第7章

第418話 おっさんはサプライズを成功させられるのか ~逆神六駆の勝算なき戦い~

 5月5日。

 世間一般ではこどもの日として広く認知されている、カレンダーの数字が赤くなる日。


 だが、逆神六駆にとってこの日は特別な意味合いのあるものだった。

 これは、彼が学校の課題を全部無視して、ゴールデンウィークを費やした闘いの記録である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆は知っていた。

 煌気オーラの有効な運用方法。スキルの活かし方。

 6度に渡る異世界転生によってその経験は血となり肉となり、彼の中で今日も脈を打つ。


 六駆は忘れていた。

 電車の乗り方。マクドナルドでの正しい注文の作法。

 だが、小坂莉子の献身的な介護によって、それらを無事に思い出すに至っていた。


 だが、六駆は知らなかった。

 女子高生の誕生日の祝い方を。


 来る5月5日は、誰あろう小坂莉子の誕生日。

 いつもならば、莉子の家に上がり込んで「おめでとう! いやぁ、めでたいね!!」と言って、用意された料理を美味しく頂くのが彼の流儀。


 莉子も莉子ママも、それで一向に構わないと思っている。


 だが、逆神六駆は戦いと共に進化する男。

 ならば、普段から世話になっている、世話になり過ぎている莉子の誕生日を特別な日にしたいと考えるようになった事も成長の一環だろう。


 5月3日の事である。

 彼は夕飯を食べながら、一応、念のために質問してみた。


「あのさ。女の子って誕生日に何を貰ったら喜ぶものなの?」

「おおん!? 六駆ぅ! お前、まさか莉子ちゃんに誕プレあげんのか!? おい、マジかよ! 親父! 赤飯炊こうぜ!! こりゃあ忙しくなって来た!!」


「六駆もそういう年頃になったんじゃの。ワシは嬉しいぞい」

「うん。それで、じいちゃん。教えてくれる?」


「いやぁ。ワシも孫の役に立ちたいがの。いかんせん、年寄りの感覚じゃぞい? むしろ邪魔することになりかねんと思うじゃて」

「そっか。じいちゃんにも分からないんじゃ、仕方ないね」


 六駆は会話を終えた。

 だが、黙っていられない男がいた。


 六駆と四郎はサバの味噌煮を食べており、その男は痩せたイワシを食べている。

 日中にパチンコ屋で30000円すって来たので致し方ない。


「オレにも聞けよぉ! 六駆ぅ!!」

「親父……。ごめん、親父には聞くだけ無駄だと思って」


「おい! 失敬なヤツだな! オレ、お前の母ちゃんと結婚してんだぞ!? 誕プレの事なら任せとけ! すっげぇアドバイスしてやっから!!」

「親父。パチンコ玉はプレゼントにならないんだよ」



「女子高生ならオシャレに気を遣う年頃だからな。リップとか良いんじゃねぇの? ああ、派手なのはダメだぜ。さり気ない色なら学校行く時にも使えるし。あと、学生は授業で化粧直しの時間取れねぇから、カラーが長持ちするタイプがいいな。高すぎると気ぃ遣わせちまから、3000円くらいのヤツが良いんじゃねぇか?」


 ここに奇跡が起きる。



 逆神大吾。

 まさかの建設的なアドバイスをぶちまける。


 この時、六駆が受けた衝撃は凄まじく、3度目の転生で自国の軍師に裏切られた時以来の動悸を発症するほどであった。


「親父。明日あたり死ぬの?」

「なんで!? 死なねぇよ!? パパが建設的なアドバイスしたら死亡フラグなの!?」


「じゃあ、僕が死ぬのか……」

「いや、死なねぇよ!? いいから、明日にでもショッピングセンターの化粧品コーナーに行ってみ。お姉さんにプレゼントしたいって言えば相談に乗ってくれっから!」


 逆神大吾は六駆の母である、逆神アナスタシアの事を愛していた。

 今は別居しているが、毎年誕生日には技巧を凝らした贈り物をしている。


 パチンコとガールズバーで穢れた中年男性の女子力が高い。

 この事実は、六駆を激しく狼狽えさせるに至り、彼はその晩一睡もできなかったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 5月4日。

