第502話 【逆神家その3】訪れる幸せ! アトミルカ、全面降伏へ!!

 アリナ・クロイツェルは光の収まった煌気オーラ力場の中で、静かに目を閉じていた。

 眠れる森の美女もかくや。はたまた白雪姫か。


 六駆くんによる極大スキルワクワク大改造作戦が終了してから3分ほどが経ち、バニング・ミンガイルがストレスで2度目の死と挨拶を交わす段階になったところで、「あっ! 忘れてた!!」と六駆が言った。


「バニングさん! バニングさん!!」

「な、なんだ!? まさか、失敗したのか!? ……よし、私はこれより自害する!!」


「違いますよ! ちゃんと成功してます! ……多分!!」

「逆神。私はもうお前に返しきれんほどの恩を受けた。だが、その上で言わせてくれ。……多分ってなんだ!! 私の人生かけてきた女性の生死をメイビーで済ませるな!!」


 莉子ちゃんが六駆くんを小突いて「ダメだよぉ! もぉー!!」と言うと、小突かれた方も「ははっ! ごめんごめん!」と笑顔で応じる。

 バニングは考えた。



 「私にスキル発動分の煌気オーラが残されていたら危なかった……。恩人を撃っていただろう……」と。



 軽くイチャイチャしたところで、六駆が説明に戻って来た。

 もうヤメてあげて欲しい。バニングさんが死んでしまう。


「アリナさんもさっきのバニングさんと同じで、今は煌気オーラ供給器官止まってますから! 気付けに煌気オーラを流してあげてください!」

「……そうだったのか。早く言って欲しかったが。分かった」


 そう言うと、バニングはアリナの手を握った。

 すぐに六駆くんによる指導が入る。


「ダメ、ダメですよ! 煌気オーラ供給器官って基本的に右胸の辺りにありますから! そこに手を触れないと! 手のひらからじゃ遠すぎて煌気オーラの量が足りませんよ! かと言って、煌気オーラの量増やすとショック起こす可能性もありますし!!」



「お、お前……! 私に、アリナ様の胸に触れろと言うのか……!?」

「はい。えっ!? 僕、変なこと言ってます!?」



 バニング・ミンガイルとアリナ・クロイツェルは極めてプラトニックな関係を築いてきた。

 そもそも、2人はお互いに想い合ってはいたが恋仲ですらない。


 バニングにとっては命の恩人であり、生きる意味そのものでもあった。


「平気ですよ! アリナさん意識ないですし! ちょっと胸に触るだけですから!! 莉子だったら別に気にしないよね?」

「うんっ! 六駆くんなら全然平気だよぉ! もぉ! いきなり胸の話とかしないでよぉー!!」



 現在、莉子さんは心が満たされた状態なので胸部に関する話題に寛容です。



「……お前たちと一緒にするな! ……無理だ、私にはできん!!」


 そこにやって来る、元祖お排泄物。


「おおおい! なんか、おっぱい触るのがどうとか聞こえたけど!? なに? オレやろうか!? そのお姉ちゃんのおっぱい触れば良いんだろ!? やるやるぅ!! 右と左、どっち!? あっ! 両方ね!! オッケー!!」

「ばあちゃーん! お願い!!」


 最強の老婆の瞳が光った。

 続けて、組んだ手から放たれたのは凶暴な狼の咆哮。


「さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 『積尸気せきしき餓狼砲ウルファング』!!!」

「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ちょ、母ちゃん!? ここに来てなんだよそのスキルぅ!? 俺の白衣が燃え尽きたんだけど!? なに、その出力!!」


「なははっ! アリナちゃんの煌気オーラたっぷり吸ったからねぇ!! 今のあたしゃ、強いよ? ええからこっちに来ぃさんや!! 若い子の邪魔するもんじゃなかろうがね!!」

