第503話 【逆神家その4】悪人が気まぐれに善行をしても罪は消えない。けど、しないよりはずっと良い。

 クリムトはまず、バニングに申し出た。


「私がアトミルカの総指揮官として出頭しましょう」

「何を言っている。お前、そんな性格ではなかっただろう。悪いものでも食べたのか」


「これはあんまりなお言葉。無論、条件はありますよ。上級監察官。あなたの権限で、ウォーロストに研究設備を作ってください。簡易なもので結構。記録用の施設があれば良いです。当然ですが、内密に」

「あらー。まーた、面倒なことを言うんだから、この人はー」


 クリムトは続ける。


「まあ、最後まで話をお聞きなさい。こちらはアトミルカの保有している全世界のイドクロア新興テロ組織の情報。それを全て提供しましょう」


 久坂が「ほぉ」と唸った。


「司法取引しようっちゅう腹か。確かにのぉ。アトミルカが傑出しちょった犯罪集団じゃが、お主らがおらんようになったら他の連中が張り切るのは予想に難くないのぉ。じゃけど、国協がそれで応じるかっちゅうと、疑問じゃのぉ」

「それは私も重々承知していますよ。ゆえに、私が交渉するのは日本探索員協会とです。バニング様と1番様。……まあ、ここまで生き残った幹部もサービスで加えましょうか。彼らの身柄の安全と引き換えに、私が世界の治安維持に協力しようと言うのです」


 雨宮は少しだけ考える。

 落としどころとしては、これが最適かもしれないとすぐに思い至った。


 国協が出てくると話が面倒になる。

 このアトミルカ殲滅作戦は日本主導で行ったものであり、その詳細は事後報告となっている。

 ならば、現段階で情報の改ざんをするのが最もスムーズではないか。


「うーん。じゃあ、こっちからも条件をいくつか出すよー? まず、恒久的な戦争行為の禁止ね。これは譲れない。ウォーロストで勢力再集結とかしないでよー?」

「当然です。バニング様と1番様を失った我らが武装蜂起したところで、結果は見えていますからね。私がそんなことも分からない愚か者に見えますか?」


「100パーセント終身刑で死ぬまでウォーロスト住まいだけど、そこは平気?」

「構いません。むしろ、これまで得た研究の成果をまとめたいのです。1か所に長く留まれるのならば望むべくもありませんね」


「なるほどー。じゃあ、最後ね。テロ組織の情報はどうやって提示するの? データとして渡しちゃうと、私はあなたとの約束を守るけどさ。私が失職したりした時に、あなたの寄る辺がなくなるよ?」

「ふふふっ。甘く見ないで頂きたいです。これでも私はアトミルカの頭脳を自称して来たのですよ。全てのデータは私の頭の中にあります。つまり、私を殺しては永遠にデータは得られぬどころか、未知の犯罪組織に怯え続けることになるのは探索員たちの方なのですからね」


 雨宮はヒヤリングを終えて、「おっけー!」と親指を立てた。

 おっさんたちの間で、このポーズは今最もホットなサインらしい。


「分かった! その条件、飲みましょう! 雨宮順平上級監察官の権限において、今からクリムトさん。あなたがアトミルカの総大将だ。で、ダンディとお姉さん。その他の幹部さんたちはどうにか安全な住まいを見つけましょう!」

「ひょっひょっひょ! ええのか、雨宮の? 五楼の嬢ちゃんに無断でそがいな事を決めてしもうてからに。怒られるでー?」


「良いんですよ! だって、こんな純愛物語のプロローグ見せられて打ち切りなんて、それはいくらなんでもセクシーじゃないですからねー。せっかくダンディも頑張ったんだし。なにより、伊達男仲間としては、お姉さんに心細い思いはさせたくないんですよねー!!」


 バニングは地面に手をつき、頭を下げた。

 絞り出されるのは、感謝の言葉。


「すまん。雨宮。貴官の心遣い、痛み入る。……それから3番。いや、クリムト。まさかお前に救われる日が来るとは。感謝する。何をもってお前に応えれば良い? 望みを言ってくれんか。私はそれを叶えよう」


 クリムトは「ふふふっ」と笑って、上官に対し始めて敬礼をした。


「これまで、あなたのおかげで大いに興味深い研究が出来ました。それだけで充分ですよ。精々、長生きなさってください。……ああ。バニング様が亡くなったあと、死体を解剖したいですね。なんて。ふっふっふ、冗談ですよ」


