第1320話 【エピローグオブ久坂剣友・その2】涙 ~良い方のヤツか、はたまた~

 久坂家の敷地は広い。

 何度も言及して来た事だが、諸君の想像よりも多分広い。


 庭が小学校の運動場くらいあるのはご存じの通り。

 逆神田吾作と逆神兵伍が攻めて来た時には血戦をお庭で繰り広げるというパワープレイもキメた。


 母屋はIKKOさんの別荘くらい広い。

 その気になれば県大会ベスト8まで勝ち残る野球部が1週間ほど合宿しても耐えうる面積と収容力を保持している。


 さて、たまに出て来る久坂さんちの裏にある山。

 これもまた当然のように広い。

 そして久坂さんの所有地である。


 若い頃から探索員黎明期を支えて、そんなに若くなくなった頃にはハゲが勝手に死んだので探索員成熟期を支えて、もう年寄りになったのにやっぱり日本本部を支えている久坂剣友。

 正直なところ、お金は余って仕方がない。

 若い頃に今の住まいを購入した際、「ほいじゃあ、ついでの裏山も買うけぇ。付けてくれぇ」とサイドメニューにポテトはいかがですか感覚で購入したのだ。


 山菜やキノコなどが生えるし、滝も流れている、手入れはしないので適度に荒れていると修業にはもってこいな環境であるからして、久坂流の門弟は皆、裏山を修行場として活用して来た。



「どがいしてこうなったんじゃ……」


 その裏山に捨てられた剣友おじいちゃんが、ポツンと立ち尽くしていた。



 エピローグ時空の尺は短い。

 久坂さんが寂しさ拗らせて天に召されないとも限らぬ。

 急ぎ視点を移動しよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 久坂家では。

 主を叩き出して大勢が何かの準備をしているようだった。


「やあ……。みんな……。精が出るね……」

「そういうおめぇさんは精気がねぇなあ! 修一!! しっかりしねい!!」



「えっ!? 死ねって言いました!?」

「こりゃあダメだ。重症だ」


 南雲さんまでやって来ていた。



 諸君。

 お気付きになられていただろうか。


 偶然、クララパイセンがみんな勢揃いの場に「にゃー」と鳴きながら集うだろうか。

 否。


 この猫はみんなが揃うと「あたしは部屋に帰らせてもらいますにゃー」と自室に戻って服脱いでベッドにドーンからのビールぐびーからの抱き枕とドッキングしてのすやーまでがワンセット。

 そんな彼女がなにゆえ久坂家に来ていたのか。


 餌をもらうならば久坂さんだけの時を選んだ方が効率的に泥棒猫ができるというもの。


「モグモグモグモグモグ……」


 莉子ちゃんだってそう。

 モグモグするなら魔王城の自室を出て数歩、「ダズモンガーさーん!!」と叫べば済む。


 脂こそが美味しさだ。

 カロリーこそが食の価値だ。

 莉子氏がわざわざ久坂家にやって来てまんじゅう食うだけなんて事があるだろうか。

 否。



「モグモグモグモグモグ……。ふぃー!! 美味しかったぁ!!」


 否と言い切れないが、否。いやさ、自信を持って否否否否。杏。失礼、否。



『よぉ。じい様をそろそろ呼びに行く頃合いだろぃ。俺ぁいつまでラブホに引きこもってねぇといけねぇんだぁ?』


 あっくんがタイムキーパー役として『結晶無線糸電話シルヴィス・モウスモウス』を発現、衛星にして飛ばしている結晶から声をあげる。

 当然だが、下世話な会話までして昼食の席から退いたあっくんも予定の内。


 おゴムの箱を鏡台に置きっぱなしにして堪るかよ。

 そこまでただれた関係にたった数週でなって堪るかよ。


「くくっ。某が引き受けよう」

『バカかてめぇ。一番関係ねぇヤツは引っ込んでろぃ』


 姫島さんはだけはガチのマジで関係ないので、あっくん愛用の自転車のサドルをクンカクンカしていれば良い。


「五十五さん? お師匠様には何と言って席を外して頂きましたの?」

「姉上! 今や私にも六宇がいる! 六宇と相談して決めた!!」


「あたしと五十五でキメた! 久坂さんには山に行ってろって言いました!!」

「確かにそうかもしれん!!」


 クソ忙しいのにと山根くんにクソ文句を言われながら抜け出して来た南雲さん、ラブホからいい加減に母屋へ戻りたいあっくん、料理の準備が整った小鳩さんの順に不穏な空気を察知した。