 莉子の誕生日の前日。


 彼は父親のアドバイスに従い、ショッピングセンターを訪れていた。

 「誕プレって言えばサプライズってもんよ! 男を見せるんだ、六駆!!」と大吾から熱いエールを受けた彼は、未知の領域へと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ! 先ほどからリップをご覧になっておられますが、贈り物をお探しですか?」

「ひっ!? あ、いえ、その……! じ、自分用です!!」



 逆神六駆が勝算のない戦いに打って出た瞬間であった。



 彼は基本的に勝ち目が薄い場合、戦闘においてリスクマネジメントを優先する。

 常に退路を確保した状態で、相手との距離を測るのだ。


 が、相手は未知の化粧品売り場のお姉さん。

 初手から動き方が分からない。


 結果、「初志貫徹こそ男の花よ!」と言う謎の思考が生まれ、お姉さんに「僕、口紅デビューするんです!!」と良くないサプライズをかましていた。

 誰に対してサプライズしとるんだ、君は。


「ええと、ご自分用ですか? 別におかしい事ではありませんよ? 最近は男性もお化粧をするのが普通ですから。どのようなお色をお探しですか?」

「あ、あの。高校生なので。自然な色で、目立たないけどさり気なく……みたいな……。はい。あの、すみません。お任せします」


 戦場では鬼神の如き存在感を放つ、最強の男。

 だが、今の彼は息を吹きかけたらタンポポの綿毛のようにバラバラになって飛散してしまいそうである。


「では、こちらはいかがでしょうか。定番ですが、桜色のリップです。スティックタイプですので携帯にも便利ですし、ちょっとした時間にサッと使用できますよ」

「あ、はい。じゃあ、それください」


 完膚なきまでに叩きのめされた逆神六駆であった。

 だが、過程はともかく、桜色のリップをゲットする事ができた。


 逆神六駆は負け戦でも生き残り続けて来た男である。

 しかも、これは言わば前哨戦。

 天王山の戦いにさえ勝てば、一度の負けなど簡単に払しょくできる。


 そして、5月5日がやって来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「六駆くん、いらっしゃい! 待ってたよぉ!」

「ああ。うん。お邪魔します」


「どしたの? なんか元気ないね?」

「……莉子! これ!!」


 六駆は先手必勝とばかりに、一気に勝負を決めにかかった。

 だが、大事なセリフが抜けている。


 「お誕生日おめでとう」の言葉はどこへ行ったのか。

 となりのトトロでカンタがサツキに傘を差しだすシーンを彷彿とさせるパワープレイ。


 ならば、サプライズは失敗したのか。

 諸君。我々は大切な事を見落としていた。


 確かに今回、六駆はかなりポンコツだった。

 が、彼の相手は他ならぬ莉子さんである。



「わぁぁ! これ、もしかして誕生日プレゼント!? うれしい! わたしのために選んでくれたんだぁ! えへへへへ! 六駆くん、ありがとー!!」


 多分、大吾が酒のつまみに買っているチーカマを差し出してもこの笑顔に辿り着いたかと思われる。



 サプライズが成功したのかどうかは判断に困るところではあるものの、莉子の笑顔を確認できて六駆は肩の荷が下りた思いだった。

 これほどまでに緊迫した精神状態を維持し続けたのは周回者をヤメてから初めての事であり、それから莉子に「お母さんがケーキ作ってくれたんだぁ! 一緒に食べよ!」と言われた頃には久方ぶりの達成感に心が満たされていたと言う。


「莉子! 誕生日おめでとう!!」


 心のゆとりを取り戻した六駆は、言い忘れていたセリフもきっちりと回収。


「えへへへへ。ありがとーっ! 最高のお誕生日だよー! お料理いっぱいあるから、たくさん食べてねっ!!」

「うわぁ! いい匂いだなぁ! 実は昨日から食欲がなかったんだけど、これならいくらでも食べられそうだよ! はっはっは!」


 こうして、戦いは終わった。

 だが、六駆の戦いを見守っていた乙女がいる事実を彼は知らないままだった。


 深淵を覗く時、深淵もまた、なんちゃらかんちゃらなのである。

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