第1322話 【エピローグオブナンシー・その2】マスクは置いて、そっとキスして ~さようなら、アメリカ~

 アメリカのとある地方にニューヒーローが現れてから2ヶ月。

 季節は4月を迎えていた。


 六駆くんと莉子ちゃんは大学生になったし、日本本部も異動と左遷と涙を重ねて南雲新体制が本格始動。

 アメリカでも、ナンシーの家がほとんど完成し終えていた。


「男爵。ええ。ごめんなさい、分かってる。分かってるの。私、上手く言えると思う。けれど、やっぱりダメよ。ダメだわ。男爵。私ね、寂しいの。もう、このまま、ここに住むのってダメかしら!? 分かってるの! けど、違うのよ。ワガママを言ってあなたを困らせたいわけじゃないの!! あなたってすごくセクシーでクールで……。もう、この街のみんな、誰もが知ってるわ! マスクド・おっぱいの名前を!! 私のブラジャーは2ヶ月で38個なくなったわ!! それだけの思い出があるの! 男爵!!」


 そんなナンシーの家の前では、罪な男がアメリカンビッグボインと密着して、ものっすごい引き止められていた。

 諸君は誤解しているかもしれないが、川端一真という男、実はかなりモテる。


 相手が誰であろうとも分け隔てなく紳士的に接し、後進を育てるためには自身のスキルも惜しみなく伝える。

 我々の知っている範囲でも、リャンちゃんは可愛い川端さんみたいなスキル使いになったし、ザールくんは『乳液にゅうえき』を習得したし、ノアちゃんもこの2ヶ月を退屈せずに過ごせた。


 基本的に相手の要望には応えるし、悪は放置しないし、おっぱいは大小問わず愛するし、困っているおっぱいは老若男女問わず放置しないし、おっぱいも老若男女問わず愛する。

 この街では柔らかいビッグボインも、ボディビルダーのカチカチなボインも、昔はふっくらしていたボインも、これからふっくらするであろう未来のボインも全てマスクド・おっぱいが救って来た。


「いや。しかしだな、ナンシーさん。私もフランスへ行く準備が整ったと連絡を受けて……。確かにあなたのブラジャーは付け心地が最高だった。私にとっても良い思い出だ。ブラジャーの隙間越しに見た街の人たちの笑顔だって宝物だ。だが、分かってくれ。私を待っているおっぱいがフランスにもいるのだ」

「そうよね。ごめんなさい。私ったら、ダメね。分かってたのに、お別れが来るって事……。それなのに、ごめんなさい。覚えている? 私たちが初めて会った、あの瞬間。あなたったら最低で最悪で、そして最高にクールだったわ」


 ノアちゃんも進級して高校三年生になっているが、今日も授業を半分受けてから早退して夜までアメリカ出張任務。

 穴で川端卿とナンシー嬢のラブシーンを本部にお届けしながら指示を仰ぐ。



「南雲先生! 昔の洋画みたくあそこにミサイルとか撃ち込みますか!? 興奮して来ました!!」

『ヤメて? 私、最近ね? 胃薬を常用してるの。お医者さんに処方してもらったヤツ。コーヒーと一緒に服用するなって言われてるの。それでね、今、コーヒー飲んでるの。困る!!』


 とっとと亡命しろと言いたくて困っている南雲さんがいた。



 簡単な話なのである。

 もう南雲上級監察官室には六駆くんが待機しており、この後はノアちゃんの『ホール』を基点にして『連結ガッチムゲート』を発現、フランスまでの間接フリーキック、その用意は整っている。


