第419話 彼氏の浮気に震えるも、胸部は微動だにしない乙女 ~小坂莉子の何と戦っているのか分からない3日間~

 彼の様子がおかしいと彼女が察知したのは、自分の誕生日の3日ほど前の事だった。


 言うまでもないとは思うが、彼女とは小坂莉子。

 世界最強の男の相棒であり弟子であり、将来の嫁でもある。


 彼とはもちろん逆神六駆。

 これは、恋する乙女が奮闘するおっさんを見て勘違いした挙句錯乱した3日間の記録である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 5月3日。

 ゴールデンウィークの真っ只中であり、この日の朝も莉子は「よぉし! 六駆くんとデートしよー!!」と即決していた。


 彼女の誘い文句はいつもシンプル。

 逆神六駆に対して「ねね、六駆くん! どこか行きたいなー! お昼ご飯はわたしがご馳走してあげる!!」と電話すると、10割の確率で彼は「うひょー! 行く行く!!」と返事をする。


 柴犬の方がよほど利口である。

 が、当人たちが幸せそうなのでこの件にはノータッチで話を進める。


 莉子は5月3日の午前10時に六駆のスマホを鳴らした。

 すぐに電話に出た旦那に対して、いつものキメ台詞を告げる。


 が、この日の逆神六駆はいつもと違った。


『ごめん、莉子。僕はちょっとやる事があるから……。今日と明日は忙しいんだ』

「ふぇ? そうなの? そっかぁ、分かったよー」


 スマホをテーブルに置いて、莉子さんは考えた。

 その思考速度は時計の針を置き去りにし、凄まじいスピードで加速する。



「……六駆くんが浮気してるっ!!」


 あり得ない結論にすごい速さで到達した莉子さんであった。



 彼女は17歳にして、探索員パーティーのリーダーを務める乙女。

 同僚からはその決断力と判断力の正確さには大いなる信頼を寄せられている。


「絶対浮気だよぉ! もぉぉぉ! 絶対浮気だもんっ!!」


 その莉子さんの判断力は、好きな男子が相手になるとガクッと下がる。

 だが、決断力は健在のまま。


 するとどうなるか。


「……六駆くんの浮気現場を押さえるもんっ!!」


 このようになる。

 莉子さんの孤独な戦いも始まろうとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 5月3日の全てを費やして、莉子さんは逆神家の入口付近で張り込みを行った。

 とてもマジメで生活態度も良く、誰からも優等生だと評価を受けてきた小坂莉子。


 彼女がこのような奇行に走るようになるのだから、恋愛と言うのは恐ろしい。


 諸君はご存じの通り、逆神六駆はこの日何の動きも見せなかった。

 つまり、莉子の張り込みも徒労に終わる。


 彼女は少しだけ安心した。

 本当に六駆は忙しいのだと考える事で、精神的な安定を手に入れようとした。


 その日の晩。

 莉子は六駆に電話をかけた。


「あ、もしもし! 六駆くん? あのね、5月5日にね、わたしの家に来てほしいんだ! 美味しいご飯食べさせてあげるっ!!」


 少しの間があった。

 六駆は返事をする。


『うん。行くよ。いや、楽しみだなぁ』

「待ってるねっ! えへへ、おやすみなさーい!!」


 電話を切った莉子は確信する。



「六駆くんがご飯食べに来るのにテンション低いよぉ!! ……浮気だよぉ!!」


 恋とは人をここまでポンコツにするものなのだろうか。



 「飯食わせてやる」と言って「うひょー!」と言わない逆神六駆。

 このリアクションだけで、莉子さんは彼を100パーセント黒であると判断した。


「ふぇぇ……。こうなったら、絶対に浮気現場を見てやるんだからぁ!!」


 恋する乙女の心の炎が燃え盛る。

 ただし、どんなにポンコツになっても莉子さんは莉子さん。


 浮気現場を押さえるだけで満足して、その後「こうなったら、『苺光閃いちごこうせん』で辺り一面を焦土と化してやるんだからぁ!!」とならないのは彼女の中に残った常識が大きな仕事をやり遂げた結果であった。