「えっ」

『あぁ?』

「んもぅ。弟がまだまだ大人にならなくてお姉ちゃんはわわわですわよ」


 みんなはただ、『久坂剣友監察官。最初の探索員就任から数えて50年記念パーティー』をサプライズで行おうとしていただけなのである。

 モンハンで辻堂さんがゴミカスプレイで即乙ったのも、キシリトール隊が隠れて組体操の練習をしていたのも、わざわざみんなで平日に休暇を取得したのも、全部このため、ささやかなサプライスのため。


「くくっ。貴殿ら。やったな?」

『部外者は黙ってろぃ。このクソ変態野郎がよぉ』


 五十五くんが六宇ちゃんに叫ぶ。


「六宇!! 私の背中に乗って欲しい!! これはやってしまったかもしれん!!」

「マジ!? ごめんなさい!! あたしのせいだ!! ごめんなさい、マジで! あたしバカなのに張り切って!!」


 莉子ちゃんが『閃動せんどう』で五十五くんの前に回り込んで「これ持って行ってください!!」と黒糖まんじゅうを差し出した。

 そして言う。


「六宇さん!! 大丈夫ですよ! 間違う事は誰にだってありまふ! モグモグ……」

「莉子ちゃぁぁん……。ありがとー……。はむっ。モグモグ……」


 あっくんが小鳩さんにだけ聞こえる声量で結晶越しに呟いた。


『よぉ。小鳩ぉ?』

「おヤメになってくださいまし!! 莉子さんがどこから間違っているのかなんて! もうどなたにも分かりっこないですわ!!」


 間違った者を優しく、「人の振り見て我が振り直せ」と言う名の毛布で包んでくれる。

 諸君。


 これがメインヒロインにのみ許されし御業。

 母性である。


 異論は認められない旨、分かって頂けますな。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 裏山では。

 久坂さんが捨てられたと勘違いしてからそろそろ3時間が経とうとしていた。


「ひょっひょっひょ。……異世界をいくつか滅ぼして来ようかのぉ」


 哀しみを乗り越えてダークサイドに堕ちる寸前まで行っていた久坂さん。

 最愛の息子に「山に行け」と言われた衝撃と言う名のショックはとてもショッキングだったらしい。


「父上ぇぇぇぇぇぇ!! 私が悪かったかもしれん! いや! 私が悪かった!! 父上!! 私はただ、あなたが喜ぶところを見たかっただけ!! それだけだったのに!!」


 猛スピードで駆けて来る五十五くんが見えて、久坂さんの瞳には涙が溢れた。

 何故なのかは本人にも分からなかったが、心細くて、寂しくて、それらを吹き飛ばすくらいに自分の元へ一生懸命に走って来る息子の姿が嬉しく愛おしかった。



 背中には風の強い日の鯉のぼりみたいになっている六宇ちゃんもいるが、それもまた一興。



 事情を聴いた久坂さんは涙を拭いて、目を細めた。


「そがいなことじゃろうと思うちょったわい!」

「お義父さん! これ、どうぞ!」


 六宇ちゃんがハンカチを差し出した。

 「おぉ。すまんのぉ」と断ってからそれを受け取り、思い切り「ずぴー」と鼻をかんだ久坂さん。


「え゛。それ、プレゼント……」

「え゛!? そうじゃったんか!? 包装紙とかないから、六宇ちゃんのハンカチかと思うて、ワシ!!」


「確かにそうかもしれん!! 父上! 六宇も、そしてもちろん私も、まだまだあなたには教えてもらいたい事がたくさんある!!」

「五十五……」


「父上! これまでお疲れさまでしたと申し上げたいが! まだまだ疲れてもらっては困るかもしれん!!」

「…………ひよっひょっひょ。年寄りをこき使うっちゃあ。悪い息子じゃのぉ!」


 笑い合う久坂親子。

 六宇ちゃんは「感動シーンなのにさ。なんで今、エッチな言葉が出て来たん?」と不思議そうであった。


 こき使うはいやらしい言葉ではない。

 久坂さんが後でちゃんと教えてあげた。

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