 3番クリムト・ウェルスラー。

 これまで捕縛されたシングルナンバーと共に、ウォーロストへの収監が決まる。


 裁判や事情聴取などに膨大な時間がかかるため、彼らが処刑される日は恐らく来ないだろう。

 これまで彼らがやって来た事について人道的見地から考えると議論が起きそうだが、それをカバーするまでは至らずとも、1人の呪われた娘の運命を守るための生贄になると言う事実は一定の評価があって良いようにも思われた。


 諸君のロマンチック指数に応じて、自由な感想を持って頂きたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 雨宮がサーベイランスで本部と通信を始める。

 難しい話が終わったので、六駆と莉子が会話に復帰した。


「いやー! 雨宮さんもカッコいいこと言っちゃって!! イケおじですねー!!」

「六駆くんだってカッコいいよぉ!」


 神妙な表情の久坂が、最後に残った問題を提起する。


「しっかし、こやつらをどこに住まわせるかいのぉ。ヴァルガラはもう場所が露見しちょるからのぉ。まあ、どこか適当な異世界が良かろうが。……六駆の。お主、まさか」

「はい! いいとこ知ってますよ! 自然が豊富で科学も現世よりも高水準! オマケに住人の寿命が馬鹿みたいに長いので、バニングさんが死んだ後もアリナさんが寂しくない!! そんなステキ物件を知ってます!!」


 莉子さん、すぐに気が付く。

 旦那の意思を察して時折サポートするのが良い嫁の条件だと彼女は知っている。


「それって!! ミンスティラリアだ!! 六駆くん、すごい!! よく思い付いたねー!!」

「僕も伊達に周回者リピーターしてないからね! おじさんの経験値ってとこかな!!」


 六駆はバニングとアリナにミンスティラリアについて詳しい説明をした。

 特に「僕、あそこを2回ほど救ってますから! 絶対に断られませんよ!!」と強めに言及した。


「逆神。……お前、改めてとんでもない人生を歩んでいるな。現世に知られていない異世界とコネまであるのか」

「何から何まで、すまぬ。この借りはいずれ、妾が返すゆえ」


 六駆は「ああ、それならお願いがあります!」とすぐに要求を出した。

 アリナは「よかろう。何でも聞こうぞ」と応じる。


「うちの莉子と友達になってもらえませんか? なんだか色々と話がしたいみたいなんで!! ね、莉子?」

「わぁ! それってステキだよぉ! ぜひぜひ! お願いします、アリナさんっ!!」


 アリナはバニングを見る。

 バニングは優しく笑う。


「……妾で良いのならば。莉子。これからもよしなに頼む」

「はいっ!! まずはパパ活について語り合いましょうね!! あと……。その……。む、胸の成長のさせ方とかも……!!」


「……うん」

「やっぱり揉み方ですかぁ!? わたし、毎晩揉んでるんですけどぉ!!」



 莉子さん。アリナさんを早速困らせないでください。



 こうして話は纏まった。

 かのように思われたが、1名。諸君もお忘れになっているお排泄物がいるのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 フェルナンド・ハーパー理事は、傷を癒して立ち上がっていた。

 そもそも彼は軽傷であり、Dランク探索員でも作戦行動には支障のないレベルだった。


 老人はアトミルカの幹部と逆神六駆が親しげに会話しているシーンを目撃した。

 幸いだったのは、そのタイミングで久坂や莉子が一時的に場を離れていた事である。


 ハーパー理事は叫ぶ。


「きっさまぁぁぁ!! このガキ!! さては内通者だったのか!! 道理で私を亡き者にしようとしたはずだ!! 許さんぞ!! この情報! 持ち帰ってから国協の総力をもって消してやる!!」


 六駆はミンスティラリアのセールストークを中断して、ハーパー理事の方へ向き直った。

 「もう一回ぶっ飛ばそうかなぁ」と思っていたが、その手間は省かれる。


「おらぁぁぁぁぁ!! 必殺!! 『銀玉確変大吾砲パチンコブラスター』!!!」

「あがぁぁぁぁっ!? なんだぁ!? なんだぁ、貴様ぁ!!」


 大吾は全裸で胸を張る。

 そして名乗った。


「オレ様はなぁ!! 愛を尊び、愛に殉じる男!! みんなのお父さんじゃい!!! このじじい!! うちの自慢の息子に何いちゃもんつけてんだ、こらぁぁぁ!!!」


 現在、逆神大吾は嫁さんの前なのでちょっと綺麗になっております。

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