 なお、莉子さんが現世の逆神家以外で『苺光閃いちごこうせん』をぶっ放すと、南雲修一監察官のクビが簡単に飛ぶ。

 下手をすると、五楼京華上級監察官も引責辞任することになりかねない。


 命を拾った2人であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 5月4日。

 この日も逆神家で張り込みを敢行していた莉子。


 すると、のこのこと出て来た逆神六駆は、普段からできる限り避けているはずの駅に向かい、あろう事か電車に乗った。


「ろ、ろろろろ、六駆くんが……!! 電車に独りで乗ってるよぉ!!」


 この時の莉子さんの受けた衝撃は凄まじかった。

 逆神六駆が自分で切符を買い、電車に揺られて二駅向こうのショッピングセンターに向かう。


 もはや事件である。


 莉子はその控えめな胸の鼓動をどうにか抑えながら、六駆の後を追った。

 現世の生活において、逆神六駆の尾行は非常に簡単なミッションである。


 ダンジョンや異世界で見せる用心深さはなりを潜め、ただの無警戒な中身おっさんな男子高校生になる。

 煌気オーラ感知なんてまったくしていないため、よほどの高出力の煌気オーラでも現れない限りはまず気付かれない。


「……もぉぉぉぉ。六駆くんのバカぁ。ひどいよぉ」

「……んっ!?」


 ショッピングセンターの入口で振り返る六駆。

 前述を無駄にしに掛かって来たのか。

 違う。そうではない。



 莉子さんが無意識に高出力の煌気オーラを垂れ流していたからである。



 慌ててそれを引っ込める逆神流の免許皆伝乙女。


「気のせいか。莉子がこんなところにいるはずないもんね! ははっ!」

「むぅぅぅ! わたしがいない事を喜んでる……!!」


 そう言って、ショッピングセンターの化粧品売り場へ直行した六駆。

 諸君もご存じの通り、彼は挙動を著しく不審にしながら、春色のリップを購入する。


 さぞかし莉子も怒りに震えた事だろう。

 と、思いきや、莉子さんは電話をかけていた。

 相手はと言うと。


『うむ。……小坂。事情は分かった。一応確認するが。それは私に聞くべき問題なのか?』

「はいっ! もう、こんな重大な問題で頼れるのは五楼さんしかいませんっ!!」



 莉子さん、日本探索員協会のトップに恋バナの電凸を仕掛ける。



 五楼京華は「ええ……」と戸惑いながらも、事情を全て聴取し、これまで多くの問題を解決して来た手腕を見せる。


『貴様の話を整理するとだな。……逆神は、小坂。貴様の誕生日にサプライズプレゼントを用意しているのではないか? と言うか、そうとしか考えられんのだが』

「ふぇっ!? そ、そうなんですか!?」


 五楼京華、すぐに真実へと到達する。


『第一に、逆神に浮気ができる甲斐性はない。第二に、ヤツは貴様に行動を隠している。第三に、明日は小坂。貴様の家を訪ねると約束しているのだろう?』


 論理的に莉子の抱えている不安を全て解消して見せた五楼。


「そっかぁ! そうだったんですねっ! よかったぁ! えへへへへ! じゃあ、わたし帰りますね! 五楼さん、失礼します!!」

『ああ。まあ、不安が解消されたならばそれで……もう切れているだと』


 莉子は足取り軽く電車に乗り込み、帰宅。

 翌日の六駆来訪に向けて、料理の量産体制へと移行するのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 やって来た5月5日。

 六駆はぶっきらぼうに用意しておいたプレゼントを取り出す。


 満面の笑みでそれを喜ぶのが莉子さん。

 一緒にご馳走を食べながら、彼女は六駆に質問した。


「ねねっ! どうして急にサプライズなんてしようと思ったの?」


 六駆は少し言葉を探してから、答える。


「なんていうか、莉子はいつも僕の事を考えてくれているからさ。たまには驚かせてみたいなって思ったんだけど。なかなか大変だったよ」


 この時の莉子さんの喜びによる煌気オーラの上昇は凄まじく、協会本部のオペレーター室では「異常な煌気オーラが検出されました!!」と、五楼京華の元へと情報が走った。

 そのデータを見た五楼は、「……ああ。この件ならば問題はない。既に把握している」とこめかみを押さえながら答えたと言う。


 好きな男子のサプライズで、女子は強くなる。

 その理論を立証した小坂莉子であった。

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