第1321話 【エピローグオブナンシー・その1】アメリカの乳(ニュー)ヒーロー

 時は最終決戦が終わってから1ヶ月ほど経った、2月の中頃。

 場所はその最終決戦の地となった、アメリカ。

 もっと言えばアメリカのとある地方の住宅街の外れ、小高い丘に建っているナンシーの家があった土地。


 探索員が総力を結集し、逆神家が因縁を断ち切った。

 その現場はあろうことか一個人の住宅であった。


 跡形もなく消し飛んだナンシーの家は現在、新しい家が建設されている最中。

 もちろん元通りなんてケチな事は言わない。

 南雲修一上級監察官の指示のもと、前よりも6割増しで立派なものを建設中。


 6割なのは「逆神くんがどうしてもって言うから……」との事。

 生まれてからこっち、自分の名前が割と、比較的、どちらかと言えば大嫌いだった六駆くんだが、多くの仲間に呼ばれ続けることで「なんか悪くない気がしてきた!!」と思い直すに至る。


 結果、何かと理由をつけて「それ、6にした方がよくありません!?」と口を挟むようになった。

 彼は隠居しているので神出鬼没。

 呼んでもなかなか現れないのに呼んでない時は急に出て来るか、もうそこにいる。


 まあ、六駆くんの話はおいおいするとして、である。

 ナンシーの家復興担当者もちゃんと南雲さんによって選任されていたのだ。


 こちらの乙女である。



「ふんすー!!」


 ちょっと不安の残る人選だったが、やれるのか。



 平山ノア隊員。

 修業にはマジメに取り組むし、その努力をひけらかしたりしない。

 努力した分だけ変な方向に成長して、みんながデキる事は何ひとつ覚えず、誰もデキない事はどんどん覚える、そんな不思議系スキル使い。


 彼女の使う『ホール』が通信手段として極めて優秀なのは諸君もご存じの通りかと思われるが、今回ノアちゃんがアメリカに出没したりしなかったりしているのは南雲さん肝いりの人選。

 何故か。


「男爵ぅぅぅ!! 大変よ! 2ブロック向こうのサマンサ夫人がひったくりに遭ったって言うの! だから私、言ってあげたの! この世界にはヒーローがいるって!! お願いよ、男爵!!」

「いや。ナンシーさん。私も助けて差し上げたいのはやまやまなのだが。これでも身を隠しておかなければならん立場なのだ。手の届く範囲の平和を守る。それが今の私の使命であり、その範囲はナンシーさん。あなたの近くまでと」



「これで顔を隠して! 私のブラジャーだけど! 2つで足りるかしら!!」

「なんだって? ……やってみよう!!」



 ノアちゃんが『ホール』を通信仕様に変換発現して「ナグモ先生。こちらボクです」と時差なんか知るかと呼びかける。

 「あ。スカレグラーナ訛りで私を呼ぶって事は、何かあったの?」と、まだ瞳の光を失っていない頃の新任上級監察官殿が応答した。


 日本は日付が変わろうかと言う時分である。


「川端先輩がナンシー先輩のブラジャーを顔に装着して、サマンサ先輩のひったくられたプラダのバッグをゲッティングナウです!! ふんすです! 興奮しますね!!」

『……ああ。そうなんだ』


 ノアちゃんの『ホール』による通信は秘匿性にかけて逆神流を凌駕する。

 厳密には『ゲート』と同じ構成術式によって発現されるので逆神流スキルのはずなのだが、六駆くんをもってして「うわぁ! もう考えるだけ無意味だよ!!」と言わしめる謎の属性。


 こんなもん傍受できる国は存在しないし、個人に限ってもやっぱり存在しない。

 南雲さんの先見の明がピッカピッカであった。

 「川端さんは今、無国籍だからね。問題起こされると最悪の場合、私もろとも日本本部が大打撃だよ。何かあったらまず穴通信してね。何時でも構わないから」と言い含めていた氏の予感はわずか1ヶ月足らずで的中した。


 アメリカ探索員協会に「うちの監察官だった人が貴国の領土で好き勝手してまーす。いえーい。見てるー?」とかいう通信を傍受されたら、もう拗れるどころの騒ぎではない。

 思い出して頂きたい。


 川端さんは人工島ストウェアでマイアミ基地を爆撃した過去がある。

 正確にはダンク・ポートマンくんがやったのだが、その時ストウェアの提督をしていたのは川端一真おっぱい男爵。

 爆撃の際に取られたデータは残っているので、川端さんの音声がお漏らしするだけでも何かが良くない音を立てて壊れる可能性は極めて高い。


『それで川端さんは? サマンサさんのバッグだっけ? まあひったくりを解決したのは人間として立派だから。お疲れさまでしたって伝えてくれる? あと大人しくしていてくださいって。ああ。目が覚めちゃったよ。コーヒー飲もう』

「………………………………」


 ノアちゃんが穴の向こうでコポコポとコーヒーを淹れる音がひとしきり終わるまで待ってから「ナグモ先生? コーヒーのお味はどうですか!」と聞いた。


『夜中に飲むコーヒーって言うのは意外と格別でね! うん。すごく芳醇。薄めに淹れたんだけど、これがまた良いんだよ!』

「そうですか! 川端先輩はブラジャーで顔を隠しながら、地元新聞の取材を受けてます!! だってナンシー先輩も記者ですし! あ! 今、名乗ろうとしてます! 穴ちゃんを1つ近くに展開するので、直接聞いてあげてください! 興奮します! ふんすふんす!!」


 ノアちゃんの出した穴が完璧なタイミングで川端さんの声を捉えた。


「私は……その……。名乗るほどの者ではないので……」


 意外とご自身の立場を理解しておられた男爵。

 新聞記者の男性が聞いた。


「そのブラジャーは盗んだものですか!?」


 川端さんの魂が猛る。

 ブラジャーは目元に1つ。

 そして声を変えるため口も覆っているので、合計2つ。

 確かに、成人男性が持っているにしても許されるのは1つが限度。


 通常であれば1つでも許されざる持ち物だが、そこは男爵なのでセーフ。


「君! 失敬じゃないか!!」

「そうよ! あなたに何が分かるって言うの!! ねぇ! サマンサ夫人!!」

「そうだよ。こちらの紳士がいなければ、プラダのバッグは返って来なかった」


「彼はおっぱい男爵よ!!」

「いや。それは違うな。ナンシーさん。今の私は、そう。私を呼ぶなら、マスクド……。マスクド・おっぱいとでも呼んでくれ!!」


 パシャパシャとカメラのフラッシュを浴びる川端卿改め、マスクド・おっぱい氏。

 翌日の地元新聞と地元ラジオでは「ニューヒーロー!! マスクド・おっぱい!! 貸与したブラジャーで顔を隠した紳士が我らの街にやって来た!!」と一面を飾り、トップニュースとして報じられた。


 日本もアメリカも地方ニュースなんて面白さに振った采配を取りがちなものである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 穴から聞こえて来る流暢な英語を聞きながらコーヒーを自宅で飲んでいた南雲さん。

 「アイアム、マスクド・おっぱい!!」とすごく良い発音が聞こえた瞬間にキッチンでひっくり返った。



「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」

「おい。どうした、修一? ものすごい音が聞こえた……が……。修一ぃぃぃぃぃ!!」



 夜中にも関わらず駆けつけてくれた和泉監察官によって、南雲さんはどうにか一命をとりとめたのであった。

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