! フカフカ! 仁香さん、お布団は柔らかい派でしたか!!」

「……どうしようもない人ですね。ホント」


 まず挨拶代わりの深呼吸。

 とてもいい匂いがしたので「とてもいい匂いがしました!!」と報告をキメて、最初に目をやるのがベッド。

 そのまま接近して、普通に女子のベッドに腰かける。


 せめてコートを脱がんか、このバカ野郎。


「あの! 自分の部屋の方が広いですが!!」

「……まさかそれ、深い意味があるセリフですか?」


「はははっ! 仁香さんも初心だなぁ! これはですね、ぷろぽ」

「黙ってください!! もぉ、ホントに!! それ以上言ったら、マジで叩き出しますよ!? 私、どうかしてました!! クリスマスデートとか初めてだったし、この年までまともなお付き合いとかしたことなくて、同級生はどんどん結婚していくし!! あ゛あ゛あ゛! クリスマスの空気に当てられたんです!!」


 おっぱい大好きクソバカ童貞野郎を部屋に入れてから正気に戻る、仁香お姉さん。

 それだけ水戸くんの発する放っておけないポイントが強力だった証拠。


「……はあ。もういいです。クリスマスっぽい料理は期待しないでくださいよ? 普通に帰って1人で食べる予定だったので」

「仁香さんの作ってくれるものなら、バージンオイルでも飲み干しますよ!!」


「……いちいち喩えが気持ち悪いんですよね。私、キッチンでお料理しますけど、タンスに近寄ったらタダじゃ済ませないですからね? 分かりますね? 絶対ですよ?」

「それって……!! ゔぇあ!?」


 仁香さんの潜伏機動隊時代の装備、千本手裏剣が煌気オーラを帯びて飛んできた。

 水戸くんの手の甲から鮮血が滴り落ちる。


「……女子の部屋のタンスを開けていいのは、旦那様かゲームの勇者だけだって決まってるんですよ? ちなみに、下から2番目が下着で、その上がインナーとトレーニングウェアです。……次は外しませんから」

「……はひっ!!」


 今更ですが、おっぱいドーピングの無しの水戸くんと毎日ガチでトレーニングしている上に、最近は南雲監察官と逆神流の指導も受けている仁香さんでは、ピース侵攻防衛戦の翌週くらいから戦闘力の序列が入れ替わっております。


 つまり、今の仁香さんは水戸くんを殺れる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 20分後。

 野菜炒めとお味噌汁とホカホカご飯を運んできた仁香お姉さん。

 白いピッチリニットにショートパンツにエプロン姿。


 お嫁さん選手権の上位入賞確定のお姿で、ものすごく美味しそうなご飯を作ってくれる。

 そうだ。明日から我々もどうしようもない人間になろう。

 そう思わせるには充分な説得力であった。


「どうぞ。チキンとか期待してたならすみません。野菜炒めにささみが入ってますから、それで我慢してください」

「いただきます!! うわ、美味しい!! こんな美味しい野菜炒め食べたの初めてですよ!! 仁香さんはすごく家庭手的なお嫁さんになりますね!! ……あ゛っ! 違うんですよ! 今のはつい口から出たので! 計算して発言してたこれまでのヤツとは違うんです!! すみません!!」


 仁香さんは大きくため息を「はああー」と吐いてから、人差し指を水戸くんに向けた。


「あのですね! 水戸さんはどうしようもない人なんですから! 変に汚い知恵絞ったセリフを延々と聞かされるよりも、そういう思わず出て来たセリフを聞く方がずっといいです! 分かりましたか!? あなたみたいな仕方のない人が頑張って喋るんでしたら、私、ちゃんと聞きますから!!」

「えっ、あっ、はい。あれ? 今日の自分の考え抜いたセリフたち、ダメでした?」


「最高にキモかったです」

「……あ。そうだったんですか。自分、仁香さんに喜んでほしくて、なかなか上手くいきませんね」


「当たり前です。私じゃなかったら、今日のデート。18回ほど帰るタイミングがありましたよ?」

「そんなにですか!? ……般若の面かな?」


 それもだが、タキシードにバラ咥えてたところで終点だと何故気付かないのか。


「いいですか? もう他の人に迷惑かけないでくださいね? 南雲さんに電話したでしょ? さっきメールが来たんですらかね! チャオって……」


 ナグモさん状態でも仕事はきちんとこなす、管理職の鑑。

 なお、絶頂チャオっていたため、文面は結構な勢いで人を選ぶものだったらしい。


「め、面目ない……」

「……まあ。今回はギリギリ赤点回避にしておきます。今度はちゃんと、焼肉屋さんの予約をしておいてください」


「え゛っ!? 次もデートお願いしていいんですか!? じゃ、じゃあ! 腋がガバッて見えるヤツ着てもらえます!? あれ、好きなんです! 横からおっぱい見えそうで!!」

「……本当に私以外の女子は無理ですよ。水戸さんの相手するの。ま、まあ……その、高級焼肉だったら考えてあげてもいいです……けど」


 こうして、きよしこの夜のまま重度の世話焼きお姉さんとアルティメット童貞クソ野郎のデートは終わった。


 しかし、依然として予断は許さないように見受けられる。


 次はスマホの電源切って異世界に行っている伊達男の様子を見てみましょう。

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