 フランスのクレルドー上級監察官は既に退役しており、つまりナディアさんがルクレール上級監察官としてフランス探索員協会を動かしている。

 人事異動するなら今しかないという、最高で最良のタイミングが今日。

 無理やりフランス国籍もゲットしたし、クレルドー上級監察官には川端印の『乳液にゅうえき』を瓶詰めにして送っており、川端一真という男爵の有用性もプレゼン済み。


 それなのに、マスクをなかなか置いてくれない。



 ここで言うマスクとは、当然だがナンシーのブラジャーの事である。



「ああ! 良かった! ナンシー、邪魔をするよ!! マスクド・おっぱいさん!! 大変なんだ!!」

「アンドレアスおじさん! 今、私すごく大事な話をしているのよ!! それ、後に出来ない!?」


 走って来たのは小太りのアンドレアスさん。

 広場でホットドッグを売っており、アメリカンな味付けは1つ目の時点で無類、2つ目になるとおかわりを後悔したくなるほどに無類と評判。


「強盗だ!! 銃を持ってる!! 広場の脇にある銀行が現場だ! オレは大急ぎでマスクド・おっぱいさんを呼びに来たって訳さ!!」

「そんなの! 警察に任せればいいじゃない!!」


 サマンサ夫人のひったくりを警察に任せなかったのはナンシーである。


「ナンシーさん」

「嫌。嫌よ。こんなお別れってないわ!! 男爵!! いいえ! 一真!! 私、日本語覚えたの!! 今の為替で円だってたくさん買ったわ! 最低よ! 大損だわ!! ねえ! 一真! 一緒に暮らしましょう!!」


 川端さんがゆっくりと首を振る。

 あれだけおっぱいは縦に振らせて来たのに、川端卿は首を横に振った。

 そして続ける。


「ナンシーさん。あなたが私を呼ぶ時。私はいつでも駆けつけよう。これは、約束のブラジャーだ。受け取ってくれるね?」

「あなたって最低よ!! それ、私のブラジャーじゃない!! 別れの品に私のブラジャーを選ぶ神経が理解できないわ! ああ、ごめんなさい! 一真! ヒステリックになって!! 違うの! こんな事を言いたいんじゃないの!!」


「ここに誓おう。このブラジャーが、きっと私とあなたを結び付けてくれる」


 そう言うと川端さんはナンシーの手の甲にキスをした。

 これは紳士のキス。「親愛」を意味する。


 続けてブラジャーにもキスをした。

 これは男爵のキス。「乳愛」を意味する。


「アンドレアスさん! 現場へ案内してくれるか!」

「あ、ああ! マスクド・おっぱいさん……。あんた、意外といい男じゃねぇか」


「よしてくれ。マスクを置いた今、私は彼女の涙をブラジャーでしか拭いてあげられない。ただの川端一真さ」


 それから川端さんが素顔に戻り、銀行強盗を制圧した。

 死傷者はもちろん、ミルクの一滴も現場には流れなかったという。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の日本本部。

 南雲上級監察官室では。


「南雲さん! 僕、眠いんで帰っても良いですか!?」

「逆神くん、そりゃないよ……。君の家の人殺助討伐でこうなったんだよ? こんなこと言いたくないけどさ。なんで君はノーダメージで、私がどんどんダメージ加工されてるの?」


 山根くんが端末を叩きながら「ぷーっ!!」と噴き出した。

 振り返りたくない南雲さん。


「南雲さん、南雲さん」

「椎名くんみたいな呼び方して来るじゃん……」


「川端さんが素顔で地元新聞のインタビューに応じてるっすよ!」

「やぁぁぁぁまぁぁぁぁぁねぇぇぇぇぇぇ!! 見てるなら止ーめーろーよー!! 逆神くぅん!! なんかアレないの!? メインインブラックでトミー・リージョーンズとかウィル・スミスがパシャッてやってるさ、記憶操作するみたいなスキル!!」



「ありますよ!!」

「あるんだ!? じゃあそれやって来て!! 5000円あげるからぁ!!」



 現場に乱入した六駆くんによって人々の記憶と記録は書き換えられた。

 「異世界からやって来た謎の男。古龍の戦士・ナグモが全てを解決した」という形で一件落着。


 さあ、いいからフランスだ。

 次回。川端一真、亡命なるか。

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