第115話 心理戦 実に悪辣な阿久津の作戦(ただし逆神六駆には効果がない) ルハイオ湖 アタック・オン・リコ前

 人工竜対決の軍配はリノラトゥハブ改に上がった。

 だが、阿久津の攻勢はさらに続く。


 飛竜隊が戻ってきて、ダズモンガーと莉子が六駆に駆け寄る。


「すごいもの見ちゃったよぉ! 映画の撮影みたいだった! あれ、シミリートさんが作ったんですかぁ?」

「くくっ。お目汚し、失礼した」


「まったく、シミはあやつの開発にばかり時間を使うので困っております。……いや、そうではなかった! 六駆殿! なにやら機械の兵団がこちらに向かって来ますぞ! 飛竜から目視で確認しましたが、その数おおよそ3000!」


 阿久津の放った二の矢だった。

 『煌気狂竜ティガネラス』が反乱軍のリノラトゥハブ改に負ける事は彼の中でも想定内。

 ならば、そこに生じる隙を突かない理由がない。


 六駆は南雲に状況を伝えた。

 再びアタック・オン・リコから降りて来た南雲は、現世の監察官室と連絡を取る。


「山根くん。サーベイランスで解析を頼む」

『もうやってますよっと。……うわぁ。すっごい嫌な事が分かりましたけど、聞きます?』


「その前振りはあまり聞きたくないな」

『あの機械兵。中に人間が閉じ込められてます。北門でも似たような兵装が暴れまわってますけど、こっちの方が凶悪ですね。中身、多分民間人ですよ』


 本当に耳を塞ぎたくなるような情報が飛び込んで来た。


 阿久津は、自己の快楽のために帝都の人間すらも駒にしていたのだ。

 『煌気人形デクキュリオ』は単純な行動プログラムを宿主の煌気オーラによって繰り返す。

 複雑な動きはできないが、反乱軍に心理的なダメージを与える目的なので、稼働さえすればどうでも良いのだ。


 彼のモットーは「駒はいくらあっても良い。強い駒も弱い駒も、使い道なんていくらでも作れる」であり、まさに非人道的な有効活用を成し得ていた。


「……民間人には手を出してはならん。現世から持ち込まれた問題なのだから、そこは絶対に譲ってはいけない」


 南雲の選択は正しく、称賛されるべきものだった。

 だが、対応策がある訳でもなく、一気に苦境へと自らを追い込む選択でもあった。


 『煌気狂竜ティガネラス』さえも囮に使ってこの心理攻撃を繰り出したのだとすれば、阿久津もなかなかの策士であると六駆は頷く。

 だが、それは相手の情報を全て手に入れてから行うべきだろうと彼は一言添える。


 こちらには、自分こと、逆神六駆がいるのだからと。


 六駆はアタック・オン・リコに乗り込み、運転席で暇そうにしていたクララに声をかけた。


「クララ先輩、右下にあるボタンを押して貰えます? 素早く3回ほど」

「あいあーい! なんか分かんないけど、りょーかい!! ポチポチポチっと!!」


 普段は『苺大砲いちごキャノン』のために3基ほど敵を見据える砲門が合体し、1基の巨砲になる。

 六駆は満足そうに変形を見届けて、南雲に許可を求めた。


「僕がスキルで彼らを動けなくするんで、その後に兵のみんなを5000ほど動かしても良いですか?」

「う、うむ。良いけど、絶対に民間人に怪我させちゃダメだぞ!?」


 六駆は「分かってますよ。へへっ」と親指を立てる。

 南雲はその指がいつ下に向けられのではないかと、お腹が痛くなったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆は莉子専用のレバーの他に、もう1つスキル発射用のレバーをアタック・オン・リコに備え付けていた。