「いや、オレは善意でさぁ! ちょ、母ちゃん!! やだ、なにこのパワー!? マジで母ちゃん70半ばなの!? あだだだだだだただ!!」


 お排泄物、退場する。

 なお、南雲修一監察官から半ば強引に譲り受けた白衣は燃えてなくなったため、全裸での活動を再開した。


「……小坂。初めて名を呼ぶ君に頼むのはしのびないが。アリナ様に煌気オーラを分けて差し上げてくれんか。頼む。何でも望むことをしよう」


 莉子さん、もちろん快諾。

 流れるようにアリナの右胸に手を乗せた。


 が、そこで表情を強張らせる。

 少しだけ身を震わせながら、彼女は旦那に報告した。


「ろ、ろろろ、六駆くぅん!!」

「どうしたの?」



「あ、あああ、アリナさんのおっぱい……!! 思ってたよりずっと大きいよぉ!! この人、着やせするタイプだよぉ!! 小鳩さんくらいある!!」

「……初めてお前に心から祈る。神よ。慈悲があるのなら、この若者たちに今だけで良い。少しばかりの正気と、わずかばかりの常識を与えてくれはしないか」



 バニングの願いが通じたのか、その後莉子さんによって普通に煌気オーラが分けられた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アリナが目覚めたのは、それから15分ほどあとの事だった。

 バニングと違い、煌気オーラ供給器官の一部を封印、および再構築しているためである。


 煌気オーラが体内を循環して、正常な流れを作り出すまでにはそれなりの時間を要した。


「……あ、あう。……バニング。……そこにおるのか」

「はっ!! ははっ!! ここに!! アリナ様のお傍を片時も離れませんとも!! ご気分はいかがですか!?」


 アリナは憑き物の落ちたようにスッキリとした表情でニッコリと微笑む。


「……ふふっ。これからそなたと同じ時を生きられるのであろう? 気分が悪いはず、なかろうに。……こうなったからには、責任を取れよバニング。長生きせよ」


 バニングは声も出さずに泣いた。

 涙はとめどなく溢れてくるが、彼の顔も晴れやかな笑顔であった。


「もちろんでございます!! このバニング・ミンガイル、120歳までは生きて見せます!!」

「ふっ、あははっ。大きく出たな、こいつめ」


 しばらく手を取り合って未来について語り合う2人。

 六駆と莉子のぶっこみカップルもさすがに空気を読んだのか、みつ子の持参したお好み焼きを温めて食べ始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さらにしばらくすると、8番が戻って来た。

 3人の監察官を連れて。


「ボンバァァァァァァ!! リターン!! 皆さんを牢からお連れしましたぁぁぁ!!」


 8番がアトミルカで最も優しいのではないか説。


「あらー! 逆神くん! やっぱり君がやってくれたんだねー! と言うか、すごいねー!! だいたいの事情は久坂さんから聞いたよー! もうセクシーだよ、君!」


 ヒラヒラと手を振りながら、雨宮順平上級監察官が登場。

 続いて、川端一真監察官と水戸信介監察官も現場の状況に軽く引きながら到着。


「逆神くん。聞きたいことがある」

「はい。なんですか、川端さん」



「アトミルカナンバー1が女性で、しかも意外と着やせすると言う情報を聞いたのだが。それは本当だろうか」

「川端さん! ヤメてください!! 本調子じゃないなら出てこなくて良いんですよ!! 空気読んでください!! ……いや、この人本調子だからか!! じゃあ、自分と一緒にあっちに行ってましょう!!」



 おっぱい男爵、爵位に相応しい一言を述べたのち速やかに退場する。

 代わりに久坂剣友監察官が話に加わった。


「しっかし、どがいするかいのぉ。こりゃあ。この空気で2人を逮捕できる者なんぞおらんで? のぉ、雨宮の」

「そうですねー。ハッピーエンドのその先が投獄って言うのは、ちょっとセクシーじゃないですねー。どうしましょっか?」


 バニングが驚いた表情を見せる。


「ま、待ってくれ。お前たちの厚意は嬉しいが、私はしでかした事の責任を取らねばならん。アトミルカはこの時をもって、全面降伏する。然るべき裁きを賜りたい」

「いやいや、ダンディ! あなた、そのお嬢さんをまた1人にする気? それは良くないなー。男として責任取らないとー!!」


 アリナを話題に出されると、バニングも言葉を失う。

 しかし、犯した罪の責任を取るべきは自分であると言う確固たる意志は変わらない。


 そこにフラフラとおぼつかない足取りで歩いてきたのは、3番。

 クリムト・ウェルスラーであった。


 彼は上官に対して提案があると言う。

 愛の力はマッドサイエンティストの心も善玉に変えるのか。


 それとも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る