 どうせ使う事はないだろうと考えていたため、誰にも言っていなかったし、正直この展開にならなければ彼自身も忘れていた可能性は高い。


 だが、運よくおじさんが適時適切な記憶の復活を遂げたのだから、それはもう天の意志であると言っても良いだろう。

 正義は反乱軍にあり。ルベルバックの神がそう言っているようだった。


 ちなみに、六駆は無神論者。

 理由は「神様って何発ビンタしたら言う事聞くんですか?」と真顔で質問してくる辺りでお察し頂けると、狂気じみた説明を続けなくて済むので助かる。


「さてさて。うまく動くかな? あれだけ大軍だと狙いをつけなくて良いのは助かるなぁ!」

「六駆くん、何すんのー? あのスターウォーズに出て来そうな人たち、撃つの?」


「あの中、民間人が入ってるらしいですよ。そして、撃ちます」



「六駆くん……。ついに無抵抗の人間にまで手を……。う、うわぁ……」

「あの、ガチのトーンで引かれると僕だって傷つくんですよ? にゃーとか言って下さいよ。僕にもイメージってものがあるんですから」



 大方のイメージ通りなので、問題はないから続けたまえ。


 六駆はレバーを握り、スキルを放つ。

 彼のチョイス。それは『粘着糸ネット』だった。


 元が蜘蛛の巣からの発想で作られたスキルだと祖父から聞き及ぶ、昔からある逆神流基礎スキルの1つ。

 ならば、それを蜘蛛の巣のように使えば良いのだと六駆は閃いた。


「よし、いっけぇー! 『粘着粘着砲ネバネバキャノン』!!」


 それは、見事にネバネバしていた。

 上空高く打ち上げられた巨大な『粘着糸ネット』の塊は、投網のように広がって『煌気人形デクキュリオ』を襲った。


 襲ったと言っても、殺傷能力は一切ない。

 ただ、とにかく、どこまでもネバネバしたものが降り注ぐ。

 その結果、『煌気人形デクキュリオ』は動けなくなる。


 六駆の動きは速い。


「はいはい、配給部隊のみなさん、集まって! 『極大テラ創造構築クリエメルト』!! 煌気オーラ全開、超速仕上げ!! ふぅ。これ、配ってもらえます? 歩兵隊のみんなに」


 六駆はアタック・オン・リコの拡声器を使って説明する。

 それでは敵陣にも指示が筒抜けではないか。


 もちろん承知の上だった。

 六駆がそんな間抜けな事をするはずがない。



 ただ、大きな声を出す労力を惜しんだだけである。



「その剣は『貸付煌気無効化剣レンタラオーラブレイカー』とでも名付けましょうか。そのままズバリ、斬ったものの煌気オーラをなかった事にできます! それで機械兵の人の外装だけ斬ってあげてください! 中身の人にはなるべく当てないように! 煌気オーラ斬っちゃいますからね! 救出した民間人はこっちに集めて下さい! 総司令官が回復させます!!」


 六駆にしては、頑張って丁寧な説明をしたものである。

 彼の指示に魔王軍が「はっ! 了解いたしました、英雄殿!! すぐに向かいます!!」と応じて、『貸付煌気無効化剣レンタラオーラブレイカー』を片手に走って行く。


 彼はさらに南雲に意見具申する。


「あちらさん、多分こっちに誰か強い人送って来ますよ。恐らく、南雲さんが民間人の回復をすると思ってますから!」

「なるほど! だから私を示唆するように総司令官と言ったのか! 君は本当に戦い慣れているなぁ。高校生だよね? 二次関数とかちゃんと覚えてる?」


 南雲の軽口が六駆にルベルバックに来て最大のダメージを与える。


「か、関数……。ううっ! あ、頭がぁ!!」


「ちょっとぉ! 南雲さん、ダメですよぉ! 六駆くんに高校の話したら!!」

「悪手ですにゃー。六駆くん、3桁の掛け算以上の話題になると倒れるんですよー」

「南雲さん。良くないと思うです。芽衣はそう愚考するです。みみっ」


 「現世に帰ったら、探索員協会の力を使って、逆神くんに家庭教師でもつけてあげよう」と南雲は思った。


 これほどの用兵家にも関わらず、掛け算ができないってどういう事なのか、それが彼には分からない。

 もちろん、我々にも分からない。

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